第34話「ネタバラシ」
「いーやあああああああああああああああ!」
ボマーは叫びながらオーガのシールドを外した。
人の力では絶対に外せないシールドのはず。
オーガが今持っている魔力であればボマーの魔力量を上回っているはず。
だがボマーは沸き上がってきた圧倒的な魔力でそれを外した。
彼の生存本能が魔力を増幅させたのだ。
このとき、オーガには嫌な汗が流れる。
オーガの全力以上の力を振り絞って展開したシールドが、相手に外された。
つまり今、オーガの全力以上の魔力をボマーの魔力が上回っている。
「これがシンギュラ―か、一筋縄じゃいかねえなあ」
土煙が立ち込めるなか、ボマーは怒り溢れた表情と激しい息遣いでオーガを睨みつけている。
「許さないんだな、お前絶対殺すんだな」
「ちっ、やるしかねえか」
先の戦いで、魔力を使い切ったオーガ。
もうボマーと戦闘する体力も残っていない。
「もう一回気合いれろ、オーガ!」
オーガは自身に問いかけるように叫ぶ。
しかし気合だけでは、魔力の回復など間に合わない。
それを知っていても、オーガは気合を入れた。
どんなときでも諦めない。
泥臭い彼の魂は、死ぬかもしれないという状況でも腐ってはいなかった。
「むほおおおおおお!」
両手を上げ、ドタドタと近づいてくるボマー。
「かかってこいやあ!」
オーガは最後の少ない魔力を放出し、ボマーの攻撃に備えた。
もう魔力は残っていない。
彼の中にあるのは気合だけ。
それだけではこの凶悪な犯罪者に勝てるわけはない。
「————ちょいと失礼」
「ぶへら!」
しかし、ボマーの攻撃が当たる前にボマーは横に吹っ飛ぶことになる。
呆気にとられたオーガは吹き飛んでいったボマーよりも、いつの間にか侵入していた小さい男の方に目を奪われていた。
「黒幕登場!」
オーガの目の前に現れた小さな少年、オーガを巻き込んだ張本人。
ロイ・アルフレッドはピースをしてオーガのピンチに駆け付けた。
* * *
「突入!」
重厚な装備を着たジャッジ・マンが統制の取れた動きで、体育館の上部にあるギャラリーの横にある窓を割って侵入した。
爆発によって混乱している、ウォー・ウルフ。
統制のとれていないウォー・ウルフと、訓練されたジャッジ・マンでは実力差がありすぎた。
加えて、体育館に残っているウォー・ウルフの数も少ない。
何人たりとも怪我人を出すことはなく、ジャッジ・マンはウォー・ウルフを制圧したのだ。
「にしても、何でこんなにウォー・ウルフがいないんだ?」
明らかに手薄な体育館。
その現状に疑問を持たざるを得なかったのは、モアだ。
「報告します、学園内にて多数のウォー・ウルフを発見。 全員仮死状態です!」
「仮死状態?」
部下からの報告を素直に飲み込めなかったモア。
「ええ、半数は首元に針がささっており、半数は気絶で発見されている模様です」
ジャッジ・マンは人質が取られている体育館に全員で突入していた。
それなのに、誰かによってウォー・ウルフの大半が壊滅状態。
WFGで実力者がいない中でそれを可能にできる学園生はいないはず。
例え七星がいたとしても迂闊には行動を起こせなかったことだろう。
加えて、体育館の爆発が起こる前の時点でこの現場には多数のウォー・ウルフが警備を敷いているという報告があった。
その数が動くということは、ボスの指示が無ければできないこと。
つまりボスを倒して、統率の取れていない隊員たちを誘導して壊滅、ジャッジ・マンが制圧しやすいように体育館の警備を減らした人物がいるということになる。
「報告します! 学園内で四名の学園生とキリング・マシンを発見いたしました!」
「キリング・マシン?」
戦争兵器キリング・マシン。
近年、数々の紛争地域で用いられている無人型の殺戮ロボット。
キリング・マシンは一国でもためらわれるほどの大金が必要になる代物だ。
それを雇われの傭兵集団であるウォー・ウルフが買えるはずがない。
キリング・マシンを買う事のできる人物、そして学園のテロ行為という夢物語の計画を可能にしてしまう人物にモアは心当たりがあった。
「……ロイか」
ぱっと思い浮かんだ人物名。
しかし、彼ならばそれを可能にしてしまうと予想できたモア。
例え、実力者がいない第一王立学園でもテロを起こすのは難しい。
学園の間取り、日中の学園生の動き、実力者がいない日にち。
学園のあらゆることを知っていなければ、できない内容。
その情報を知っているからこそ、ウォー・ウルフはすんなりと学園に侵入し、あっさりと人質を取ることができた。
学園内の全ての情報は学園生でもわからないことがあるだろう。
ありとあらゆる情報を持っているのは、生徒会や教職員、そして学園の長であるレ イドのみ。
生徒会や教職員がわざわざ他の生徒にその情報を教えないし、聞かれもしないことだろう。
ただ、学園長の元に孫が聞いてきたとなれば話は別。
嬉しそうに学園のことを孫に話すレイドがモアの頭の中に浮かんだ。
生徒会や優秀な教職員はすべてWFGに行っている。
そしてなぜか今回ばかりは学園長までもがWFGに向かった。
おそらく孫からの進言によるものだろうが、嬉々として「たまにはWFG見に行ってきなよ」と話すロイが頭に浮かんだ。
「あの、じいさん……」
もし仮にその情報を持っている生徒がロイ以外にいたとしよう。
その情報を持った生徒が学園にテロ行為を仕掛けたいとなっても、ウォー・ウルフを動かすほどの大金を持っている生徒は限られる。
