第40話「第二王立学園へ」

 【ダイヤモンド・キャピタル】の牢獄。

 ここにいる人物は皆凶悪な犯罪者ばかり。

 強固な監獄、ここで警備をしている人物も相当な魔力使い。

 しかし、牢獄の正門の警備を務めていた人物はもういない。

 警戒のサイレンが響き渡り、静寂なはずの監獄が一気に騒がしくなった。


「さあ、お目当ての人物はどこでしょうか。 いや、ここにいる全員ですかね」


 ヴェネツィアンマスクをつけたとある男性。

 表情こそ見えないが手足も長く、スタイルがいい男。

 どこを見ても牢獄という環境にふさわしくない彼はコツコツと音を立てながらじめじめとした牢獄を歩き続ける。

 牢に閉じ込められた囚人は誰も何も言わない。

 そうやって教育されているから。

 否、男が纏う雰囲気を読み取り言葉を発せられないのだ。

 

「ざっと二〇〇人といったところでしょうか。 まあそこそこの戦力にはなりますかね」


 微笑のみが唯一彼からとれる情報。

 その微笑はどんな災いをもたらすのだろうか。


* * *


 【ダイヤモンド・キャピタル】に構える、第二王立学園。

 黒を基調としたブレザーを着用している第一の生徒はみなぞろぞろと正門前に集まっていた。


「ふぅ、やっと着いたわい。 年寄りにこの移動は厳しいのお」


「嘘つけよじいちゃん。 この前、国の端から端まで一人で移動してたじゃんか」


「ロイ、儂学園長だから。 皆がいる前では一応親しみやすいおじいちゃんキャラでやってるから」


 第二王立学園は、自由な校風が特徴の王立学園だ。

 第一王立学園と違い、順位などは設けておらず生徒の自主性によって学園が運営されている。

 授業については教員が担当するが、イベント事や学園のルールまでも生徒に委ねられているとのことだ。


「さあ目当てのやつはどこかな」


 ニヤニヤと笑うロイの目当ては、第二王立学園にいる王立学園屈指のスナイプ。

 フラッグ・ゲームの大会が本格的に始動することを考えると、仲間にするしないで悩んでいる時間は限られてくる。

 そんな焦りなど全く感じていないロイは、どんな人物が来るのかどうやって仲間にするかを考え続ける。

 

「ロイ、気をつけろよ。 第二はサーガっていうビックバン家の跡継ぎが生徒会長だ、変な事をしようものならぼこぼこにされるぞ」


 ヤスケはロイのわくわくした顔に危機感を覚えているのか、釘を刺すようにしてロイに喋りかけた。

 彼もロイによって、第一王立学園のテロに巻き込まれたうちの一人。

 ロイがテロの黒幕というのを知っているか定かではないが、こうして今でもロイに付き添っている。


「ヤスケ、それは俺にとって寄り道をしてしまいそうになる言葉だ。 だが今回は身内のことがあってな、実はあまり寄り道している暇はない」


「アルフレッド家に何かあったのか?」


「まあ、ちょっとな。 でも大丈夫だ、第二にいる間はきちんと仲間探しをするよ」


「それが真っすぐ行ってくれることを願っているんだがな。 それと、あそこの真面目剣士はどうするんだよ」


 ヤスケが目線を配らせたのは、長く艶やかな黒髪の可憐な少女のアン・スカーレット。

 腰には刀を携え、美しい姿勢でぽつんと立っている。


「あれは少し面倒だ、俺の事を嫌いなのはわかっているが彼女の本題はそこじゃない」


「本題?」


「まあそれもいずれ何とかするよ、アンは第一にいるが今回のパーティメンバーは第二にいる。 合同演習のこのチャンスを逃したらぐっとチャンスが遠ざかっちまうからな」


* * *


 バンッ!と音と同時に放たれた弾丸は、的の真ん中に命中。

 精度、威力ともに寸分の狂いもなかった。


 その銃を握っていたのは防音用のイヤーマフを身に着けていた少女。

 黒のパーカーを羽織った彼女からはとても先ほどの銃を放ったとは思えないほどのあどけなさ。

 ふうと息を吐き、銃を下ろした少女の名前はナナ・スカイ。


 ここは第二王立学園の射撃場。

 人ひとりいないここで銃をずっと打っていた。

 

