第6話「学園長と新入生、祖父と孫」

「じいちゃん!」


 ロイがノックもせず、ずかずかと入り込んでいったのは第一王立学園の学園長室。

 

 そこの奥に座っていたのは入学式で壇上の上に立ち、生徒に向かって問答無用に魔力の弾を放出したただのおじいさん。

 一見優しい見た目だが、実力は本物。

 ロイが戦ったことのある人物の中でも一番の実力者だ。


 それも本気の戦いではないとなれば、ロイが感じた実力など大した指標にはならないことだろう。

 祖父の本気を一目でも見ようと思っていたロイだったが、結局それができずに学園生となってしまったことはロイの後悔でもある。


 本気を出していないレイド、それと戦っていたロイも彼に対して本気を出したことなど一度たりともないのだが。


「おー、来たかロイ! やっぱばあさんの作った制服は似合うの~」


 壇上に立っていたときの圧倒的な強者感はもうレイドにはない。

 今は孫の姿を見て感動している、ただのおじいちゃんに成っていた。


「ちょっとじいちゃん、恥かかせないでよ!」


 レイドが座っている元へとどかどかと歩き、言葉を捲し立てるロイ。

 レイドはそんなロイを笑顔で迎える。


「いいではないか、入学早々に注目を集められるのなんてなかなかできんことじゃよ」


「目立ちたくない!」


 ふんっとそっぽを向いたロイ。


「学園はどうだ、ロイ」


「ん? まだなんも楽しくないよ」


「ふっ、、か」


 レイドの表情は含みのある笑みに変わっていた。

 孫を見ている優しいおじいちゃん。

 ロイを生まれた時から知っている人物。

 ロイはなぜレイドがこの学園に誘って来たのかまだわかっていない。

 レイドの誘いだからロイはこの学園に入学してきた。

 だからこそ、まだという言葉を使ったのだ。

 人生を退屈なものとしか捉えていないロイにとって学園への入学はいわば博打に近かった。

 ロイは入学してきた以上すぐにはやめないと覚悟を決めていが、入学式が終わり教室の自己紹介が終わったところですでに辞めたいという気持ちが心に住み着いていた。

 レイドには遊んでくれた恩義がある、その思いだけでこの学園にやってきたが、ロイはもう飽きる寸前だったのだ。


「ロイこの学園には面白いやつがたくさんいるぞ。 いや、この学園だけではない他の学園にだってお前さんを楽しませてくれるやつはたくさんいる」


 レイドは諭すように語り掛けた。

 レイドはロイの飽き性を知っている。

 だから学園もすぐ飽きてしまうことは知っていたことでもあるだろう。

 それでもロイを誘ったのだ。


「たかが学園生でしょ?」


じゃよ」


 レイドは微笑を浮かべたまま、ロイの目をじっと見つめていた。

 

 学園生ごときにロイの退屈を消し去ることはできるのだろうか。

 入学式で戦ったダオレスとサクヤ。

 入学式のような特異な戦いであっても、ロイが楽しんでいたのは事実。

 しかし、楽しかった程度のこと。

 ロイの心を蝕み続けている深淵に近い退屈を消し去るには足りないのだ。


 ただ、レイドは言った。

 学園生だからだと。

 ロイは学園生のことを何一つ知らない。

 どんな人物がいて、どれほど強くて、ロイにとって面白いと思わせてくれる人物がいるかどうかも知らない。


 レイドに信頼を寄せているロイは再びレイドに確認をした。


「じいちゃんよりも面白い?」


「もちろん。 儂なんてもう老いぼれじゃからな、ロイの遊びにはもう付き合えんよ」


 ロイは昔から祖父と遊ぶのが大好きだった。

 ロイに同世代の友人はいなかったが、いたところでロイの遊び相手にはなれない。

 それだけ『プレゼント・チルドレン』として生まれた者の魔力は圧倒的であり、強力だ。


「ロイ、フラッグ・ゲームで頂点に立ちなさい」


「フラッグ・ゲーム?」


「フラッグ・ゲームで一番上まで辿り着けば、お前さんの目的が果たせるかもしれんぞ」


 ロイの目的。

 ロイは親にもそれを喋ったことはなかった。

 しかし、レイドにはその目的を打ち明けている。

 レイドだから、ロイは話した。

 そのとき、その目的を笑うことはなくレイドは静かに話を聞いてくれたのだ。

 

