第7話「嫌な再開」

 ロイは入学前、学園の事を全く知らなかったがこの二人だけは見覚えがあった。

 一度だけ行ったことのある学園説明会。

 そこで生徒会長のダオレスと副会長であるサクヤが一対一の模擬戦をしていた。

 誰かの戦いに一かけらも興味を持っていないロイでも自然とその二人の戦いには注視してしまったのだ。

 第一王立学園のトップクラスの戦い。

 本気でないことはわかっていたが、ロイはそこで学園のレベルの高さを知った。

 たかが学園生と舐めていたロイが少しだけ学園のことを見直した瞬間でもある。


 そして入学式。

 本気の戦いをしたわけではないが、彼らの実力を肌で感じることができた。

 シャボンを使わなければ、シャボンさえなければ、もっと純粋な力比べができたかもしれない。

 ロイは少しだけ入学式に後悔を残していると同時に、あの時に刻まれた羞恥心が再び沸き上がった。


「お取込み中でしたか?」


 桃色髪の少女、サクヤがレイドの様子を伺う。


「いや、構わんよ」


「そちらの可愛い新入生は、あ! 入学式の時の子だ、も~う危なかったんだからね~」


 てくてくと近づき、ロイの顔をじっと見つめた桃色髪の女性。


「これは儂の孫のロイじゃ。 少し手がかかるやつだが、面倒を見てやってくれ」


「よろしくね、ロイ君。 私はサクヤ・スターダスト、生徒会の副会長をやってるよ。 でこちらがダオレス・シルバー君、生徒会長さんだよ。 まあ、入学式の時に色々あったからそっちで知ってると思うけど」


 入学式でロイは二人と戦った。

 彼女らは本気ではなかったが、それでもロイは現実を忘れてその戦いに没頭してしまった。

 本気ではないとはいえ、ロイの退屈を忘れさせてくれた人物。

 フラッグ・ゲームで頂点を目指せばいずれ戦うことになる相手であろう。


「よろしく、ロイ・アルフレッド君」


 差し伸べられた手に、ロイは笑みがこぼれる。

 まるで悪戯する前の子供の顔。

 これから起こるであろうことに想像を働かせて、すでに楽しくなってしまっているような表情。

 

「はい、よろしくお願いします。 ロイ・アルフレッドです」


 ロイは左手に着けた黒の革袋を外し、差し伸べられた手を握り返す。

 

 そして、殺気を放った。

 今すぐにでも殺してやろうとする魔力の圧。

 一般人であれば気絶するほどの威圧感。

 本気の戦いをしてくれなかった恨みをぶつけたのだ。

 

 その手をすぐ振りほどき警戒した後ろに下がったダオレス、そして連動するようにサクヤも後退した。


「こら、やめんかロイ。 先輩に向かって殺気を放つでない」


 溜息をつき、ロイの行動にやれやれといった具合のレイド。


「じゃ、まあ握手も拒否されたことだし、俺は帰るとするよ。 またねじいちゃん、それにサクヤさんとダオレスさん!」


 バイバイと言いながら駆け足で扉に向かって行ったロイ。



「すまんな~、ダオレス君」


「いえ、問題ありませんよ」


 笑顔でレイドの言葉に返答したダオレス。


 ダオレスは目線を落とし、握った左手を確認していた。

 ほんの少し、彼の眉間にはしわが寄っている。


 その隣にいたサクヤは、彼の顔色を窺い少しだけ不安そうな表情を見せていた。

* * *


「というわけだローズ、俺のパーティに入れ」


「お断りします」


「え、にゃんで!?」


 学食のサンドイッチを頬張りながら、ローズの言葉に目を丸くしていたロイ。

 ロイの一年間の目標はフラッグ・ゲームで頂点に立つこと。

 その目標を叶えるためにローズの力は必要不可欠であるのだ。


「私はもうパーティに入っていますので」


 ロイが入学した時点でローズは二学年上の三年生。

 ロイが入学することに備えて、先に入学し学園で生活していた。

 ちなみに、ロイの専属メイドである五人の中でローズが選ばれた理由はじゃんけん。

 力で決着をつけようとすれば必ず負傷者が出るという理由でロイがじゃんけんにしたのだ。

 

「えーそんな事言わずにさー。 ご主人様のお願いだよ」

 

 ロイが甘えた口調で言うが、ローズは相変わらずクールにサンドイッチを頬張っていた。


 口元だけでも絵になるローズ。

 さらさらの銀髪が屋上に吹く風によってキラキラとなびく。

 誰か男子生徒が見たら一瞬で恋が始まってしまう、そんなBGMが流れそうな雰囲気である。

 しかし、隣にいる人より身長が小さい男の目はローズの美しさなどいちいち気にしてはいない。


「それに、私と同じパーティになればロイ様はきっと退屈してしまいますよ?」


 ふとローズが口にした言葉にロイは上を向きうーんと考える素振りをした。

 