 淡々と遠くの的を撃ち抜く。

 これは決して簡単なことではない。

 機械ではない、人間が正確無比にこの的を撃ち続けるためにはそれだけの努力と練習が必要。


「ふう。 今日はこのぐらいのことにしとこうかな」


 フラッグ・ゲームをやるわけではないのに、こうして練習してしまうのは中等部からの癖のようなものだ。


「予定もないのにね……」


 ナナは自分の愛用銃、『ハイ・スナイパー』に語り掛ける。

 こうして銃にむかって話すことも自分の変な癖だと自覚していた。

 ナナには友達がいない。

 正確に言えばいるが、今も交流があるかと問われればそうではない。


 だから、『悲劇の狙撃手』なんて言われているのだろうか。

 ナナがフラッグ・ゲームをやらなくなったのは闇の中。

 その理由を知る人物がいないから、噂に尾ひれがついて独り歩きしているのだろうか。

 

「まあ、考えても仕方のないことかな」


 ナナは狙撃中を専用の鞄に仕舞い、射撃演習場を後にした。


* * *


「それじゃあ、合同演習の説明を始めようか」


 広い会議室にネクタイの色が違う第一王立学園の生徒が集まっていた。

 その生徒たちの注目を集めているのは、第一王立学園三年Aクラスの担任フウガ・ニノマイ。


「今回の合同演習はあくまでも王立学園として魔力の強さを外にアピールすることだ。 だからフラッグ・ゲームはなし、学園側が提示したゲームの中で戦ってもらう」


 フウガが話したのは一日目の内容。

 合同演習はロールごとに種目が決められており、一日目はスナイプがメインの的当てゲーム、そしてアタッカーがメインのbot破壊ゲームが行われるスケジュールとなっていた。


「そして一日目の最終種目は、一年生同士の魔力演武だ」


「魔力演武?」


 思わずロイがフウガに聞き返した。

 ロイが第二でやりたいことはここにいるパーティメンバー候補のスナイプを探すこと。

 できるだけ面倒事を避けておきたいからこそ、しっかりと聞いておかなければならない。


「うん。 やっぱりしっかりとした戦いも欲しいからね」


 ニヤニヤとしたフウガに、ロイは深い溜息をついた。

 

 ひとしきりフウガの説明が終わったことで、会議室からはぞろぞろと第一の生徒が出ていく。

 ロイとローズもそれに続いて教室を出た。


「お~い、ロイく~ん!」


「む?」


 遠くから廊下を走る音とともにある女生徒がロイに抱き着いた。

 むにゅっとした二つの感触があるが、ロイはそんなことは気にしていない。

 抱き着いてきた人物を見るが、誰だか全くわからない。


「久しぶりだね、ロイ君!」


「え、どなた?」


 ロイの顔をしっかりと眺めたのち、再びがっちりと抱き着いたのは黒髪ショートカットのスポーティな少女だった。

 可愛いというよりも、イケメンと呼ばれそうな顔立ち。

 ロイよりも数十センチ高い女性できっと女子人気も高いことだろう。


「お久しぶりです、サラ様」


「サラ?」


「大きくなったね、ロイ君」


 サラ・クリスティーナ、二年。

 幼いときはよくロイと一緒に遊んでいた。

 敵が多いアルフレッド家の中でも、クリスティーナ家は友好的な貴族となる。

 ロイの昔を知っている数少ない人物だ。


「…ひ、久しぶりだな。 サラ」


(こいつ、女だったのか……)


 昔遊んでいたときからは想像もできないほど、成長を遂げたサラ。

 どこをどう切り取っても、幼い頃のサラの姿は見当たらない。


「あ~、覚えてなかったでしょ」


 頬をふくらませたサラに、ロイもどうすることもできなかった。

 

「ま、元気そうでなによりだ」


「うん、ロイ君も。 それにローズも久しぶりだね」


 深々と頭を下げたローズ。

 学年こそローズのほうは上だが、メイドとしてはサラの方が立場は上だ。


 やっと抱き着くのをやめたサラは昼食を一緒に食べようと、ロイを食道へと誘った。

 第二王立学園の廊下を異なる制服、異なる身長を歩く二人の男女。

 そのすぐ後ろを銀髪の生徒が歩く構図となっていた。


「ねえロイ君。 せっかく久しぶりに会ったところで悪いんだけど、ちょっと私の話聞いてくれない?」


 申し訳なさそうにするサラにロイは頷きで返事を返す。

 子供の頃以来会っていないのだ、積もる話もあると思うがどうやら思い出話ではないようだ。


「今第二ではね、生徒会選挙に向けた活動が盛んでね。 私が次の生徒会長の候補なんだ」


「ほえ~、そんな事するんかサラ」


「半ば強引だけどね」


 はあと溜息をついたサラを見れば彼女が心の底からやりたいようには思えない。

 子供の頃のサラのイメージは引っ込み思案で、表に立とうとするタイプではなかった。

 だがこうして生徒会長の候補者に名を連ねるのはサラのこれまでの態度を買われた理由だろう。

 強引という言葉には引っ掛かるところもあるが、ひとまずはサラの話の続きを聞くことにする。

 

