第4話「最強と最高戦力」
「うるせえ……」
寝言に近いような呟きをしたロイは頭上を飛び交う魔力弾の音、それと誰かの戦闘音を聞いて気性が荒くなっていた。
徐々に頭も覚醒していき、中途半端な起床による怒りが増幅していく。
「うるさい…!」
言葉を発するごとに語気が強くなっていく。
もうロイの隣に座っているものはいなかった。
上空にはシャボンとなって浮かび上がった新入生。
体育館の中心には、散らばった椅子、床についた焦げた跡。
そして戦闘があったと思わせる床の傷。
体育館に残った新入生はただ一人。
悍ましい魔力を放っている生徒、ロイ・アルフレッドだ。
「うるさああああああああああい!」
寝ぼけながら、バンと音を立てて立ち上がったロイは溜まった怒りゲージを全て解放したかのように魔力を放出した。
ロイの力強い声は体育館に響き渡り、シャボンとなって浮かんだ新入生の視線が一気にロイに集中する
それは大声を発したから、と魔力を持たない生徒は思うかもしれない。
しかし、魔力を扱えるものなら彼を脅威と捉えたことだろう。
体育館を震わせているような魔力。
近くにいるだけでも、痛いと感じるほどの魔力。
明らかに、他の生徒と魔力の質が異なる彼の近くにいた学生は畏怖の表情を浮かべていた。
「あ」
「おはよう、ロイ・アルフレッド君」
「やっほー」
ロイの視線の先にいたのはにこやかに笑った生徒会の会長と副会長。
「……ごほん、これは失礼を致した」
何事もなかったように、ロイは再びパイプ椅子へと座る。
「ってこれどういう状況?」
寝ぼけから覚醒したロイは改めて周りを見渡す。
体育館は寝る前と起きた後で見る景色が全く違うことに驚きを隠せていなかった。
間違いなく戦闘があった現場。
それなのにロイは全く気付かず寝てしまっていた。
「今入学式のサプライズイベントの真っ最中でね、僕たちが新入生をシャボンにして回っていたところだよ」
爽やかな笑顔を見せていたダオレス。
しかし、手に持っているゴム製のナイフはその表情のように穏やかではなかった。
「う~む、何が起きているのかわからんが、どうぞ入学式を続けてください」
ロイは手を壇上のほうに向けて入学式の続きを促した。
何が起こったのか全くわからないロイができることはこのぐらいが精一杯。
彼が悠長に振る舞っているようにも見えるが、自分が入学式の邪魔をしてしまったのではと内心焦っている。
「そういうわけにもいかないんだ。 ここで君をシャボンにするのが私たちの仕事」
ニコッと笑うサクヤ。
つられてニコッと笑うロイ。
わからない。
脳内をぐるぐると回り続けているその言葉の正解を探し続けているので、サクヤの表情を真似すること精一杯だ。
「えっと~、つまり?」
「戦うってこと!」
「……あ~、なるほど!」
ロイが手を叩いたその瞬間、ダオレスとサクヤは一直線に走り出した。
そしてほぼ同時にダオレスとサクヤがゴム製のナイフをロイに向かって突き出した。
何もわかっていないロイだったが、その攻撃を受けてすぐに後ろに回避。
一旦距離を置いて、相手を見たロイ。
しかし、視線の先には二人の姿はない。
「ふむ、これは嬉しいサプライズ」
左右から二つの魔力を感じる。
ロイは足に魔力を溜め、上空に大きく飛んだ。
シャボンを壁に見立てて段々と上に登っていく。
地上にいた二人もロイを追いかけるようにしてシャボンの群生地帯に入ってきた。
「逃がさないよ」
ロイの元に先に近づいてきたのはサクヤ。
ロイも無策で上空まで駆け上がった訳ではない。
一瞬にして二人に勝つ為の方法を編み出し、それを実行するためである。
「……よし、シャボン蹴りでも始めるか」
「え?」
脚に魔力を溜めたロイは、シャボンを思いっきり蹴った。
「きゃああああ!」
中にいた女性が悲鳴を上げる。
くるくると回転し、サクヤの元へ一直線に飛んで行ったシャボン。
中に生徒がいるためサクヤは反撃することもできず、受け止めるだけで精一杯だ。
ロイの目がサクヤに向いていることを見ていたダオレスはロイの元にすかさず攻撃しに行く。
ただ、そのダオレスを双眸見ていなくともロイは彼の存在に気付いていた。
ロイの魔力は体育館全体を薄く包んでいる。
なので、体育館内の動きであれば手に取るように状況を判断できるのだ。
「そしてこっち」
今度は手を使ってダオレスの元にシャボンを投げつける。
