第37話「破壊者と退屈」

 屋上でロイは優雅に昼寝をしていた。

 まるでテロ行為を仕掛けた黒幕は自分ではないとでもいうような態度である。

 第一王立学園のテロ行為は、ウォー・ウルフとボマーの計画的犯行ということで処理された。


 関係値が近しい人にはもちろん全てロイの悪だくみというのはバレており、ロイもその人物たちについてはテロ行為のことを隠すこともしなかった。

 モアからは「君は本当に……」と頭を悩ませられ、レイドからは「ロイ、ここ儂の学園じゃよ?」と半泣きになられてしまった。

 母親のベルからは「めっ!」とだけ叱られ、父親のブレンからは「怪我無かったか?」と心配される有様。

 そして姉であるテーゼは「金なら私がいくらでも出すから心配いらんぞ、ロイ!」と元気づけられた。


「身内は俺に甘すぎないか? 真面目に怒ってたのは、ばあちゃんぐらいだぞ……」


 ばあちゃんとは、ロイの母方の祖母サーシャだ。

 ロイのやる事を全肯定するレイドとは対照的に、サーシャは常にロイに厳しい。

 サーシャはロイを止めてくれる存在、祖父であるレイドはロイの楽しいことを推し進めてくれる存在。

 ロイはその対照的な二人には感謝をしている。

 今のロイが元気に生活できているのは二人のおかげと言っても過言はないほどだ。

 

「お邪魔しても?」


 男性の声がして、視線をその声の元に移したロイ。

 その屋上に入ってきたのは、学園の先生二人。

 三年Aクラスの担任フウガ・ニノマイと一年Aクラスの担任ナルカ・カロテリアだ。


「どうぞ」

 

 ぴょいっと跳ね起き、先生たちに向かって胡坐をかいたロイ。

 悪びれた様子は一つもなく、ニコニコと笑顔を作っている。


「何か御用ですか?」


「単刀直入に言うけど、第一王立学園を襲った黒幕は君かい?」


「はい!」


 ロイは笑ったままその質問を快活に答えた。


「ロイ君、君が何をしたかわかってる?」


 彼らもまたロイが黒幕だという事実は知っていてここに来ているのだ。


 しかし、学園生に本当にそんなことが可能なのか。

 傭兵部隊のウォー・ウルフを動かし、特定犯罪者のシンギュラ―であるボマーも操ることなど普通の学園生ができることではない。

 

「ボマーを連れ出したことと、ウォー・ウルフを使って学園にテロを起こさせたことと、学園生を買収したこと。 後は、えっと~、そうだオーガ先輩とシルフィ先輩をパーティにしたことだ」


「っ!」

 

 殴りかかったナルカの拳をフウガが止めた。


「暴力では何も解決しないよ、ナルカ」


「フウガ…!」


 渋々拳を下げたナルカ。

 ロイはその動向に眉一つさえ動かさなかった。


「学園生を買収したって事実は僕も知らなかったんだけど?」


「テロ行為は生徒に危険が及ぶかもしれなかったからね。 でも正義感の強い学園生がウォー・ウルフに歯向かったら殺されかねないから、学園生をビビらせるっていう目的で彼らにわざとウォー・ウルフに歯向かってもらった」


「……そんな事まで考えていたのか」


 フウガの目つきが変わる。

 ただの愉快犯のほうがよっぽど心理を読めるというもの。

 ロイは学園生に危険を及ばす行為をしかけ、そして学園生を守るという行為も同時に行っていた。

 その矛盾に王立学園の担任を務めているフウガでさえも頭を悩ましていることだろう。


「先生たちはそんな事実を聞きにわざわざ来たわけじゃないでしょ? そーだなー、俺に警告を言いにきたってところ?」


 教師である二人は言葉を詰まらせた。

 先ほどまで余裕そうだったフウガの顔も、いつしか無表情となっている。


「今回のことは俺もちょっと反省しててさ、ばあちゃんにあんなに怒られるとは思わなかったよ。 だから、もう二度と関係のない生徒は巻き込まないことを約束する」


 ロイは遠くを見ながら、平然とその言葉を放った。

 

