第49話「選挙・序章」

 ラーク陣営第二アジト。

 第一アジトよりも狭い倉庫となっているこの場所で、陣営の副将であるレオ・ウィンストンは一人座っていた。

 前夜祭の裏で密かに行われている陣営同士の小競り合い。

 陣営の幹部であるレオは味方の情報を待つ為に、この場所で一人待機している。

 もちろん信頼された幹部であるレオだからこそここに一人で居座っていられるのだ。

 非常時の対応、非常時の奇襲。

 それを一人で対応できるとラークに判断されたからこそ、レオは一人でここにいる。

 そして、来訪者は突然やってきた。


「何か用? ユン・ホイップ」


「こんばんは、レオ君。 あれ、一人~?」


 ゆったりとした優しい声音と、わざとらしい言葉。

 はにかむ顔はとても今から戦闘を始めるようには思えないが、肩に担いでいる銀色の金属バットが彼女への印象を一変させる。


「ユン・ホイップだけか、セイラ・クリームはいなさそうだな。 目的は、ラークの隣にいる俺から先に潰そうって判断か?」


 だけと言っても、ユンの後ろには総勢三十人のセイラ陣営がそれぞれ武器を持っている。


「うん、その通りだよ~。 レオ君にはここで退場してもらうね~」


 レオは決して油断していないし、許しを請いて怪我無くこのまま立ち去ろうとしているわけではない。

 相手が三十人と一人、それでもレオは微笑を崩していない。

 それはつまり焦りもないというのと同義。

 

 セイラ陣営の生徒が手に持っている武器はフラッグ・ゲームで使うためのアサルト・ライフル。

 ユンが金属バットをレオに向けた瞬間、セイラ陣営生徒の銃口は漏れなくレオに向かっており、


「じゃあ、さっさと始めようか~」


 ユンの言葉を皮切りに一斉に魔力の射撃が行われた。

 降りやむことのない魔力弾。

 大小さまざまな魔力の弾がレオの全身を当たっていく。

 三十秒ぐらいは経っただろうか、土煙が吹きあがりレオの姿が見えなくなった。

 

「……最後ぐらいは私が倒してあげるよ」


 生徒の先頭に立っていたユンは土煙を突き進んだ。

 おそらく魔力を感知してレオに反撃の気力がないと踏んだのだろう。


「へっ……」


 膝を地面に着いた状態のレオはユンを見上げて笑った。

 顔や体はもちろんながら傷だらけ。

 いくら殺傷能力を低く設定されているフラッグ・ゲーム用の武器だとしても、三十人が一斉に放てばそれは通常の魔力武器と何ら変わりがない。


バゴッ!


 人間の骨と金属バットがぶつかった衝撃音。

 レオはユンの魔力の籠った攻撃を、ただの両腕でガードした。


「まだまだ~」


 笑顔のままユンは金属バットを振るい続ける。

 両腕だけでは守れない。

 とうとうレオの頭部にまでユンの金属バットが届き、口から血を流す。


「何でスキルを使わないの~?」


 笑顔のまま金属バットを振るユンは、大量の血しぶきが床にまき散らされても全く気にしない。

 レオが気を失うまで、果ては死ぬまで殴り続ける気だ。


「いつか使うさ。 スキルを使わなくても勝てる相手じゃねえからな」


「じゃあ使う前に潰しちゃうね~」


 ユンは渾身の魔力を金属バットに注ぐ。

 ゆらゆらと揺れる魔力の流れはすぐに金属バットに纏わりついた。


 ユンはスキルを所持していない。

 けれど彼女の選択は間違いではないと、敵であるレオは思っていた。

 ユンの魔力の質は戦闘向き。

 であれば、魔力のリソースを割くスキルをわざわざ作らなくとも武器に魔力を纏わせて戦うほうが火力を出すことができるという判断からきたものだ。


「じゃあね、レオ君」


 魔力を込めた最後の一撃。

 金属バットを両手で握って頭上からレオの脳天に向かって振り下ろした。


「——まあいっか、ちょっと火力でねえけどいいだろ」


 急な魔力の膨張にユンの顔は引きつった。

 本能で避けようとしても、体はすでにレオの脳天に向かっているためここから防御することはできない。


「『ファイティング・プロレス』、解放」


 金属バットが頭にぶつかるよりも先にレオの右拳がユンのみぞおちに向かって放たれた。

 衝撃波が拳よりも遅れてユンに到達し、ユンの体は後方まで吹っ飛んでいく。


 レオの攻撃はユン一人だけには留まらない。

 衝撃波は後ろで銃を撃っていたセイラ陣営の生徒にまで伝播し、生徒らもレオから離れるように吹き飛ばされていった。

 たった一撃。

 その一撃だけでレオを奇襲したセイラ陣営は壊滅に追い込まれたのだ。

 