加えて第一王立学園のテロ行為というリスクを伴うとなれば依頼金は跳ね上がるはず。
そこら辺の貴族が出した金程度では到底、この傭兵集団は動かない。
もう一つの推察として、ウォー・ウルフが個人的な恨みを持って学園にテロを仕掛けたというパターンもある。
テロリストに情報を渡せる人物は、ロイであるとは限らない。
生徒会や教職員がテロリストに脅され情報を渡す可能性も否定できない。
しかし、ウォー・ウルフのこれまでの動向からそれはあり得ないと否定できてしまう。
彼らの行動原理には個人的な恨みは孕んでいない。
あくまでも金のために動く集団ということは、ジャッジ・マンの間でも知れ渡っている事実。
つまりウォー・ウルフにテロ行為を依頼した人物は必ず存在すると言える。
ウォー・ウルフを動かせるほどの大金を持った人物は世界を探せばいることだろう。
ただ、わざわざ強力なギルドに近い第一王立学園にテロ行為を仕掛けることをするのだろうか。
しかし今、この現場でテロリストを壊滅させることができるのは間違いなくこのテロを知っている人物かつWFGに行っていない学園の実力者だけ。
テロの裏にいる人物はロイだけであるという証拠はない。
だが、モアの考えでは彼以外にいないという結論になってしまう。
「…ったく、どういう教育したらこんなやんちゃ小僧に育つんだよ、ベル」
旧友の名を呼び、頭を抱えたモア。
ウォー・ウルフのテロはジャッジ・マンによる奇襲という事実で幕を閉じた。
* * *
「おっす、オーガ先輩」
へへっと笑い、どう見ても緊張感がない様子で挨拶をするロイ。
「なぜここにいる」
「そりゃ~、うーん。 黒幕だから?」
「どういう意味だ」
オーガはロイを睨みつけている。
まだ彼の中にロイへの嫌悪感がある証拠だろう。
「そのままの意味だよ。 俺はあんたをパーティに入れるためにこれを仕組んだ」
「……本気で言ってやがるのか?」
ロイの事実を飲み込めていないオーガ。
それもそうだ、王立学園に対してテロ行為を平気でやる学園生がどこにいると言うのだ。
「俺はあんたを誘った時から本気だぜ」
ロイは相も変わらずニタニタと笑い続ける。
ロイにとって学園のテロを仕掛けるぐらい造作もないこと。
しかも彼はテロ行為を、たった一人の男をパーティに入れるために仕組んだのだ。
「パーティには入らないって言ったはずだが」
「え!? ここまでやったのに……」
ロイは俯き、しゃがみ込む。
全てはオーガをパーティに入れるために行った事。
オーガとシルフィに命の危機を与えて、二人で過去を乗り越えさせる。
そのために学園をも巻き込んで仕組んだ、大がかりな計画。
その演出を一から否定されたような気分になってしまったロイが落ち込むのを無理はない。
「い、痛いんだな」
遠くから呻き声に近い声が聞こえても、ロイはしゃがみ続ける。
それがシンギュラ―であろうと、どんな強大な敵であろうとロイはきっと同じように落ち込み続けていたはずだ。
「ロイ・アルフレッド」
「む?」
ロイが視線を上げれば、怒りに満ち溢れたオーガがいた。
そしてオーガはロイの首元を掴み、怒声を浴びせる。
「てめえ、何をしたかわかってんのか!?」
オーガの怒りは当然。
自分を、シルフィを、学園を巻き込んだともなればオーガはロイを許さない。
例えロイの言っていることが嘘だとしても、この礼拝堂の情報を知っているのは学園生でオーガだけのはず。
それなのにロイは現れたのだ。
ウォー・ウルフから逃げ続けて、ここに辿り着くことはできても先のオーガとボマーの戦闘音を聞けば尻尾を巻いて逃げることだろう。
それなのにわざわざ黒幕と名乗ってここに現れたロイ。
その突飛な行動、奇抜な言動に、オーガの心はロイが黒幕であると信じ込んでいるようだった。
「まあオーガ先輩が怒るのもわかる。 ただあんたの過去を払拭できたんだ、礼ぐらい欲しいところだよ」
「てめえ!」
「オーガ君、後ろ!」
シルフィの叫び声にロイの手を離したオーガ。
飛んできていたのはただの石ころ。
しかし、その石ころには小さな時限爆弾のようなものが取り付けられており、魔力を纏ったままロイとオーガの方に飛んでくる。
ロイはその石を真上に蹴り上げた。
その石は床と垂直に跳ね上がり、轟と言う音を立てて爆発をする。
礼拝堂の天井をぽっかりと穴が開き、すっかりと暗くなった空から月明かりが差し込む。
「ま、オーガ先輩とりあえず話はあとだ。 今はあいつをどうにかせねばならん」
「……っ! お前が勝てる相手じゃねえぞ、そいつは」
悔しい思いは一旦しまい込み、ボマーを注視したオーガは彼の強さを知っている。
魔力量だけでいえば七星クラスであればこのぐらいは存在していた。
しかし、彼の持つ異質な魔力量は類を見たことがない。
「へ~、そりゃ嬉しいね。 ただ、そのセリフを言うと結局俺が勝つ流れだからやめといてくれ」
はあとため息をついたオーガは、怒りを抑えロイを見守った。
ロイはすでに礼拝堂の一点、ボマーが倒れた位置に視線を移している。
「誰なんだな」
「よっ!」
「お前は、ロイ・アルフレッド……!」
「ははっ、そう怒るなよ。 ボマー、いやザック・バズ」
ロイは飄々とした態度でボマーの方へと振り向く。
この大掛かりな台本のクライマックスに胸をときめかせている黒幕であった。
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