「それもそうだな」


 一口大に余ったサンドイッチを口に放り込んだロイ。

 ロイにとって『退屈』という言葉は、なによりも重たいものだから。

 

「てかさ、ローズはこの学園で何位なんだ? どうせ一位とかだろ?」

 

 ロイはふと自身の疑問を尋ねた。

 ローズの実力はロイが一番よく知っている。

 幼い頃から殺し合いに近い模擬戦を何度も繰り返してきており、命を懸けた本気の戦いをしてきた。

 この年齢で命が懸かった戦いをしている者も少ない。

 だから学園で彼女に勝てるやつはいないと彼は判断をしたのだ。 


「私の総合順位オーバーロールは三位です」


「まじ?」


「ロイ様に嘘をついたことはございません」


 第一王立学園はランキングによって学生たちの競争心を沸き立たせるような仕組みとなっている。

 総合順位オーバーロールとロ―ル・ランキング。

 総合順位オーバーロールとは、フラッグ・ゲームの成績、学業の成績、学外の成績。

 それらを総合的に評価されて決まる順位だ。

 フラッグ・ゲームの成績が良いからといって必ずしも上位になれるわけでもないし、学業の成績が良いからといってフラッグ・ゲームの成績が悪ければ順位は上がらない。

 文武両道をできたものが上に行くような順位システムになっている。


 第一王立学園には、総合順位オーバーロールの他にロール・ランキングというのが存在する。

 ロール・ランキングはフラッグ・ゲームによって決められたロールごとの順位。

 このランキングは純粋にフラッグ・ゲームのみの成績で測られたもの。

 単純な実力順となっており、学園生の中にはこっちに重きを置いている人物も多い。

 

「お前より強い奴がいるってことか」


「どうでしょう、フラッグ・ゲームでしか戦ったことはないので」


「相変わらず負けず嫌いだな」

 

 ローズが「フラッグ・ゲームでしか」と言ったのは、ローズ自身も実戦の方が慣れているから。

 幼い頃から一緒に生活や修行をしてきたロイもそのことはわかっている。


 アルフレッド家のメイドは、ほぼ全員孤児。

 ブレンの方針でアルフレッド家内部の情報統制には厳しく取り締まっている。

 そのため他所からスカウトしてきた者よりも、身寄りのない子供を引き取って育て上げた方がアルフレッド家にとって安全ということで孤児を積極的に拾ってきていた。

 孤児を拾ってきては、ベルが経営しているアサシン特化ギルド『秘密の花園シークレット・ガーデン』に入らせ幼い頃から実戦に近い戦闘のいろはを叩き込む。

 中には戦闘の才がなかったものもいるが、そちらには諜報関係の仕事を任せたり、 アルフレッド家の家事をこなしたりなどして全ての者がアルフレッド家で活躍できるようにベルとメイド長であるギンが鍛え上げていた。


 近年のメイドの中でも目を見張る才能を持っていたのが、ローズを含めたロイ専属メイドの五人。

 魔力を持たないブレンにはメイド長であるギンがついており、テーゼも幼い頃はブレンに同行していたためそれで済んでいた。

 しかし、テーゼも年を重ね経営の知識も増えていったことから一人で行動することが多くなる。

 そのためロイ専属メイドである彼女たちがテーゼの護衛を交代で務めているのが現状だ。


 ロイは『プレゼント・チルドレン』であり、戦闘に関しても群を抜く才能を見せていたため「学園で俺の護衛は必要ない」と言っていたのだが、ロイに激甘な両親がそれを許さなかった。

 ロイと両親の折衷案として、メイドの中の一人ローズが護衛として学園に入学する手はずとなったのだ。


「ま、楽しみが増えたってことにしとくか」


 ロイ自身学園の順位は特に気にしていなかったが、メイドの中で勉強も戦闘能力もかなり高いレベルを有しているローズでも総合順位オーバーロールが三位ともなればロイの中で楽しみが増えてもおかしくはない。


 ローズも食べ終わり、水筒に入れたお茶を優雅に飲む。

 お茶を飲む所作でさえ、美しい。

 色白の美しい手指がより一層その所作を美しく見せる。

 礼儀礼節はアルフレッド家のメイド長が特に厳しく指導した賜物で、メイドの中に所作が汚いものは一人もいない。

 

「ロイ様、失礼します」


「ん?」

 

 屋上のアスファルトの上に横たわり、日向ぼっこを楽しんでいたロイ。

 そこにローズが白のハンカチでロイの口元を拭く。

 ロイもそれを当たり前のように受け入れ、何ら恥ずかしがる様子はない。

 思春期の男女が絶対にやらない行為。

 これはロイとローズだからなんもおかしく笑うことはなく、恥ずかしがることなく、こんな行為ができるのだ。

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