第33話「不屈の城」
「……おい、呑気にきたねえ絵描いているんじゃねえよ」
礼拝堂に溜まった瓦礫の中から大男が立ち上がった。
もう魔力も枯れている、それでも男は立ち上がったのだ。
「ちっ、まだ生きてるんだな。 それに僕の絵を馬鹿にしたんだな!」
ボマーは片手に持っていた筆をばきっと折り、悍ましい魔力を放出する。
そんな魔力での脅し程度にオーガは屈しない。
何度も、何回も、この恐怖に立ち向かってきたではないか。
不撓不屈。
かつてフラッグ・ゲームをやっていたオーガはこの言葉を常に胸に刻んでいた。
どんな状況でも諦めない、どんなに劣勢でも勝ちにいく。
何度でも、何回でも、豪壮に建てられた城のように立ち塞がる。
それこそがオーガ・アブソリュートだ。
その姿を見ていた学園生はかつてオーガに二つ名をつけた。
『
彼に負けた者は口をそろえて言った。
あの城には近づくな、と。
思い出したくもない過去に出会ったシルフィ。
不器用で何も熱中できるものがなかったオーガに火をつけてくれた人物で、オーガが恋をしていた人物。
夢に向かって必死に走ることを教えてくれた人物。
理想に向かう素晴らしさを説いてくれた人物。
シルフィが教えてくれたのだ、オーガの生きる道を。
シルフィが変えてくれたのだ、オーガの人生を。
「オーガ君、私、私ね……」
シルフィは消え入りそうな声でオーガの名を呼ぶ。
何かを伝えたい、謝りたい、しかしその言葉を探せば探すほど困難を極めていくことだろう。
オーガとの一言で簡単に言い表せられない、一言で終わらせてはいけない。
だからシルフィはオーガに伝える言葉を必死に探しているのだ。
「シルフィ、過去は過去だ。その過去は消えない」
オーガもまた、シルフィへの言葉を探している。
でも、目を背けてはいけない。
目を逸らしてはいけない。
友達に、元恋人に、最愛の人に伝えなければならない言葉があるはずだ。
オーガはなぜシルフィがここにいるのか、予想することしかできない。
なぜシルフィが作っていた武器がウォー・ウルフに渡っているのか、なぜシルフィがここに拘束されているのか。
わからないことだらけの、現場。
ただオーガでもわかることは一つだけわかることはある。
シルフィの武器が犯罪者に渡ってしまったという事実だ。
その事実を覆すことはできない。
例えシルフィが巧みな言葉に操られてしまったとしてもだ。
息を飲んでオーガの話を聞いたシルフィ。
彼女の目には涙がうっすらと浮かぶ。
「俺は過去から目を背けてきた。 今の今までずっとな」
代えられない事実から逃げ続けていたオーガだからこそ、その罪の重さを知っている。
逃げることは誰しもできること、誰もがやること。
でも、そこに後悔を残しているのであればそこから逃げてはいけない。
立ち向かっていかなければならない。
どれだけ困難な壁として立ち塞がっていても、越えなくてはならない。
「私も過去から逃げてきた!」
「そんなことはない。 シルフィはずっと自分の理想のために頑張っていた」
「でもこうして犯罪者に武器を渡した! 私の理想は、私の夢は結局叶わないんだあ!」
涙がぽろぽろと零れたシルフィ。
彼女の溜めていたものが吐き出されるように言葉にもその悲しさが乗っているようだ。
「叶えるんだよ」
「え?」
「一度諦めたものを、もう一度やってもいいんだ」
なぜこんな事を言うのだろうか。
オーガ自身、わかっていなかった。
自然と出た言葉。
おそらく、オーガもこの言葉を知っていた。
でも逃げてきた。
逃げて、迷って、また逃げて。
「こんなことで終われるほど、お前の夢は小さいのか?」
シルフィが夢を追いかける姿を見ていたからオーガだからこそ言える。
ずっと言えなかったことだったから、今言える。
愛しているから、言える。
「私に、罪を犯した私に夢を追いかける権利はあるの?」
今にも途切れそうなシルフィの声。
オーガは奥歯を噛みしめながら、過去をも食いちぎった。
彼女が未来に向かって、夢に走って、理想へと辿り着くためにオーガはシルフィに伝える。
「どんな事が起きても叶えるまでやるんだ」
こんな状況になるまで忘れていた言葉。
でもこんな状況だからこそ、思い出せた言葉。
「シルフィ、諦めるな」
「っ!」
シルフィの涙が止まる。
「罪を犯してしまったとしても、諦めるな。 夢を叶えるっていうもんは簡単なことじゃねえ、一番大事なことは何が起こっても諦めない執着心だ」
ボマーはシルフィを見ることはしなかった。
彼も、また夢を諦めてしまったうちの一人。
