第36話「Ⅰ&Ⅱ」
「シルフィ、大丈夫か!」
磔柱に縄でくくられていたシルフィを必死にほどき続けるオーガ。
どれだけ戦闘で疲弊していようが、魔力が尽きようが彼はシルフィを助けることしか今は頭になかった。
「どうして、どうして私なんかの為に来てくれたの!?」
シルフィから涙が零れ、命を懸けて戦ってくれたオーガであるのにまるで来てほしくなかったとでも言うように叫ぶ。
もちろんオーガ命を懸けて来てくれたことには感謝なければならない。
ただ、元彼女というだけで命を投げるのはあまりにも危険で短絡的な行動だ。
「……たまたまだ」
「たまたまって、死んじゃうかもしれなかったんだよ?」
その言葉にオーガは何も言い返さなかった。
オーガ自身、たまたまという言葉以外はシルフィを助ける理由など見当たらなかったからだ。
偶然シルフィがピンチになり、偶然自分だけが助かり、偶然戦った。
すべては偶然の連続、ただそれだけの事。
そう決めつける以外、オーガがここにいる理由はない。
「私のせい、全部私のせいだよ……」
心からにじみ出るように言葉を紡ぐシルフィの目にはうっすらと涙が浮かぶ。
テロ行為が決行されたのは決して彼女の責任ではない。
しかし、テロ集団に武器を渡してしまったことは事実として証拠として現場に残っている。
「シルフィ、お前に何があったのか俺は知らん。 ただな選んだ道に責任を持て、その行為がどれだけ世間から否定されようとも己を信じ続けろ。 それをやった者だけが、世界を作り変えることができる」
「オーガ、君……」
「もしその道を間違えていたのなら、俺がお前を止める。 それでいいだろ」
オーガは縄をほどき終わった。
倒れそうになったシルフィを手を掴んで支えながら、二人は顔を合わせる。
偶然が引き合わせたもの。
困難が乗り越えさせてくれたこと。
今、二人がいるのは奇跡と呼ぶにふさわしい。
今、二人が出会ったのは運命と呼んでいい。
赤い糸はずっと繋がっていたかのような、そんな雰囲気。
長い間会っていなかったからこそ、その糸は固く強く結ばれるのだ。
「あの~、お熱いところ悪いんだけどそれ外れてないよ」
「おっ!」
「わっ!」
突然現れたロイの姿に二人は驚いた。
しかし、ロイの指差した方向に二人は再度驚くことになる。
事件爆弾のタイマーは止まっていない。
ピコピコという電子音が秒刻みに流れている
残り時間は十五秒。
ボマーが仕掛けた爆発までのカウントダウンは止まっていない。
「ボマーはまだ死んでない、今から殺そうとしても間に合わない。 さあどうするお二人さん」
ロイはニヤニヤと笑いながら二人を見た。
「なぜ殺さなかった!」
オーガに胸倉を掴まれ、宙に浮くロイ。
「俺はスキルを破壊できるスキルを持ってる。 二人がパーティに入ってくれるなら、その爆弾解除してやってもいい」
「てめえ、こんな状況で何ぬかしてやがる!」
「オーガ君!」
殴りかかろうとしたオーガだったが、シルフィが叫んだとき反射的に拳の勢いは止まる。
「オーガ君、私が言うのもなんだけど、もう一度フラッグ・ゲームやらない?」
「シルフィ!」
残り時間十秒を切った。
二人が仲間になるかどうかは彼らの決定次第。
ロイは最後の最後に賭けに出ていたのだ。
「俺は、俺はもう二度とフラッグ・ゲームはやらない。 やらないんだ……」
悔しそうに俯くオーガの顔を、シルフィが叩いた。
「しっかりしろオーガ! 『
普段物静かなはずのシルフィが叫んでいる。
オーガの耳に届かせるための声ではない。
オーガの奥底に眠る消えかけた炎に向かって叫んでいるのだ。
「立ち上がれ、オーガ! 魔力を持たない私が憧れた人は、オーガ・アブソリュートは、いつも、いつでも私の理想だったんだよ……」
泣きながら、オーガの胸倉に顔を当てたシルフィ。
かつてフラッグ・ゲームで仲間に見放され、最愛の人を失ったオーガ。