「危ないことをするね!」
片手でシャボンを受け止めたダオレスは勢いを殺さずロイに向かって来た。
「ほれほれ!」
「うおおおおお!」
「きゃあああああ」
ロイは一つのシャボンにのっかり、近くに浮くシャボンをダオレスに向かって投げ続けていた。
ダオレスは足場もなく、かつそのシャボンを受け止めながら進むしかないため勢いはおのずと殺されていく。
ついにダオレスは床に足をつけることになり、ロイへの攻撃はおろかシャボンを受け止めるだけで精一杯だ。
「もう、投げるの禁止!」
サクヤはその隙にロイの近くまで来ていた。
さすがの判断能力というべきか、ロイの注意がダオレスに向いている隙を見計らって攻撃を仕掛けた。
その間にもロイから放たれているシャボンはある。
それでもサクヤはシャボンを無視してロイの元まで来たのだ。
ダオレスなら全て受け止めてくれる、そんな信頼関係が彼女らにはあるのだろうか。
サクヤはナイフを構え、ロイに向かって攻撃。
サクヤのナイフがロイの体に当たる寸前、ロイは大きく背中を反らして攻撃を回避。
「へ~、良い視野してるな」
ダオレスとサクヤの間に阿吽の呼吸があったとしても、ダオレスとロイの動きを注視しながら、完璧なタイミングでロイの元まで辿り着くことができるのは至難の業。
サクヤの動きを賞賛したロイであったが、向かって来る敵であるならば問答無用に蹴りを入れた。
「むう!」
魔力の籠る左腕でその蹴りを防御したサクヤだったが、思ったよりもロイの攻撃が重かったのか態勢を崩して床に落下していく。
「ここ!」
「ん?」
サクヤとの戦闘に一息つく間もなく、ダオレスがロイに向かって来た。
先ほどまでのダオレスではない。
異常なほど多い魔力を身に纏い、ロイの元まで一歩で辿り着く。
サクヤと戦闘した一瞬の隙、その隙によってシャボンを受け止めるという作業は一旦ストップした。
秒単位の出来事。
しかし、第一王立学園の生徒会長たるもの一瞬の隙は見逃さないのだ。
体育館の上空にはロイとダオレス、そして浮かび上がったシャボンの数々。
シャボンの中に閉じ込められた新入生は息を飲んで二人を見ているようだった。
新入生の中に、この二人の魔力を超えられるものはいない。
「本気で来いよ、先輩」
「もちろんさ。 君には本気を出していいって理事長に言われてるからね」
二人が同時に笑った瞬間、目にも止まらぬ速さで戦闘が繰り広げられた。
お互い打撃の応酬。
一コンマごとに攻撃の種類を変えながら、相手に打ち込んでいる。
しかし、どこかダオレスの攻め気がないことにロイは違和感を拭えなかった。
「む? あんたの強さはこんなものじゃないだろ」
「ふ、切り札というのは最後まで取っておくものだよ」
ダオレスの力のこもった一撃がロイの脇腹へと入る。
咄嗟に魔力で体を覆ったロイでも地面へと叩きつけられてしまったのだ。
「どうだい、ロイ君」
ゆっくりと地面に着したダオレス。
そしてサクヤも彼の隣に立った。
第一王立学園の最高戦力と呼ばれる二人。
ロイが最高戦力の二人と本気の戦いをすることは、王立学園での数少ない楽しみなことだった。
しかしロイはその二人に心底落胆してしまった。
「何でだ?」
「何でとは?」
ダオレスは未だに余裕の笑みを浮かべていた。
ロイはその態度にも飽き飽きしてしまう。
「何であんたたちは本気を出してくれないんだ?」
ロイだから気づくことができた些細な違い。
彼らが持っている魔力量を考えれば、こんな戦いでは済まない。
この体育館にあるシャボンを全て叩き割るかのような魔力がぶつかり合うのだ。
「……そう言う事か」
「ん? 何か分かったのかな」
隣にいるサクヤもシャボンを受けとめていた慌てようとは全く異なり、今では余裕の雰囲気も感じられる。
「あんたたちが本気を出さない理由がわかった」
「その理由を聞かせてもらおうかな」
ダオレスが言葉を発し、サクヤも臨戦態勢に移る。
この会話もそろそろ終盤、新入生への可愛がりはもう間もなく終わる。
「あんたたちはこの新入生を守ってるんだろ?」
ロイが指さした方向には、もちろん新入生分のシャボンが浮かんでいる。
ダオレスとサクヤが本気を出さなかった理由、いや出せなかった理由と言うべきだろうか。
生徒会として、最高戦力としての役目。
シャボンを守っていた彼らの動きを考察すれば、その答えにも辿り着けた。