「これからは君を監視させてもらうけど、大丈夫?」


 フウガは問いかける。

 その言葉を言い換えれば、警告だ。

 これから先、生徒に危険が及ぶようなことはさせないと。


「問題ないよ。 じいちゃん、じゃなくて学園長とも次生徒に危険が及ぶ行為があったら俺を除籍として扱うっていう誓約を文面上で交わしてきといたから」


「……なぜこうなることを知ってて、あなたはあんなことをしたの」


 唇を噛みしめたナルカは、怒りを抑えつつ声を震わせながら喋る。


「俺はね、目的の為なら手段は選ばないんだ。 ただ、パッシオ先生には申し訳ないことをしちゃった」


「ナルカ!」


 フウガはナルカを止めることはできなかった。

 咄嗟にその行動を止めるように言葉を発したが、時はもう遅い。


 ロイの顔面に拳がぶつかる。

 魔力が籠っていなかったのはナルカなりの優しさであろう。

 ロイは避けることもせず、その攻撃を淡々と受け止めた。

 ロイの実力があれば簡単に避けられたナルカの拳。

 しかしロイも責任を感じているからこそ、ナルカの攻撃を、ナルカの悲しみを避けることはしなかったのだ。


「あなたが、あなたがパッシオを殺した!」


 再度ロイを殴ろうとしたナルカの体を止めたフウガ。

 しかし、怒りを前面に出すナルカはフウガの拘束を必死にほどこうと全身を震わせている。


「捉えようによっては、そうかもね。 なかなかボマーが見つからなくてね、パッシオ先生が死んでくれたからようやくボマーを見つけられたよ」


「っ!」

 

「ナルカ!」


 今度は怒声でフウガがナルカを制止した。

 寸でのところでロイを殴ることをやめたナルカ。

 悲しみと怒りが混ざったような顔。

 ナルカ自身もパッシオの死を受け止めきれていない一人。


「あれは俺のミスだ、ナルカ先生が怒るのもわかる」


 ナルカは目を見開いて怒りをあらわにしたように魔力を増幅させていた。

 ロイであってもこの一撃をまともに受けたらただでは済まない。

 しかし、ナルカは唇を噛みしめて身を翻し、屋上を出て行った。


 ロイはその背中をじっと見つめるのみで、何も声をかけることをしなかった。 

 彼女の唇が切れて出た血を見れば、能天気なロイであっても彼女の怒りは理解できる。


「ロイ君、ナルカも君のせいじゃないってことはわかってるんだよ。 でもパッシオは僕たちと同級生でね、ナルカの気持ちも少しは汲んでやってくれ」


「大丈夫です、これを実行するときから責任は全部自分にあると思ってるんで」


 ロイはナルカの前で悪を演じた。

 あの事件で怒りを覚えた人物は必ずいる。

 もしかしたらトラウマを植え付けられた生徒だっているかもしれない。

 だからロイは徹底的に悪に回る。

 その怒りや悲しみを自分だけに向かわせるために。


 パッシオが死んだことはロイのせいではない。

 ボマーの行動はロイ専属メイドが動き回っても掴めなかった。

 それだけ、ボマーの危機管理能力が高かったということにもなる。


 ロイは一人の命を失ってしまったことは素直に悔やんでいる。

 一人の犠牲者が出てしまったことは失敗の部類に入る出来事。

 退屈な人生を送るロイであれば失敗もまた人生を豊かにしてくれるもの、とはいかない。

 失敗は失敗。

 そしてそのミスが担任の先生を犠牲にしてしまったことは、ロイ自身も思うことはある。


「これからは危ないことは禁止だ、正々堂々仲間集めをしてくれ。 そっちの方が、縛りになって面白いゲームになると思うよ」

 

「ええ、そうします」


 ロイは俯き、静かな声音で反省した。


 フウガもロイの表情に納得したのか、ゆったりとした足取りで屋上を後にした。

 怒っているナルカの表情は未だにロイの頭に焼き付いている。


 学園のテロ行為が終わり、再び退屈という名の砂漠でロイの心を乾かす。

 終わりのない旅、果てのない道。


「なあ『破壊者』、お前は退屈じゃないのか?」

 

 あまりにも退屈なスキル。

 あまりにも退屈な世界。

 あまりにも退屈な人生。

 プレゼント・チルドレンという鎖によってロイ・アルフレッドを退屈という世界に縛り付ける。

 彼はこれからどのように退屈を埋め、どうやって退屈と向き合っていけばいいのだろうか。

 その物語はまだ、始まったばかり。

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強すぎるスキルを持っているので縛りプレイをしながら楽しいことを見つけたいと思います~大富豪の息子は五人のメイドに囲まれながら超余裕な人生を嗜む~ 松浦 @soshi

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