第35話「クライマックスは爆発とともに」

「お前、僕を騙したんだな。 ここに黒ローブの女性はいなかったんだな!」


 立ち上がったボマーは唾を巻き散らしながら、ロイを睨んでいる。


「会いたいなら呼んでやるよ、イドリス~」


「お呼びでしょうか」


 突如としてロイの隣に現れたのは、黒ローブの女性。

 ローブからでもくっきりと見える膨らんだ双丘をボマーは注視して、すでに興奮状態。


「黒ローブのお姉さんなんだな!」


 ぶひっとした息遣いがどんどん大きくなり、先ほどまでの怒りは風に乗って消えたようにボマーは嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。


「ボマー、お前に謝らないといけないことがあった」


「む?」


「こいつ、俺の愛人なんだ」


「……何を言ってるんだな」


 ボマーの表情がころっと険しくなったのも納得がいく。

 ボマーは黒ローブのお姉さんのためにこの学園に来ていた。

 お姉さんの指示で第一王立学園を爆破し、お姉さんのためにウォー・ウルフと協力し、お姉さんを助けるためにこの礼拝堂に来ていた。

 今のボマーの行動原理は全てこの黒ローブの女性のために依拠している。

 そんなお姉さんが、ロイの言葉でここに現れたことにボマーは驚きを隠せていないのだ。

 もちろん、そんなお姉さんことイドリスに指示を出していたのはロイ・アルフレッド。

 ボマーは偽りの女性を追いかけ続け、偽物の愛を信じ続けていた。

 全てはオーガを仲間にするため。

 ロイからすればボマーはオーガを仲間にするための駒でしかなかった。


「わかんないなら証明してやるよ。 イドリス俺にキスしろ」


「畏まりました」


 そう言うとイドリスはフードを取った。

 銀髪の艶やかな髪をかき分け、モデルでもおかしくない美貌が姿を現す。


「え、え……」


 困惑しているボマーを汚い物を見る目で一瞥し、彼女がもつ麗しい唇とロイの小さな唇が交差した。

 イドリスはロイの頬を両手で掴み、唇の中に舌を入れる。

 それを受け、ロイはかなり嫌そうな顔を浮かべる。


「たんま! やりすぎ!」


 ロイはイドリスを押しのけ、唇を拭う。

 少し残念そうな顔を浮かべたイドリス。

 うっとりとした顔を見ればまだまだしたりなかったのだろう。


「な、ななななななな何をしているんだな!?」


「なにってみりゃわかるだろ、キスだよ。 まあ少しだけキスを超えている気がするが」


「こ、これは夢なんだな! 夢に違いないんだな、あ、そうだお姉さんはその男に操られているんだな、絶対そうなんだな、そうだよね、お姉さん」


 目から涙が零れ、イドリスを切望するような目で見つめたボマー。

 信じ続けていた、愛し続けていた女性が目の前でロイと唇を交わってしまった。

 この悲しみはボマーでしか計り知れないのだ。


「だってよ、イドリス」


「はあ。 あなたのような汚い豚に、私が靡くとでも? 私が愛すのは生涯で唯一、ロイ・アルフレッド様、ただ一人です」


「え……」


 ボマーは崩れるようにその場に座った。


「これが真実だ。 今まで俺の指示で働いてくれてありがとう、ボマー君」


「嘘だ、嘘だ。 噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だああああああああ!」


 ボマーは叫びながら、欲しいおもちゃを買ってもらえなかったときのように寝転がりながら駄々をこねている。


「ボマー、悔しいか? 悔しいなら、泣く前に俺をぶっ殺せよ。 そしたら、お前が欲しいものが手に入るぜ?」


「……絶対に嘘だ、操られているに違いない。 お前を殺すううううう、ロイ・アルフレッドおおおおおおおおお!」


 ボマーの魔力によって、礼拝堂が揺れた。

 これを可能にするのは礼拝堂を包むほどの圧倒的な魔力量が必要。

 それをボマーはいとも簡単に、かつたった一人でそれを可能にしているのだ。


「俺との戦いは、まだ本気じゃなかったってことか…?」


 驚いたような顔でボマーを見つめるオーガ。


「オーガ先輩、あなたの役目はこいつを倒すことじゃないっすよ。 愛した人を、今でも思っている大切な人を、救いにいってください」


 ロイはオーガを振り向くことはしない。

 オーガが過去を乗り越えるためにはオーガ自身でその過去を払拭しなければならないのだから。

 ロイが想定していたのはここまで。

 あとはオーガとシルフィに託す。

 彼と彼女がこれからどんな物語を紡いで、どんな未来を見せてくれるのかを。

 

「勝てるのか、あの怪物に」


「……さあ。 でも、俺を殺せるのはあいつじゃないことは確かです」


 ロイは不敵に笑って、自身の魔力を解放した。

 ボマーに引けを取らない魔力。

 ロイとボマーが纏う魔力が、空中で激突している。

 