 世界を飽きているロイにとって、学園生活は退屈でしかない。

 姉であるテーゼのボディー・ガードでも務めようかと考えていたところ、レイドにこの学園を誘われた。

 最初から素直に快諾したわけではない。

 しかし姉などの家族から強い推薦があった。

 だから渋々、王立学園に入学したのだ。


「本当に面白くなるの?」


 ロイは甘えたような声で、レイドを覗き込む。

 子供という枠組みから一線を画しているロイを、子供として見てくれるのは親族しかいない。

 その愛情があったからこそ、ロイはまだ普通の人間として生活できている。


「ああ、きっとお前さんの退屈を消してくれる」


「信じるよ?」


「信じていいとも」


 レイドはロイの目を真っすぐ見て、大きく頷いた。

 

 ロイの悩みは誰も理解してくれなかった。

 例えそれが家族であっても心の底から信じてもらえないと、ロイは感じてしまっていた。


 退屈。

 それがロイの人生で一番の敵。

 まだこの世に生を受けてからたった十五年。

 ただし、ロイは生まれたときから退屈だった。

 喜び、怒り、哀しさ、楽しさ。

 それらすべてを物心がついて間もない頃に知ってしまった。

 何に対しても心から喜べず、何が起きても心から怒れることはなく、誰かが死んでも心から哀しむことはなく、何一つ心から楽しめることはない。

 人生に絶望して自分の殻に塞ぎこんでいたときに、レイドが手を差し伸べてくれた。


 レイドは、ただずっとロイの言葉を聞いてくれていた。

 ロイの虚言にも近い真実を、誰からも理解されない悲しみもすべて受け止めてくれた。

 そして遊んでくれた。

 小さい頃の数少ない楽しみだった。

 生きる意味であった。

 だから祖父の言う事であれば、ロイは従うのだ。

 

「……わかった。 じいちゃんの言う事なら俺やるよ」


「お、やる気になってくれたか」


 レイドの思いが孫に届いたことを知り、ふぅと息を漏らす。

 レイドはずっと見たかったはずだ、孫の学園生としての生活を。

 自分の学園で最愛の孫が必死になる姿を。


「————ただし一年だ。 一年でフラッグ・ゲームの頂点に立つ」


 ロイは右手の人差し指を立てた。

 まるでレイドに、この第一王立学園に宣戦布告でもするかのような振る舞い。

 

 ロイは誰一人学園の人物を知らない。

 先ほどの自己紹介で出会ったクラスメイトでさえ、名前と顔も一致していない。

 学園のフラッグ・ゲームのシステムなんか知っているはずもない。

 一年で頂点に立つという行為がどれだけ大変かさえもわかっていない。

 しかし、困難な道というのはロイにとってみれば血眼になってでも探すほどの価値がある。

 ロイの心に楽しみという感情が芽生えた。


「……わっはっは! さすが、それでこそ儂の孫じゃ!」


 レイドは高らかに笑った。

 心から笑ってくれる、これはロイから見たレイドの姿だった。

 だからロイも心を割って話せる。

 心を開いて信頼できるのだ。


「一年か、なかなか厳しい戦いになるぞロイ」


 一年でフラッグ・ゲームの頂点に立つ。

 先ほど入学したばかりの新入生が言うにはあまりにも壮大で、馬鹿らしい夢。

 しかし、ロイが言うのであればそれは夢で済まされることはない。

 彼の心の中にできない、叶えられない、そういう不安が出てくるのは大歓迎。

 その刺激を求めて一年という縛りを設けたのだから。


「その言葉は俺にとって最上級の言葉だ」


 ふっと笑ったロイ。

 少しだけ、ロイの人生が少しだけ豊かになった瞬間であった。


コンコン


「失礼します、レイド学長今よろしいでしょうか」


 ドアから聞こえてきたのは二回のノック音とはっきりとした男性の声。


「おー、大丈夫じゃぞ~」


 ロイが扉を注視し、入ってきたのは品性のある男性と色気に満ち溢れた女性。

 男性の顔は色白で清潔感があり、短髪に整えられた青髪が爽やかな印象を付与しているまさにイケメン。

 

 そして隣にいた女性。

 目尻が垂れ下がっており、目鼻顔立ちが整えられたまさに美少女と呼ぶに相応しい顔。

 セミロングで少しだけパーマがかかった桃色髪が彼女に良く似合い、整った顔に可愛いさをプラスしている。

 そして胸に蓄えた大きなふくらみも、彼女の容姿をプラスしている要素だ。


 ネクタイの色は二人とも青色。

 それに胸には金色に輝くバッジ。

 

「げっ……」

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