生徒会として新入生の安全を守ること。
ロイはその答えに辿り着いてしまったときひどく落胆し退屈を覚えたが、すぐさま切り替えて楽しい事を思いついた。
やられたらやり返す、倍とは言わずともちくりと刺すぐらいのことはしてやると思ったのだ。
「ふむ、では本気を出さざるを得ない状況でも作ろうか」
にやっと笑ったロイは両足を曲げ、大きく天に向かった。
「春のシャボン祭り、開催!」
ロイは近くにあったシャボンを投げた。
一回きりではなく、連続してシャボンを放っている。
「この数は、さすがに不味いな!」
上空にいるダオレスはすぐに地上へと降り立った。
ロイとの戦闘よりも、生徒の安全を第一に考えた生徒会長としての行動だ。
その行動にロイの苛立ちは加速して、近くにあるシャボンを放り続ける。
「知るかあ! おらおらおら!」
まるで子供がおもちゃを投げつけるようにシャボンを投げ続けていた。
ダオレスが本気を出さなかった原因がこのシャボンにある。
それを知ったロイは怒りをシャボンに乗せているようにも思えた。
豪雨のように降り注ぐシャボン、一転してサクヤも受け止めざるを得ない状況となってしまった。
「ちょっと、やりすぎだよ~」
サクヤもダオレスと連携して、シャボンの処理に回った。
ダオレスが魔力を使って全速力でシャボンの勢いを殺し続けているが、次から次に豪速で落ちてくるシャボンの数々。
いくらダオレスやサクヤが第一王立学園の最高戦力であっても、二人の人間が受け止めきる数には限界がある。
体育館に響き渡るように悲鳴が叫ばれ続けていた。
アトラクションのように嬉々とした悲鳴ではない。
命の危機に瀕したような叫びに近い悲鳴。
体育館のそこら中に飛び交うシャボン。
とうとうサクヤやダオレスでも受け止めきれないシャボンが現れてしまった。
「しまった!」
ダオレスの目線の先にあったシャボンが地面に当たりそうになる。
ロイが投げている速度と威力は、床にぶつかればシャボンが消え中にいる生徒にまで被害が及んでしまうほど。
「わははははははは!」
しかし、ロイは生徒の安否など気にせずに剛速球で丸い球体を投げ続けた。
誰にもわかってもらえない悩み、最強だからこその悩み。
この辛さをわかるものなどこの体育館の中にいるのだろうか。
「助けてええええ!」
「仕方ないのお」
シャボンが体育館の床に激突しそうになった瞬間、地面から木が生えた。
ぐんぐんと伸びる太い幹は床を突き破り、シャボンをふわりと受け止める。
「————そこまでじゃ、ロイ」
一つの魔力の弾がロイの頭にぶつかった。
ロイの認識外からの攻撃。
その攻撃は体育館を魔力で包んでいるロイであっても気づくことができなかった。
魔力を魔力にぶつけることでできる、反射現象。
繊細な魔力の扱いが求められる上級テクニックだ。
反射を利用するには、それと同じ魔力量を使う必要がある。
それに少しでも魔力量がずれてしまえば、そのズレにいち早くロイは気づいたことだろう。
ロイの頭に当たった魔力弾はその反射を利用したことにより、ロイの索敵から逃れることができたのだ。
反射を成功させるには、それと同等以上の魔力量が求められる。
体育館を包むほどの膨大な魔力量を誇るロイと同等以上の魔力を持っているのは、ロイが知っている中で一人しかいない。
ロイの視線は魔力弾を放った人物に注目する。
ロイが気づくことのできない攻撃ができるのは今この場にいる中でたった一人。
壇上で生徒の戦いを見守っていたレイド・グローウッド。
やれやれといった表情でロイを見ていたレイド、そして地面から生えた木がするすると戻っていった。
地面には木が生えてきた穴だけが残り、まるで爆弾でも落とされたような跡地となっていた。
「じいちゃん……」
ロイの苦しみを唯一共有できる相手。
最強の男が唯一遊べる相手。
それはレイド・グローウッドしかいないことだろう。
ポンっという音が続々と体育館に鳴り響く。
その音はシャボンが破裂した音だ。
周りからの視線にロイは正気に戻る。
楽しさで我を忘れていたロイはいたたまれない感情に頭を支配されてしまった。
「ごほん、ごほん」
わざとらしい咳払いをし、床に転がったパイプ椅子に座る。
そして、ブレザーを頭まで上げ顔を覆い現実逃避を図った。
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