「イドリス、手出すなよ」


「もちろんでございます」


 イドリスは礼拝堂から消え去る。

 ロイ専属メイドはロイを知っているからこそ、例え本気のボマーが敵であっても手出しはしないのだ。

 ロイが負けるわけがない。

 ロイ専属メイドの中でその信用が揺らぐことは決してないのだから。

 

「かかってこい、ボマー」


「許さなあああああああい!」


 ボマーが走るたびに、礼拝度が揺れた。

 まるでボマーの魔力をこの建物が恐れているかのように建物は揺れ動き、地響きに近い音を奏でる。


 ロイはボマーパンチを避けることはなく、魔力を纏わせた右足で対応。

 ぶつかった瞬間に爆発が起こる。


「あっぶね、オーガ先輩シルフィ先輩を頼みましたよ!」


「わかっている!」


 すでにオーガはシルフィの元まで辿り着いており、シールドを三枚展開して彼女を守っていた。


「さすがだな。 瞬時の判断能力といい、土壇場の気合といい全てがガードナー向きだ」


「むおおおおお」


 ボマーは子供のようなパンチを繰り出す。

 ロイバク転をしてその攻撃を躱し、今度は魔力を足に溜め一歩でボマーの元に辿り着く。

 

死型しにがた、『デス・ファルクス』」


 ロイの右足には恐ろしい魔力が纏わりついていた。

 まるで切り裂く鎌のように肥大した魔力でボマーの首元を攻撃する。

 ロイよりも一回り大きいボマーが軽々と吹き飛んでいった。

 だが、殺しきれていない。

 

「やるねえ、普通のやつなら首飛んでるんだけど」


「ロイ、殺す。 殺す、殺すううう!」


 ボマーは未だ、魔力が切れる様子はない。

 増幅していく一方。

 あれだけオーガと戦闘をしていても、彼の魔力は底を知らない。


 ボマーは動きが遅い、しかし彼がもつ体重は彼の一発の重さを強大にさせているのもまた事実。

 あの攻撃をもろに喰らうとやばい、というのはロイ自身わかっていた。

 それにロイはもう一つ警戒しなければならない事項がある。

 それはシルフィに設置された時限爆弾だった。


(残り時間は一分ってところか)


 その時間制限にロイは焦ることはない。

 むしろ自分を楽しませてくれる材料と捉えている。


「…いいね、面白くなってきた」


 ロイはボマーを中心に、回るように駆け出す。

 回っているうちに魔力を右手に集めていた。


「鬱陶しいんだな!」


 手を地面につけたボマー、その瞬間ロイの下にある床が爆破させた。

 礼拝堂にも火が移り、ぱちぱちと燃え広がっていく。


 黒煙が礼拝堂を満たす中、ロイは立ち止まって右手に魔力を注いだ。


「ボマー、もっと時間があったらもっと楽しい戦いができたかもな」


「そこにいるんだな、ロイ・アルフレッド!」

 

 周りを見渡していたが、黒煙のせいでロイの位置を正確に掴み切れていない。

 おそらくボマーには索敵能力に長けていない。

 爆発的な攻撃力があるからこそ、索敵に頼らずとも敵を倒せるはずだからだ。


 だからロイを取り囲うように溜まっている魔力がどれだけ強大であってもロイの位置を掴み切れていない。

 黒煙がロイの元から消えたとき、はじめてその魔力に気づくことになる。

 

「許さなあああああい!」


 ボマーはロイを見つけた途端右拳に魔力を溜めた。

 この一撃に懸ける、その意志はロイにも伝わっていた。


「アアアアアアアト・ボムウウウウウウウ!」


破型はけい、闇入り。 『踊る烏ダンシング・クロウ』」


 ボマーの放たれた右拳。

 しかし、それよりも先にロイが放った右拳に魔力がボマーにぶつかる。

 その数、百。

 ロイが放った最初の一撃に加えて九十九の魔力の拳が追撃するようにボマーに当たる。

 厚い脂肪に無数のくぼみが当たり、ボマーの丸顔にも同じようなくぼみが複数箇所にできた。

 血を流しながら吹き飛んで行ったボマー。


 ロイはその姿を、悲しそうに眺めているのだった。

 好きだったおもちゃが壊れてしまったときの子供の表情。

 ロイは倒れていくボマーを見てその感情を抱いた。

 誰にも決してわからない退屈という悲しみ。

 ボマーもまた、ロイの退屈を埋めることはできなかった。

 

 ボマーを怒らせた理由はシルフィから注意を引くため、それと本気のボマーと戦うためである。

 もちろんオーガをパーティに入れるためにロイは計画を立てた。

 しかしボマーの魔力を間近に感じた時に、ロイの頭に楽しみな事が浮かんでしまった。

 それは本気のボマーと戦うこと。

 退屈しかないロイの心で楽しみができたということは、これほどない喜び。

 ただ楽しい時間というのはすぐに終わってしまう。

 退屈という檻に再び入ってしまったロイは、耐えられない寂寥感を再び噛みしめることになってしまった。

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