第5話「特別なロール」

「おい、まじかよあいつ」


「信じられない……」


「本当に一年か?」


 視界が暗闇の中、ロイの目には新入生の表情は映っていない。

 

 シャボンになっている新入生たちの表情は恐怖に怯えていた。

 しかしシャボンから解放された今、彼らは羨望の表情をロイに向けていたのだ。


「すげええええええ!」


「まじかよ、あいつ!?」


「サクヤ先輩とダオレス先輩に勝ったのか!?」


「すげえ一年だあああああ!」


 そして一人が声を上げたことをきっかけに周りで歓声が沸き上がった。

 割れんばかりの歓声とはまさにこの状態をさすのだろう。

 勝つという表現が今のロイの状態をさしているのかどうかはさておき、新入生の阿鼻叫喚は第一王立学園の最高戦力と渡り合った一人の少年に捧げられた。


 しかし、その歓声はロイの心の奥底には届かない。

 彼は今、恥ずかしさで頭が一杯なのだ。

 できるだけ大人しく学園生活を送るつもりが、つい楽しさを優先してしまった。

 ロイは目の前に広がる暗闇の中で、入学式が終わることを待ちわびる。 

 いくら凄まじいほどの魔力量を持っていても、いくら歓声を浴びようとも、恥ずかしさという脳が勝手に作り出した機能には勝てなかったようだ。


「……とまあ常に周りに気を配っておけば、この少年のように寝ていても戦うことができる。 ちなみに照明から魔力弾はじっと座っておけば当たることはない、ここにいる何人かはその事実に気づいているようだったな」


 ロイへの注目を逸らすように話し始めた、レイド・グローウッド。

 こうして、ちょっと変わった第一王立学園の入学式は幕を下ろした。


* * *


「最悪だ」


 ロイは先ほどの悪夢に近い現実を振り返っていた。

 先ほど体育館で入学式が行われ、もちろんロイの祖父であるレイドの有難いお話もあった。

 しかし体育館に設置された簡易的なパイプ椅子に腰を掛けた瞬間、ロイは気絶するように睡眠。

 入学式の内容など全く頭に入っていなかった。

 しかし、レイドが仕組んだ入学式のサプライズ。

 第一王立学園の最高戦力であるダオレスとサクヤと戦う楽しさがロイの理性を破壊した。

 こうしてロイ・アルフレッドの入学は最悪なスタートを切ることとなってしまったのだ。


 気だるげな足取りのまま、ロイは教室に辿り着く。


「あ! あの子って」


「ダオレス先輩とサクヤ先輩と戦ってたやつだ」


「同じクラスなんだ!」


 クラスメイトの様々な声を聞こえていないように振る舞い、教室の黒板に張ってあった座席表を確認し席に座る。

 ロイの席は一番後ろ、正面を向いたとき左にある窓際から数えて二番目の席だ。

 

 クラスメイトはロイが入室した瞬間から稀有な目で見ていた。

 ロイは目を合わせないように俯きながら、席に座る。


ガラガラ!


 生徒がロイに注目を集めている中、勢いよく扉が開かれた。

 現れた人物は背が高く、筋肉質な体つき。

 ただ生徒は言葉を失った。

 その原因は特徴的な髪型。

 大量の整髪剤を使ってばっちりと整えられた髪型は、一本も乱れることはない尖ったリーゼントヘアーだ。


「おーい、みんな! 席に着いてくれ!」


 声もよく通り、隣の隣にある教室まで届いているかのような声量で言葉を発する。

 生徒も最初はその声量に圧倒されたように硬直状態であったが、席に着きだした。


「みなさん入学おめでとう! 今日という素晴らしい日にみんなと会え、みんなの担任になったことを誇らしく思う! 私の名前はパッシオ・パンチング、これから一年間よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げ、ドンと音を立てて教卓に頭をぶつける。

 ただその動作も、声も全てはきはきしておりいかにも熱血漢という男性。

 ぐしゃりとつぶれたリーゼントは、頭を上げた途端きっちりと戻っていた。


 ロイはその先生を肩肘つきながらぼけっとした様子で見守る。

 入学式のせいで放心状態のロイの耳は熱意の籠った先生の話を右から左へ受け流すしかできなかった。


「よしっ、じゃあみんなの自己紹介をしてくれ! とりあえず端の方から元気よくやっていこう!」


 にかっと笑った白い歯が太陽に反射し、窓際の先頭に立つ少女の元へ太陽光が反射する。

 女生徒は少し嫌な顔を浮かべながら目線を斜め下に落として、その光を嫌った。

 