「ユン・ホイップの魔力がでけえおかげだな。 このまま帰したらラークに何を言われるかわからんから、とりあえず一年ぐらいはベッドで寝てもらう体にしとこうかな」


 自身の手を開けたり閉じたりしながら魔力の流れを確認している。

 『ファイティング・プロレス』。

 一度魔力をゼロにすることで、その間に受けたダメージを相手に返すスキル。

 相手に返すときに自分の魔力を混ぜ合わせることで、受けたダメージよりも倍近い魔力攻撃を相手にぶつけることができる。


「がはっ!」

 

 喉に溜まった血を吐き出したユンはすでに満身創痍。

 セイラ陣営の最高戦力である彼女をもってしても、副将には届かなかった。


「お前らと俺らとじゃあ、まるで大人と子供の喧嘩だ。 相手になんねえよ」


 セイラ陣営の武闘派担当であるユンがこのざまであることにレオは溜息をついた。

 こんなことならもっと早くセイラ陣営を攻撃していれば簡単に壊滅できたと。

 敵陣営でユンと肩を並べられるのはせいぜいサラ・クリスティーナぐらい。

 そんなサラは元々セイラ陣営ではないため、選挙戦に消極的だという情報もラーク陣営にしっかりと入っている。

 

 レオは一歩ずつユンに近づいた。

 ここで彼女を葬ればラークの会長当選はぐっと近づく。

 面倒事を嫌うレオは会長選が拳で解決できるならさっさとやるべきだとラークに常日頃から進言していた。

 だが当のラークはおもちゃをもてあそぶようにセイラ陣営を野放し、基本的に暴力を振るうことを禁止している。

 彼の狙いは何なのか、何がしたいのか。

 幼馴染であるレオでさえも、ラークの真意はわからない。

 けれどこうして向こうから仕掛けてきたのであれば、話は別。

 正当防衛を主張して、この面倒くさい選挙戦を一刻も早く終わらせる。


「じゃあな、ユン・ホイップ。 恨むなら奇襲を仕掛けた、あんたらのリーダーを恨みな」


バゴォォォン!


 レオが魔力の籠った拳を倒れているユンに振り下ろそうとした瞬間、倉庫が揺れる。

 警戒したレオはユンから距離を取り、アジトにくまなく目線を配らせた。

 だがすぐにその答えが判明する。

 アジトの壁がぽっかりと空いていたのだ。

 いくらぼろっちいアジトではあるが、自然現象で壁に穴ができるはずがない。

 先ほどの爆音は明らかにアジトを狙った第三者の攻撃。


「ちっ、仲間がいやがったのか」 


 倉庫の周りには強大な魔力は存在していない。

 つまり遠距離からの何者かによる魔力攻撃だとレオは断定する。


「——逃げるよ、みんな!」


 レオが周りを警戒している最中、真っ先に動いていたのはユン・ホイップ。

 もしもの場合に備えた動きをしている感じ、おそらくこの景色が頭の中に入っていたのだろう。

 

「めんどくせえことになった」


 大きな溜息をしたレオは、逃げるセイラ陣営を追うことはしなかった。

 いつでも狩れる。

 だったら彼女らを逃がすことでアジトの壁を破壊した第三者を探したほうがラーク陣営のためになると、レオは判断した。

 

* * *


 セイラ陣営がレオを襲撃する少し前のこと。

 夜も更けたこの時間に呼び出されたのは、ナナ・スカイであった。

 フラッグ・ゲーム用の武器、『ハイ・スナイパー』を黒の鞄に仕舞いこみ背中に背負っている。

 

「ナナちゃん、久しぶり」


 ナナの目線の下から笑顔で手を振るのは、笑顔が素敵なみつあみの女の子ユン・ホイップだ。

 