「それで、聞いてもらいたい話っていうのは?」


「えっとね、ロイ君には私を守ってほしいなあ、なんて」


 えへへと照れているサラからは、クールな印象はそこにはない。

 一人の女性として、かつてからの友人にお願いしたのだ。


「守って欲しい? 相当厄介な問題なのか?」


 一般的な選挙であれば、守るという言葉は使わないはずだ。

 国の代表を決めるような選挙であれば周辺を警護しなければいけない場合もあるが、ここは王立学園。

 所詮は学園生という枠組みの中の話のはずだ。


「うん。 第二って自由な校風だからこそ、生徒会に権限が委ねられるんだよ。 だからその座を狙う人物ももちろん現れる」


「ふむ。 加えて王立学園だ、魔力を持ったやつはうじゃうじゃいるってことだろ?」


「そこなんだよ~。 私は元々生徒会選挙になんて興味がなかったんだけどね……」


「……色々あるんだな、第二も」


 ロイは深く追求することはしなかった。

 数少ない知り合いの一人が助けを求めているのであれば、助けるだけの話。


「生徒会長の有力候補は、現生徒会長のサーガ・ビックバンが推薦しているラーク・カンサダ。 もう一人の生徒会長候補は私、推薦人はマイカ・カスタード」


 サラから聞きなじみのない名前が出ているが、注目するべきは敵が現生徒会長の推薦を受けているということだ。

 現生徒会長になったということは、選挙で多数の支持があってこそ成立したもの。

 どういう方法を使って票を集めたのかはわからないが、自由という第二の校風やサラが守ってほしいということから推察すれば清い選挙とは考えにくい。

 魔力を使った、非正規なやり方。


 おそらくこの生徒会長の派閥争いは今に始まったことではないのだろう。

 自由な校風と銘打っているのはいいが、裏を返せば生徒が自由気ままに好き勝手できてしまう環境であるのだ。


「そしてその派閥争いはすでに始まっている。 たぶん合同演習はその格好の的だろうね」


 第一王立学園と第二王立学園の合同演習。

 自然に生徒の興味関心が集まる場所ならば、会長候補であるラーク・カンサダやサラが下手でもすれば一気に票が散るというのは目に見えてわかる。


「でも実を言うと僕の陣営は少し不利な状況でね。 もちろん会長の推薦を受けているラークが票数を持っているんだけどその数があまりにも絶望的でね……」


 サラから聞いた話によると、生徒の割合は、三年生が三二%、二年生が三三%、一年生が三五%ぐらいだという内容。

 既に三年生の票はラーク陣営が持っているだけでは収まらず、二年生の半分の票も持っているという分析だ。


「じゃあ実際一年の票を浮動票だと考えた場合、サラたちの陣営が持っているのは全体の一五%ぐらいの票だけってことか?」


「まあ、そうなるよね…」


 たははと愛想笑いを浮かべたサラだったが、決して笑っていられるような数字ではない。

 それに選挙活動が始まっている時点でこの差はかなり厳しいものがあるだろう。


「選挙の戦略はサラが考えているのか?」


「ううん。 私は飾りの候補だよ、実際陣営を指揮しているのはセイラ・クリームっていう女の子」


「ふむ。 つまり、サラは票集めの飾りとして立候補しているってことか?」


「む~、ロイ君はひどいなあ。 でも本当のことだから何も言えないね、せっかく立候補したからには何かしてあげたいなって思うけど私の頭じゃどうもいい案は浮かばなくてさ」


「それはサラの仕事じゃないだろ。 合同演習でいい結果を残して一年生の票を集められるようにサラは集中する。 そして、それを守るために俺が守ればいいだけだろ?」


 面白そうなことを考えそうになった思考回路を理性で止めたロイ。

 ここはあくまで第二王立学園。

 前回の第一王立学園襲撃をしっかりと反省している最中。

 目の前にぶら下がった『退屈』凌ぎをみすみす見逃してしまうのは歯痒いが、ここは大人しくサラを守るということと、仲間集めに集中するべきだろう。


「え、いいの?」


「友人の頼みだ、もちろん引き受ける。 それに今回はローズもいるしな」


 ロイが斜め後ろ振り向き、ぺこりと頭を下げたローズ。

 二人の実力を知っているからこそ、サラも安心できるというものだろう。

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