第38話「友達とは?」

 友達とは何なのだろうか。

 一体どこからが友達で、どうしたら友達と呼べるようになるのだろう。

 例えば一回喋った。

 人によってはこれで友達というカテゴリに入れる者もいるだろう。

 友達という線引きは人によって異なるものである。

 もし当人が線引きしたいと思うならば、スキルでも使わない限り言葉での疎通による線引きしかできない。

 だが、わざわざ友達ということを確認する必要があるのだろうか。

 そんなことをしなくとも、喋って遊ぶ時間を過ごせばそれは友達と呼んでもいいのではないだろうか。

 おそらく友達が多い人はいちいち友達の定義で悩まない。

 自分で線を引き、線の内側か外側か、そのどちらかで友達なのかそうでないのかを決めてしまう。

 相手の意思関係なく、向こうが離れればこちらもそれで身を引くまで。

 その線引きが上手な人こそ、友達が必然と多いのではないだろうか。


 ただ第二王立学園にいる人見知りの女の子は、そのようなコミュニケーション上位者のように割り切って友達を定義することはできなかった。

 どうなれば友達で、どうしたら友達になれるのかをずっと悩んでいる。

 友達という存在を欲しがり、友達という言葉に憧れ、友達と遊ぶことに思いを馳せる。

 友達だよねと確認すれば、それで終わるだけの話。

 けれどもし期待していた結果と違えば、自分がどれだけの苦しみを味わうのかを考えてしまうと口にも出すことができない。


 そんなことさえ人と語れないのならば、友達を作るのは夢の果て。

 自問自答を繰り返す度に、友達ではないという結論が根拠を持つようになってくるのだった。

 そして結局答えを出すことから逃げてしまう。

 答えを見ないようにしてしまう。

 このままでは卒業まで、この問題に悩み続け、答えを出さないままこの第二王立学園を去ってしまう。

 いっそのこと誰かに教えて欲しかった。


 悶々とした感情のまま、一人の女の子は誰もいない射撃場で練習を始める。

 射撃をしていれば、悩みを忘れられるのだから。

 いつもこうして悩んでは、射撃を繰り返す毎日を送っていたのだった。


* * *


 【シャイナー・カントリー】という国は六つの都市に分かれる。

 そのうちの一つの都市、【ダイヤモンド・キャピタル】。

 【ダイヤモンド・キャピタル】は決して大都市であるとは言えないが商業が盛んな町で数々の交易がある。

 そのため他の都市から訪れる商人は珍しくなく、【ダイヤモンド・キャピタル】では珍しい恰好をしている人物もちらほらとみられるのもこの都市の特徴とも言えるだろう。


「は~あ、疲れたなノア」


「お疲れ様です、テーゼ様」


 人通りが多い街中を歩いているのは黒髪ロングの少女。

 そしてその少し斜め後ろを歩くのは、青髪ボブの少女。

 まだまだあどけなさも残る黒髪の少女は白いふわふわとしたワンピースを着ており、はにかんだ笑顔が印象的な青髪の少女は白を基調としたよくあるメイドの恰好をしている。


「ノア、今日の仕事はこれで終わりだな?」


「はい。 この後は自由行動となっていまして、明日の夜にロイ様とお食事会を設定しております」


「そうか! 早くロイに会いたいなあ、でもその前に服を買っておこう。 ロイは服なんか興味はないだろうが、姉としてやっておく仕事だろうな!」


「はい、かしこまりました」


 鼻息をふんふんと鳴らしながら興奮気味の黒髪少女。

 その隣で、テーゼの雰囲気に口に手を当てて喜ぶのは青髪少女。


 この一部分だけ切り取れば彼女は弟のことが大好きなどこにでもいそうな姉。

 だが、この黒髪の彼女は大商人に数えられるうちの一人。

 国屈指の大富豪、アルフレッド家の長女テーゼ・アルフレッド。

 魔力の才はからっきしではあるが、アルフレッド家の当主であるブレンと肩を並べられるほどの頭脳を持ち合わせている天才少女である。

 この都市にはアルフレッド家の取引先なども数多く存在しているため、テーゼは若い年齢ではありながらこうして【ダイヤモンド・キャピタル】まで一人で来て商談をしていたところだった。

 

「それにしても今日のあのじいさん、なかなか面倒だったな。 なんかいやらしい目で私のことを見ていたし」


 先の商談を思い出したテーゼは腕を組み、顔をしかめた。

 テーゼが相手をするのは、もちろんテーゼよりも年上だらけ。

 それも男性が多数を占める商業の場において、テーゼのような若い女がいるのは例外中例外であろう。


「まあ好みなんて人それぞれだし。 でも、これからは色仕掛けするのもありかもな」


「う~ん、それはどうでしょうか……」


 テーゼの体をじっくりと眺めたアルフレッド家のメイドであるノアは少し微妙な表情を浮かべていた。

 まだまだ若いテーゼ、決してセクシーとは言えない華奢な体つきと童顔の容姿のため年齢を低く見られてしまうことは多々ある。

 だがテーゼの切れ長の目はどこか遠い未来を見ているかのように鋭い。

 例えノアでさえ彼女の思考を読むことは難しい。

 それだけ彼女の商いの才能は群を抜いている。

 ノアの経験でブレンに付き添ったこともある。

 ブレンは正統派なやり方、相手の話をじっくりと聞きしっかりと根拠をつけて話を折る。

 だがテーゼの場合は最初から最後まで自分のやり方を通すのだ。

 若い年齢ということもあり商談も舐められることも多いが、彼女の頭脳はその上をいく。

 知らず知らずのうちに、気づけば相手はテーゼの術中にはまってしまい、テーゼの手の上で転がされてしまう。

 