「ユン? こんな時間にどうしたの?」


「ナナちゃんに頼み事があってね……」


「頼み事?」


 ナナとユンは射撃訓練場に設置してあるベンチに座り、お互いが空気を読み合う雰囲気となっていた。

 ナナがユンと話すのは実に一年振りぐらいだろうか。

 急にどうしたのか気になるナナだったが口下手なナナが聞けるわけもなく、ユンの言葉を待つのみだった。


「申し訳ないんだけど、とあるアジトを撃ってほしいの」


「アジト? それって……」


「そう。 向こうの陣営のアジト」


 言わなくてもわかってしまう。

 アジトと名の付く施設は公には学園には存在していない。

 だが、選挙期間中はその名前が使われるようになり一般の生徒は自然とその場所から離れていく。

 使われなくなった倉庫や空き教室。

 その場所こそ、選挙戦で使われるアジトとなるのだ。


「ごめん、本当は頼んじゃダメなんだってわかってるんだけど……」


 ユンは申し訳なさそうにして俯いてしまった。

 ナナとユン、そしてセイラは一年生の時に同じクラスになった仲だ。

 コミュニケーションを取るのが苦手だったナナに喋りかけてくれたのがユンとセイラ。

 なぜか三人はすぐに意気投合し、一緒にお昼ご飯を食べたりする関係性にもなった。

 だがその関係はたかが数か月で崩壊してしまうことになる。

 原因は中心にいた人物らが一番よくわかっている。

 だからナナとユンはその原因を言葉として表さない。


「セイラは知ってるの?」


 首を横に振るユン。

 人一倍優しいユンが一年近く喋っていなかったナナに助けてくれとお願いしている時点で彼女が置かれている状況がかなり切羽詰まっているということだ。

 加えてセイラにも話していないともなると、相当危機的状況だと推測できる。

 

「……わかった。 アジトを撃つだけなら私でもできる、詳しい話を聞かせて?」


 困っているなら助けてあげたい、ナナにできることがあるなら力を貸したい。


 怖いと言う感情は確かにナナの心にある。

 きっかけさえあればすぐにでも逃げてしまいそうにもなっている。

 アジトを撃つことがどれほど危険な事なのかはナナも理解している。

 ラーク陣営に目をつけられれば、どんな目に遭うのか考えるだけでも震えてくる。


 しかし、ユンとセイラはナナを救ってくれた人物なのだ。

 入園時、不安しかなくて誰にも声をかけることができなくて退園も考えていたときに差し伸べてくれた手。

 その温かさをナナは今でも覚えている。

 だから助けたい。

 困っているなら、自分でできることならなんでもしてあげたい。


「……ありがとう、ナナちゃん」


 ユンとナナは人目が少ないベンチに行き、話をした。

 今の選挙のこと、セイラ陣営が置かれている状況。

 ユンが何をしようとして、ナナが何をするべきかを。


* * *


 ナナが向かった先は屋上だった。

 屋上に辿り着き、肩に担いでいた黒の鞄を地面に下ろす。

 首尾よく鞄から黒塗りの狙撃銃『ハイ・スナイパー』を取り出して銃身に不調がないかを確認。

 そして右膝をつき、スコープに片目を当てる。

 

 ここからではアジトの全容は見れない。

 把握できることは窓ガラスから橙色の明かりが漏れ出ていることだけだろうか。

 

 アジトを破壊する行為。

 今更になって不安が募るが、ここまで来たら引き下がれない。

 ユンの不安そうな顔が思い出される。

 ナナが怖くて立ち止まってしまえば、ユンは危険な目に遭う。

 それを考えれば、立ち止まっている時間などない。

 友達を救う、その感情さえあれば引き金を引ける。


「これは…!」


 突如感じたユンではない魔力。

 ナナの魔力探知は広範囲に及ぶ。

 スナイプとしての素養、ナナ自身フラッグ・ゲームをやっていないためどこまでこの技術が通用するかはわからないが今はそんなことを考えている場合ではない。


「——『ワンショット・バレット』、炸裂弾」

 

 スキル、『ワンショット・バレット』。

 十秒の時間を要するが、ナナの好きなように弾を『ハイ・スナイパー』に込めることができるのだ。


「すーっ……」


 鼻から大きく息を吸い、止める。

 レティクルをアジトの壁に合わせて、魔力を解放。

 自信の体にある魔力の流れを掴んで、ハイ・スナイパーへと魔力を注ぐ。

 そして発砲。

 ナナが弾いた魔力弾はまるで夜空を駆ける流れ星のように光輝きながら、凄まじい速度でアジトに向かっていった。


バゴォォォン!


 弾着。

 ぽっかりと穴が開いた倉庫を見て、ナナはすぐに屋上を後にした。

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