「あそうだった! 自分が現段階で担おうとしているロールも発表してくれ、いや~先生うっかりさんだから忘れてしまっていた!」


 こつんと頭に手をやるパッシオ。

 生徒ももうこの担任に慣れたのか、特に反応を示していない。

 反応をしたところでこの先生には何を言っても熱い言葉で返されてしまい、結局疲れてしまうことを無意識に認識しているのだろう。

 

 この国では『フラッグ・ゲーム』と呼ばれるメジャーな魔力競技が流行している。

 五対五に分かれて戦い、攻め側は敵陣にあるフラッグを奪い、守り側はそれを守る。

 シンプルだけど奥深い、そんなゲームとなっていた。

 それぞれの役割をロールと呼び、前線で戦うアタッカー、フラッグを守るガードナー、遠距離から敵を狙うスナイプ、フラッグの位置や敵の位置の情報を取得するアサシン、他のロールをサポートするサポーターに大きく分かれている。


 そしてもう一つ、フラッグ・ゲームにはロールが存在していた。

 その名も、バランサー。

 すべてのロールを担えるという特殊なロールで、希少な人材。

 バランサーと自称するのは簡単だが、実際問題実力が伴っていなければ周りの目は冷たくなる。

 結果としてバランサーと自称するものも減り、今ではごくわずかな選ばれた人物のみがその役割を担えるというロールとなっているのだ。


「すぅー…、ごほん」


 立っている少女が自分の間を作るために深呼吸と咳払いをした。

 彼女は教室の中心に向かってくるりと回転。

 立ち姿から凛としており、ピンとした背筋がより彼女を上品にしている。

 腰ぐらいまである艶やかな髪の毛は寝ぐせ一つついていない。

 品のある顔立ちで顔のパーツ全ての均整がとれており、間違いなく美人という部類に入る女性であろう。


「アン・スカーレットです。 ロールは『アタッカー』、よろしくお願いします」


 その自己紹介を終えた瞬間、深々と頭を下げ拍手を待つことはなくすぐに席に座ったアン。

 座った後も背筋にもたれかかることはなく、凛とした姿勢で真っすぐと前にある黒板を見つめていた。


「スカーレットってあの?」


「そうだよ、あの国屈指の『アタッカー』って言われてるアートさんの妹だ」


「『剣星』の妹か!」


 その拍手の中、まばらではあったがところどころでアートという名前が飛び交っていた。

 

「なあ、アートって誰?」


 ロイはその人物が気になり、隣の男に声を掛けた。

 隣にいた男は茶髪で、チャラそうな見た目。

 ロイがそう判断している理由は、学園生では珍しく耳にピアスをつけていたからという安直な理由。

 

 一瞬きょとんと驚いた様子の男だったが、すぐに表情を柔らかくし口を開いた。

 

「アート・スカーレット、国の中でも最強と呼び声高いアタッカーだ。 アンちゃんも大変だよな、あんな化け物がお姉さんだなんてな」


「へえ~」


 ロイの隣にいた男は椅子で船漕ぎしながらアンを見つめた。


 ロイの中でスカーレット家だとか、アートの名前は聞いたこともない。

 しかし、最強という言葉には少しだけ興味が湧く言葉。

 アート・スカーレット。

 彼の人生において、もしかしたら関わってくるかもしれない人物名を記憶した。

 

 そして順に自己紹介が行われ、続いてはロイの隣に座っていた男の番となる。

 男はバッ!と立ち上がり、破顔した表情で言葉を発した。


「おいーっす、ヤスケ・ガーファンで~す。 ロールは『アサシン』、えーととりあえずみんなと仲良くしていきたんでよろしくっす!」


 学園生ともなれば、この自己紹介に反応をするものはいなかった。

 いや、正確に言えばこの自己紹介に対してどう反応していいのかわからないという具合だろうか。

 第一王立学園に入学する者は礼儀礼節を知っている貴族生まれの子供が多い。

 そしてヤスケはその反対の位置にいる者。

 稀有な目線がナイフのように変わり、ヤスケを刺しているようだった。

 

