第47話「前夜祭」

 ロイが退出したあとも未だに不安気なネル。

 第一の生徒、しかも合同演習に選ばれるだけの将来性を秘めた一年生があの選挙に関わるのはどう考えても止めなくてはならない。

 

 ラーク陣営の恐ろしさをサーガ・ビックバンが会長選挙に出ていた時代からその目で見て来た。

 サーガももちろん例に漏れず、凶暴な人種であった。

 だがラークはその凶暴性に加えて、狡猾性も加わった人間。

 邪魔な者はすべて排除するような、恐ろしい男。


「本当に大丈夫なのかな、あの子……」

 

「心配はいらないさ。 さっきも言ったが、彼は強い」


 未だに自分の中で腑に落ちていないのか、ネルは長机に上体を預けながら困り顔を浮かべていた。


「ふっ、ネルは優しいな。 だから、『悲劇の狙撃手トラジェディ・スナイパー』のことを語らなかったのかい?」


「それは……」


 ネルはロイに嘘をついてしまった。

 正確に言えば嘘、ではないかもしれない。

 ナナに直接聞いたわけではないから、あの出来事が彼女をフラッグ・ゲームから遠ざけている理由ではないかもしれない。

 でもそれは言い訳に過ぎない。

 きっとあの出来事で、あの出来事のせいで、あの出来事によってナナはフラッグ・ゲームから遠ざかっている。

 いや、から遠ざかっているのだ。


「さっきの子を選挙に巻き込まないようにするためかい?」


「そんなところ、かな。 ナナさんのことは私の口から言うべきではないと思うし、ロイ君の魔力は射撃場を壊すぐらいっていうのも知ってるけどさ」


「けど?」


「第二の選挙戦は違う。 本気で殺しに来るし、あらゆる手段を使ってくる。 いくら学園の中で強いって言っても彼らはそのルールを無視して強行突破してくるから」


 ネルは新聞部として、選挙をずっと追って来た。

 その中で何が起こったのか、ネルは取材を続けていく中でその過酷さをその残酷さを理解しているつもりだ。

 だから第一の生徒であるロイには関わって欲しくない。

 彼はこれから注目を集める人物になると、ネルの直観が言っているのだ。


「ブライト、学園が変わる日は来るのかな……」


 第一の生徒を見ていると、改めて第二が特殊な環境だということを思い知らされる。

 『自由』を謳う学園。

 ただそこにいる生徒は自由を手にしているわけではない。

 かりそめの自由を強制的に強いられているだけなのだ。


「それは立候補した生徒次第だね」


 事あるごとにネルは第二の現状をブライトに相談していた。

 彼も第二王立学園のさを知っている生徒。

 ネルが言わなくても、第二にいる生徒ならば大なり小なりその不自由さを感じているはずだ。


「生徒会長を消去法で考えるしかないのも、考えもんよね」


 ネルは深い溜息をつく。

 サーガ・ビックバンによる学園の支配。

 選挙の裏側まで知っているネルだからこそ、彼が行ってきた非人道的な行為を許すわけにはいかなかった。

 けれど、去年の選挙戦で対となったマイカ・カスタードが果たして学園のためになる公約を掲げていたかと言われればそうではない。

 彼女の公約はまるで学園を自分色に染め上げようとした偏った公約であった。 

 公約だけ見れば、サーガの方が正しいと感じてしまうほどに。


 そして、前回会長選で戦った二人の関係性は良いも悪くも後輩たちに色濃く引き継がれている。

 サーガよりもひどい票集めを行っているのが、サーガの推薦を受けているラーク・カンサダ。

 そしてマイカを敬愛しており、学園良くすることよりも選挙に勝つことだけを考えている陣営の実質的なリーダー、セイラ・クリーム。


「今回ばかりは僕らは静観しよう。 大丈夫、きっと僕らの意思を持った子が出てくるはずだ」


 ブライトの言葉にネルは半信半疑だった。

 そんな人物が学園にいるのならばとっくにネルの耳に情報が入ってきてもおかしくないのだから。

 でも彼が言うならと、ネルは特に反論を示さなかった。


* * * 


「わ~、あれ美味しそう」


「おい、あっち行こうぜ!」


 合同演習が明日へと迫った夜。

 第二王立学園では、第一王立学園におもてなしを兼ねた前夜祭が行われていた。

 屋台が立ち並び第一、第二問わず様々な生徒が王立学園の正門通りを行き交う。

 学園祭というものを知らないロイであるが、こういったものであるとロイ専属メイドであるネメシアから教わった。

 もちろん合同演習まで準備期間がなかったはずだが、ここまでの屋台が並んでいることに素直にロイは驚く。


「自由な校風っていうのは、本当みたいだな」


 教員主導で動いている学園ならばここまでの盛り上がりは見せないだろうし、なによりこんな短期間でここまでの準備をすることができない。

 短期間で祭りのような雰囲気にしているのは、紛れもなく生徒の頑張り。

 自分たちが楽しむために、自分たちで盛り上がれるようにと企画した生徒たちの努力の結晶だ。

 これが第二の特色。

 ここだけ切り取れば第二王立学園はかなり楽しい学園だと錯覚してしまうが、サラに攻撃したことや射撃場でロイを襲おうとしたことを考えればとても楽しい学園とは思えない。


「ごめん、ロイ君! 遅くなった!」


「えーっと。 待っていないぞ、サラ!」


 思い出すようにして言葉を述べたロイの元に息を切らしながら走ってきたのはサラ・クリスティーナ。

 前夜祭一緒に回ろうよと提案され、ロイが了承した結果だ。


「それにしてもどうしてこんなに豪華なんだ?」


 文化祭でもないのに屋台が軒並び、学園生ではない一般人の入園まで許可している模様だ。

 突発的に開催が決まったものなので、街で行われる祭りのように人がごった返すことはないがそれでも多い。


「今回の合同演習は学園がテロに負けませんよっていうのを見せたいからね。 だからこうやって一般の人も呼んでるんじゃないのかな」


「ふむふむ。 さあ、サラ食い物を探そう」


 歩きながらロイはガツガツと屋台飯を食べ続ける。

 そんなロイであったが、サラの視線がどうにも気になってしまった。

 先ほどからサラはずっとロイの方をちらちらと見ている。

 