 ブレンが大事な商談を任せていいと太鼓判を押した彼女の腕は、すでに国のトップとも言えるだろう。


「まあそんなことはどうでもいい! ひとまず買い物だ!」


「相変わらずの切り替えの早さですね……」


「ロイ~! 今会いに行くからな~!」


「ちょっとテーゼ様、ロイ様に会うのは明日ですよー!」


 テーゼは思いついたように走り出す。

 ノアもそれを追いかけようとするが、【ダイヤモンド・キャピタル】の街中は人混みで溢れておりノアの視界からテーゼが消えてしまった。

 メイドが主人から目を離してしまうことは、護衛失格でありメイド失格。

 額に脂汗が滲み、この状況に肝を冷やす。


「これは不味いかも」


 ノアは魔力を使って、一瞬にして建物の屋上へと登った。

 誰一人に気づかれず、誰にも見つからず。

 高い建物の上、大通りに歩いている人を見渡しても黒髪の少女の姿はどこにもない。

 一瞬によって連れ去れたことを考えると、誘拐した人物も侮れない戦力だとノアは自覚する。


「これは私のミスだ。 ひとまず、ギン様に連絡しないと」


 建物が乱立する【ダイヤモンド・キャピタル】を、建造物から建造物にかけて一人のメイドが駆けまわる。

 地上から見上げれば、鳥が飛んでいただろう程度のこと。

 それを人が簡単にやってのける、魔力の技術でいったらプロの域に達していることだろう。


 ロイ専属メイド、ノア。

 この未曾有のピンチに歯を噛みしめて、テーゼを捜索するのであった。


 * * *


「と、いうわけで第二王立と合同演習を開催します」


 第一王立学園、一年Aクラス。

 亡くなってしまった担任のパッシオに変わり、新しく担任となったナルカ・カロテリアから告げられたのは第二王立学園との合同演習。

 第一王立学園にテロ行為が仕掛けられたことで、王立学園の運営者らが危機感を覚えたことでそれぞれの学園で合同演習が行われることが決定した。


 そのテロ行為を仕掛けた張本人、ロイ・アルフレッドはナルカと目を合わせることはなく教室の外を見つめていた。

 まるで他人事、しかしロイはそういう目的で先生と目を合わせているわけではない。

 パッシオを守れなかったことで起きてしまったナルカ・カロテリアとの因縁。

 常に『退屈』を覚えているロイ・アルフレッドでさえも、パッシオを守れなかったという点では後悔が残る結末となった。


「一年生からも出場するように言われているから、このクラスからは三人出場してもらいます」


 ざわつく教室、落ち着きを払っているのはアン・スカーレットとロイ・アルフレッドの二名だけである。


「まずアン・スカーレットさん、それとヤスケ・ガーファン君」


「え、俺!?」


 驚きのリアクションがとにかく大きいヤスケと、特に気にしていない様子のアン。

 二人の対照的なリアクションはさておき、実力順で並べたとしてもヤスケとアンが選ばれるのは必然的な流れ。

 であれば、選べる人物はもう一人挙げられる。

 しかしロイにとっては嫌な予感となっていた。

 面倒くさい、という一言が頭の中に浮かびヤスケの方に顔を向ける。


「それとロイ・アルフレッド君」


「お、ヤスケお前売れたなあ。 でもお前みたいなキャラはこういう時に選ばれない方がオイシイだろ」


「だから俺のことどう見てんだよ、お前は」


「ロイ・アルフレッド君」


「いや~、これはキャラ変えが必要だな。 そうだお前髪の毛黒染めして眼鏡をかけろ」


「どういうキャラ変だよ、どう頑張ってもなれないだろ————」


 ヤスケの髪の色を指さしてけたけた笑うロイは前から迫る鬼気迫る人物には気づいていない。

 いち早くその危機感に気づいたヤスケは自分の席でびくびくと震えながらちょこんと小さくなっている。

 ロイはその行為に顔を傾げ、一体キャラ変えのどこにそんな危機感を抱いているのかを疑問に思っているところ。


「ロイ、前」


「前?」


 ヤスケが震えた声でロイを促した。

 ロイが前を向いた瞬間そこにいたのは笑顔のナルカ。

 しかし、このクラスにいる人物であればナルカの笑顔の奥にはとてつもない怒りが備わっていることは理解できるだろう。


「えっと、ナルカ先生?」


「最後の一人はあなたよ、ロイ・アルフレッド君。 それと放課後私の元まで来なさい、話を聞いていないようだからじっくりと合同演習について説明してあげるわ」


 笑顔のナルカと、作り笑いを浮かべ体を仰け反らせるロイ。

 二人の関係性が良くなるのはまだまだ先のようだ。

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