今さらシルフィにどういう顔をして言葉を紡げばいいのかわからないのだから。
でも教えてあげったかった、伝えたかった、思い出させて欲しかった。
自分を変えてくれたシルフィを、自分に夢を持つことの素晴らしさを教えてくれた彼女に。
「シルフィ、お前が俺に気づかせてくれたんだ」
「オーガ、君……」
「お前らいつまで喋っているんだな!」
芸術を邪魔されたことによる怒りがとうとうはちきれてしまったボマー。
オーガもこれ以上は、シルフィと話している余裕もないことを悟り体についたほこりを払う。
「うるせえよ。 人を殺すことでしか芸術を描けないお前が、夢を追う少女の邪魔をするんじゃねえ」
ボマーの魔力は爆発寸前。
対するオーガは魔力が枯渇。
ただオーガの闘争心は枯れていない。
オーガの思いが、シルフィの萎れた心に火をつけた。
オーガの魂が壊れかけていた心を繋ぎ留めた。
かつてシルフィがオーガを支えたように。
かつてシルフィが夢を語ったように。
シルフィも俯いてばかりではいられなかった。
まだ諦めきれない、まだ何も成し遂げていない。
彼の背中越しに伝わる情熱に向かって言葉を吐くために、シルフィは大きく息を吸う。
「勝てええええええ、オーガああああああああああああ!」
魔力がない自分の代わりに戦ってくれる人にすべてを託すように、シルフィは泣き叫んだ。
自分の夢を応援してくれたオーガを信じた。
決して悲しい涙を流しているわけではない。
過去を全て受け止め、未来に向かうための涙なのだ。
「……かかってこい、クソデブ。
かつて夢を一緒に追いかけた人を、理想を語り合った人を助けるためにオーガは、不屈の城は何度でも立ち塞がるのだ。
「デブって言ったんだな、それだけは、それだけは言っちゃいけない言葉なんだな!」
ボマーがゆっくりと駆け出す。
オーガはそれを一瞥し、魔力を解放した。
リミットに近い現象。
意識外にある体中の魔力をオーガは再び練り上げた。
「————『バリオット・シールド』、五層連撃」
オーガとボマーの間に五枚のシールドが連なる。
オーガが作り出した、最後のシールド。
シルフィとオーガで作り上げた、最後の砦。
「邪魔なんだな!」
右拳を勢いよくシールドにぶつけたボマー。
しかし、その拳はシールドに当たらなかった。
ボマーが攻撃をしようとした瞬間、五枚のシールドはふっとボマーの拳を避け宙を自由に舞う。
五枚のシールドを連ねたのは、ボマーを誘うためのブラフ。
先の戦いでボマーに騙されたことをしっかりと返すオーガ。
ここぞの冷静さはやはり元七星。
「拘束しろ!」
ボマーの掛け声とともに、四枚シールドがボマーの両手両足を地面に打ち付けた。
釘に打ち付けられた藁人形のように身動きが取れていない。
「うううう!」
何とか脱出を試み、じたばたするもののオーガのシールドはびくともしない。
ボマーは動きが遅い分、魔力量でそのスピードを補っている節がある。
今、ボマーがシールドから逃れられないということはオーガの魔力がそれを上回っているということ。
とっくに尽きているはずのボマーの魔力、なぜこの状況で再び増えたのか、なぜいつもより魔力が多いのかはわからない。
「死にな、クソデブ」
ただ、オーガはにやりと笑っていた。
この現象に思い当たる節があるのだから。
夢が持つ可能性を、理想が見せてくれる素晴らしさを。
最後のシールドがボマーのみぞおちを狙って落下する。
この魔力ならば、確実に厚い脂肪をもつボマーも突き抜けられることだろう。
覚醒したオーガの実力。
いや、これが彼の持つ本来の魔力だったのだろう。
過去に縛られ、過去に捉われ、過去にしがみついていたオーガ。
今、その枷を外したオーガはまさに『
「……いや、だ」
「あん?」
シールドがボマーの腹を襲う直前、オーガは確かに何かを聞き取った。
その声の主は拘束され、身動きも取れない。
そして魔力量ではオーガには勝てていないはずであるのに、ボマーの魔力は膨れ上がっていったのだ。
「嫌だ。 嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないいいいいいいいいい!」
そのとき、ボマーの魔力が爆発したように膨れ上がった。
彼の生への執着が彼の持っていた魔力量を増加させたのだ。
これがシンギュラ―、ボマーの本質。
幾度となく若い女性を殺し、ジャッジ・マンから逃げ続けた男の生存本能だ。
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