「どうかしたか、シャラ」


 気にしないようにしていたロイもさすがに言わずにはいられず、口に食べ物を含みながら喋るロイ。

 そのロイの仕草にサラはふふっと笑った。


「いや別に。 でもロイ君が学園に入るってわかってたなら、私も第一に入園しておけばよかったかな~、なんて」


 照れくさそうに語る彼女。

 どこか本音を隠しているかのようなニュアンス。

 

「第一も面白いが、第二も十分に面白そうだ。 今の学園生活に不満でもあるのか?」


「あることにはあるんだけど。 なんていうかな、羨望って言葉が近いのかもね」


 ロイはサラの言葉の意図がわからず、目でその答えを促す。

 そうするとサラは遠くを見つめて、少しだけ悲しそうな顔を浮かべていた。


「もし私が第一にいたらさロイ君とこうやってデートしたり、思い出を一緒に作ったりできたりする。 その理想が羨ましいんだよ」


「む? サラは恋したいのか?」


「こ、こここ恋!?」


 ぼうっという音でも聞こえたように、サラの顔は急速に赤くなる。


(シルフィ先輩と一緒だ)


「まあサラ。 恋は第二でもできるのだ、それにサラは可愛いし格好いいからモてるだろう?」


「その言葉は嬉しいけど、意中の人に好かれなきゃ意味がないよ」


「なぬ! サラは好きな人ができたのか!?」


「あはは、この様子じゃ当分先かもね……」


 苦笑いを浮かべるサラ。

 先ほどまでの悲し気な顔はもうすでに表れておらず、代わりに頭を押さえて呆れ顔を浮かべていた。


 それからロイとサラは事あるごとに屋台に並び、数々の屋台飯を食べた。

 定番の焼きそばやらタコ焼きやらから、学園生が調子を乗って作った激辛ソーセージまで食べに食べた。


 一旦休憩がてら、少し離れた人気のないベンチに腰を下ろすことになる。

 ロイはまだ食べられる、サラがロイの食欲についていった結果足取りが重くなったことをロイがすぐ異変を察知しここまで連れてきた。


「大丈夫か、サラ? ほれ、お水」


「ごめん、ありがとう」


 すっかりと夜空に星がきらめく時間帯。

 学園の正面前はすでに人が溢れかえっているが、ここは人が少ない。

 ただ男女組が多く、いちゃいちゃしたり、ちゅっちゅしたりするスペースのようだ。


「ロイ君、なんか居づらいね」


「え? どこが?」


 だがロイにとってそんなことが理由で席は外さない。

 人は人、周りは周り。

 生まれた時から一般人と一線を画した魔力を持つロイは自然とそういう考えになってしまうのだ。


「なあサラはどうして会長なんか引き受けたんだ?」


 サラは生徒会長になりたくないと言っていた。

 ロイの考えからすれば、やりたくないものなどやらなくていい。

 それは正論の暴力なのかもしれないが、自分の人生なのだから自分の好きなように、自分の自由に生きればいいと思ってしまう。


 だが、サラはロイと真逆な性格をしているように感じている。

 やりたくないと思っても、人に頼まれればなんでもやってしまう。

 例えそれが自分の意思に関係無く、このように手を差し伸べてしまうのだろうか。


「あ~、それに関しては特に理由はないかな。 強いて挙げるならあのときのセイラちゃんの顔が困っているように見えたから、それだけだよ」


 それだけ。

 サラは昔からお人よしであった。

 困っている人がいたら迷わず助ける、それは分け隔てなく人類平等に。

 

 それはクリスティーナ家もそうだ。

 アルフレッド家が資金を拡大していく中で、それを嫌った貴族連中は次々と離れて行った。

 そんな中クリスティーナ家はずっとアルフレッド家と友好関係を築いている。

 アルフレッド家と関わるだけでも非難の的となるのにも関わらず、クリスティーナ家は文句の一つもなく、悪い噂を一切聞かなった。

 だからこそ、アルフレッド家も付き合いを続けている。

 その付き合いには損得勘定はなく、ロイの両親からクリスティーナ家の悪口を聞いたことがなかった。


「アルフレッド家はクリスティーナ家のことを信頼している。 サラの家の良さがきちんとサラにも引き継がれていて俺も嬉しい」


「え~、そんな褒めないでよ~」


 体をもじもじしながら照れるサラ。

 感情が表に出るところも彼女の可愛いところの一つだろうか。


「またうちに遊び来いよ。 俺の家族も会いたがっている」


「え、ほんと! うん行くよ、絶対行く!」


 嬉しそうに笑うサラに吊られてロイも微笑を浮かべる。


「きゃああああああ!」


「む?」


「何?」


 サラとロイは同じタイミングで立ち、声のしたほうに駆けていく。

 そこは二人の男女がベンチの前で立っているだけ。

 ロイは訝しげに周りの様子を見ていたが、サラは迷わず悲鳴が聞こえた方に駆けていった。

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