第29話「つまらないスキル」
キバは一歩でロイの元に辿り着いた。
ケタケタと笑っているロイはキバのに向かって壊れたアスファルトの破片を投げ飛ばす。
魔力が籠った右手でそれを破壊したキバ。
ロイはすかさずキバの顔面に向かって右足を蹴り上げる、それを防ぐようにキバは左腕でガード。
ロイの脚とキバの腕が交差する形となる。
廊下を揺らすほどの激しい魔力の衝突、しかし両者は一歩も引くことはなかった。
小柄なロイであるが、重心を置いてある左足に魔力を送り込み地面と張り付く磁石のようにすることで自分よりも大柄なキバと渡り合うことができる。
「おいおい、いい大人が子供にガチギレするなよ」
「殺す」
キバはロイの右足を掴み、回転して後方に吹き飛ばした。
「『スクリーム・ウルフ』!」
キバが放った魔力は狼型の魔力。
自立式のオオカミ型の魔力は威嚇しながらロイの元へ一直線に駆け出す。
「ガルルルルウ!」
「いいなあ、ペットみたいで」
大きな口を開け、宙を舞うロイの左腕に噛みついた。
突進してきた衝撃を受け止めきることはできずに、噛まれたままロイは壁に激突する。
そして追い打ちをかけるようにキバはロイの元に向かった。
右手を振り上げて、殴りかかるキバ。
魔力を込められた右手には、壁ごと破壊してやるという意思が籠っているかのように強大なもの。
ぼろぼろだった壁は、壁という形をとうとう失う。
パラパラと木製の破片が、キバの上に舞い降りた。
「ぺっ」
そして、つむじの上に生暖かい唾も一滴落ちる。
キバが眉間にしわを寄せ、その唾を吐きだした人物を睨みつけた。
ロイは蝙蝠のようにして、天井にぶら下がりキバの頭上に唾を落とした。
いつの間にか全身に巻いていた包帯が取れているが、ここまでの戦いを見ていればそれが飾りだったというのもわかる。
「ガキが……!」
「あ、またキレた」
キバは近くにあった壁の破片である大木を天井に向かって投げつけた。
ロイは軽快にその大木を躱し、地面に降り立った瞬間キバに近づく。
キバもその着地を狙ったかのようにして右フックを打ち込むが、その拳を右手で軽々と止めた。
「くそが!」
必死にロイの右手から逃れようとするキバ。
ただ一向に外れる気配はない。
「なんで傭兵なんかしてるんだ、プロとかになれば普通に稼げそうだけどな」
「黙れ、ガキの癖にわかった気になるな」
キバの顔は血管が浮き出て、固定されている右手を軸にしてロイの顔面を蹴りつける。
しかし、攻撃が当たってもロイは動じない。
キバが全力で魔力の攻撃をし、口が切れ血が流れているのにも関わらずロイは平気な顔をしている。
「金がそんなに大事か?」
「当たり前だ、世の中は金だ。 プロなんかになったところで、もらえる額なんてたかがしれている。 人を殺す方が金回りはいい」
「なるほどなあ。 あ、投資とかいいぞ、それでうちはかなり儲かってるし」
「お前らみたいな頭の良いやつらとは話にならん」
キバは怒りによってか、魔力がどんどん増幅していく。
子供相手に本気を出す大人のように見えるが、これだけキバと渡り合っているロイをただの子供と形容していいのだろうか。
それに気づいているキバも出し惜しみはしない様子。
彼から放たれている魔力がその証拠だ。
「デリート、リミテーション。 『
ロイは明らかに上昇した魔力に手を離さざるを得なかった。
距離を取り、キバをじっと見つめる。
「う、がああああアアアアア!」
リミット。
魔力には制限を設けることができる。
リミットを設けている使い手は、制限された魔力の中でしかスキルや魔力を使えない。
ただし、リミットを設けておくことにもメリットが存在する。
そのメリットとは、制限を解除した時の魔力量が異常に増加すること。
それによって、本来使えないはずの魔力を体中からかき集め普通では考えられない量の魔力を生み出すことができるのだ。
リミットを発動したキバは全身が魔力に覆われた。
歯を剥き出しにし、さながら狼のように四足歩行になっている。
制限を設けること以外にも、リミットには大きなデメリットが存在する。