シルフィはずっと思っていたのだろう、彼の復活を。
シルフィはずっと引きずっていたのだろう、彼の引退を。
魔力の才能を持ったオーガはあんなことで終わってはならない。
どんな困難な壁が塞がっていても立ち止まってはいけない。
オーガ・アブソリュートが進み続けなければならないことは、ずっと隣にいたシルフィが一番知っているはずだ。
「オーガ先輩、あんたの過去なんて俺にとったらどうでもいい。 ただな、愛する人を命を懸けて守ったあんたは確かに『
「俺は、俺は!」
ずっと悩んでいたはず。
ずっと後悔していたはず。
ずっと、立ち止まっていたはず。
「あんなところで立ち止まるのか?」
かつて仲間を失い、愛する人を失くし、時間が止まってしまった男。
けれど、彼はずっと歩き続けていた。
またいつか、またどこかで会える日を信じて歩いていたからまたここに辿り着いた。
全てが決して、ロイが仕掛けたストーリーではない。
ロイが仕組んだのは、きっかけに過ぎないのだから。
ここから先は彼が紡ぐ物語。
「お前は誰だ、オーガ?」
ロイは問いかける。
かつての七星の名を。
かつての守護神を。
かつての男の名を。
これから物語を紡いでいく、主人公の名を。
「俺は、俺は『
そしてロイは、右手の人差し指でシルフィの肩に触れる。
ポンっと音を立てて消滅した時限爆弾。
これで終わり、ロイのオーガを仲間にする計画はこれで終了かと思われた。
「————まだ終わりじゃないんだな。 許さないんだなあああああ」
三人が注目した瓦礫の中から、一つの何かが立ち上がる。
顔面はあざだらけで、血が口から溢れ出している。
どこからが顔なのかもわからない。
ただ、この人物がボマーだということは魔力量でわかってしまうのだ。
「デ、リート、リミテエエエエエエション! 『
風船のように徐々に膨れ上がっていくボマー。
今にも弾けそうな体と顔。
そして学園全てを爆破させることができそうな魔力量であった。
「なんだあれは」
オーガは一息つく間もなく、惨たらしい魔力に視線を持っていかれてしまった。
「不味いな、あれ触ると爆発するっぽいね」
魔力暴走する付近まで溜まっている魔力。
自爆の選択を取ったボマーに、何を言っても無駄だ。
「オーガ先輩、あの魔力凌げるか?」
「……やるしかねえだろ!」
オーガは拳と拳を突き合わせ、魔力を練った。
「デリート、リミテーション! 『
オーガ放った魔力は、城を完成させた。
礼拝堂を包み込むほどの巨大な魔力がロイたちを覆う。
「これがあんたのリミットか、まだこんな魔力が残っていたなんて流石だなオーガ先輩。 って、聞いてねえか」
「ぼ、ぼ、僕は芸術。 僕は芸術に、芸術になれるんだなあああああ!」
第一王立学園を吹き飛ばす勢いの爆発が起こる。
しかし、その爆発音はぽんっという音だけ。
その音はロイの右手による破壊によって発せられた音。
オーガのリミットがボマーの爆発を止めた、わけではない。
もうオーガはリミットを発動するだけで限界だったのだ。
オーガはリミットを発動した瞬間魔力切れで気絶。
シルフィはオーガのリミットが展開される寸前、眠るように倒れてしまった。
魔力を感じることのできないシルフィは知らず知らずのうちに魔力に圧倒されていたはず。
今まで正気を保っていられたのはきっと、彼女の精神力とオーガへの思いの強さによるものだろう。
「じゃあなボマー。 また地獄で会おう」
ロイの右手によって爆発が止まり、ボマーが存在していた場所はまるで巨大な隕石が落ちてきたかのように地面を抉った大きなくぼみができていた。
そこに転がる二人の男女と、不敵に笑う一人の小さな少年。
「ようこそ、俺のパーティへ」
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