「あ、あれ~」


 困り顔を浮かべて、ロイの方をみたヤスケ。

 ロイは目を合わせないように、だるそうに頬杖をついて教卓の方を見つめる。


 困った顔のまま席に着いたヤスケ。

 まばらな拍手によってヤスケの突飛で奇抜でチャラい自己紹介は綺麗に流された。

 

 自己紹介は続いていき、みながロールを紹介していく。

 そしてロイの目の前にいた生徒が自己紹介を終わらせ拍手が起こっているなか、ロイは席を立った。


「ロイ・アルフレッド。 ロールはなんでも大丈夫、よろしくお願いする」


 ぺこりと頭を下げて、すぐに席に着いたロイ。

 未だに入学式の恥ずかしさを引きずっているのか、ロイの声音は小さかった。


「え、アルフレッドってあの?」


「絶対そうだよ、今一番勢いのあるって言われている貴族だよ」


「あ、入学式で寝てた子だ」


「だから、あんなに強いってこと?」


「なんでもできるってことは『バランサー』?」


「珍しいね」


「なんか小さくて可愛い、推せる!」


 早いところ次の生徒の自己紹介に移ってほしかったロイだが、生徒たちはざわざわと話をしていた。

 羨望の眼差し、目を輝かせた瞳、嫉妬の眼。

 さまざまな目線がロイを突き刺す。

 ヤスケとはまた違った視線の攻撃であった。


「はいはい! じゃあ次の子頼むよ!」

 

 手をパンパンと鳴らし、次の生徒の自己紹介を促したパッシオ先生。

 ふぅと小さく息を吐いたロイは安堵したと同時に羞恥心に苛まれていた。


(やりにくい……)


 ため息を漏らしたロイ。

 ロイは生まれてから人との関わりがほとんどなかった。

 幼い頃やっていたことは、メイドとの魔力の修行、及び母であるベルがギルドマスターを務めている『秘密の花園シークレット・ガーデン』のお手伝い。

 十五年の間に関わった人と言えばメイドか『秘密の花園シークレット・ガーデン』のギルドメンバーだけであった。

 ましてや、同世代の年齢との関わり合いなどあるわけがなかったのだ。

 

「へ~、アルフレッド家のご子息様だったんだな。 どうりで強いわけだ」


 隣にいたヤスケが、先生にバレないようにこそこそとロイに喋りかけていた。

 

「そんなに有名なのか?」


「そりゃそうよ、三大貴族を除いたら、一番資産を持ってるって噂だぜ」


「ほえ~、そりゃ初耳だ」


 アルフレッド家の実情はロイ自身知らなかった。

 関わっていない、というのが正確な表現ではあるがアルフレッド家の運営に関しては父親であるブレン、そしてロイの姉であるテーゼが担っている。

 父親であるブレンに経営の才能があるのはもちろんだが、姉であるテーゼにもその才は受け継がれていた。

 ただしテーゼには魔力の才はからっきしで、戦うことはできない。

 ブレンもテーゼと同じように魔力に関しては全くと言っていいほど才能はなかった。


 逆にロイの母親は頭こそ良くないが、魔力に関しては圧倒的な才能を持っている。

 ロイはどちらかといえば母親似であるが、勉強もそこそこできる。

 アルフレッド家だから教育が整っている、という理由で片付けられるぐらいの理由だが。


 生徒の自己紹介が終わったタイミングでちょうど区切りのチャイムが学園に響き渡った。


「よーし、じゃあ今日はここまで! みんな気を付けて家に帰ってくれ!」


 キランとした白い歯を見せつけ、親指を立てたパッシオ。


「お、ロイ! せっかくだからこの後どっか遊びに行かね?」


 ロイが席を立った瞬間、ヤスケが声を掛けた。


「悪い、学園長に呼ばれてるんだ」


「そっか、睡眠王子は今から説教か」


「おい、そのあだ名はやめてくれ」


「すまんすまん。 んじゃ、また明日!」


「うい」


 ニカっと笑ったヤスケと別れの挨拶をし、鞄をもって学園長室に向かった。

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