それは、魔力暴走を起こしてしまう危険性だ。
魔力暴走とは本来使えないはずの魔力量を集めてしまう事で、本来抑えられていたはずの魔力が暴走してしまい人間の制御を魔力が超えてしまう。
そうなってしまった場合、本来人間に備わっていた機能も暴走してしまい、果ては命を失う。
自分の命を顧みないリミットを設けるのは並大抵の覚悟ではできない。
命を懸けて戦う者のみが辿り着ける境地。
自分の体を犠牲にしてでも勝ちに行く、キバの覚悟はロイにも伝わっていた。
「人間辞めたか」
「とっくの昔にな!」
キバは動物のように、獲物を狩る猛禽類のように駆け出した。
ロイ正面から戦うことをさけ、横に回避。
しかしばねの効いたキバの足はすぐ反転し、ロイに向かって噛みついてきた。
きちんと目でその動きを捉えていたロイは、噛まれる寸でのタイミングで足を蹴り上げてキバの顎へとぶつける。
「効かん!」
顔は上へと向いたが、体が吹っ飛ばされることはなかった。
(今のは急所をついたはずなんだがな)
「ガルルルル!」
「こいよ」
人指し指をくいくいっと自分の元に招いた。
獲物を狙うかのようにキバの口元から涎が滴る。
そして、一歩でロイの元へと近づいた。
ロイはその場で軽く小刻みにステップを踏んだ。
そしてシャドーボクシングを行う。
この行為に意味は全くない。
意味を見出すとするならば、ロイの余裕が現れている証拠。
「ガルウウウ!」
キバの勢いが飛びついた噛みつきを避け、左フックを打ち込む。
地面に着地したキバは両足を踏み込み、再びロイに噛みつこうとする。
続いてロイはキバの懐に入り込み、先のパンチよりも倍近い魔力を込めた右アッパーを打ち込んだ。
「K、O!」
ロイの言葉と共に、空中に浮いたキバ。
誰が見ても明らかなクリティカルヒット。
ロイの頭にはゴングの音が鳴り響く。
しかし、キバの表情はまだ死んではいない。
普通の人間、ここでは動物と例えるべきか、キバは空中を蹴ってロイの元に辿り着いた。
これがキバの力の本性。
数々の死線をくぐり、多くの命を奪って来た彼の本能。
なんとか逃げようとしたロイの逃げは追いつかれ、右手が飲み込まれるようにしてキバの魔力に入っていく。
「——あ~あ。 これは俺の負けだな」
ロイは心底退屈そうな顔を浮かべた。
表情などお構いなしに、キバの魔力ははロイの右手を噛みちぎろうとする。
「ガウウウウウ!」
狼のようになったキバは我を失っている。
もう理性も感情も失っているキバにとっての目的はただ一つ。
目の前に存在する敵を食いちぎること。
しかし、ロイの右手は噛みちぎられない。
「本当に、つまらないスキルだよなあ」
そしてロイの右手に魔力が集中した。
彼が意図して魔力を右手に注いでいるわけではない。
勝手に彼の魔力が右手に集められているのだ。
その圧倒的な魔力に、キバは目を大きく開けて驚いた表情を浮かべる。
額にも汗が零れ、息遣いも荒くなる。
リミットによる、生命活動の限界はまだまだ先。
キバは単純なロイの魔力に恐れをなしているのだ。
「ガ、ウ、アアアアア!」
ロイの右手を放し、距離を取ろうとしたキバ。
しかし、ロイの右手から離れた瞬間キバは消滅した。
右手で触れたものを全て破壊してしまうスキル。
空気などのロイ自身の命に関わるものは破壊出来ないが、ロイの魔力が上回るものであれば破壊できてしまう。
本人の意思に関係なく発動されてしまうため、ロイは両手に特殊な繊維で編まれた黒の皮手袋を装着しているのだ。
破壊者として生まれたロイが忌み嫌うスキル。
このスキルのせいで、ロイの人生は退屈になっているのだ。
誰もが羨むであろうこのスキル。
しかし、このスキルを生まれた瞬間から持っているロイからすれば人生を退屈なものにしてしまうスキルであった。
「またばあちゃんに縫ってもらわねえとな」
破れているのは、右手の人差し指のみ。
たかがこの箇所だけでもキバを消滅させるだけの威力をもつ。
だからこそ彼は手袋をしているのだ。
このスキルを発動させないために。
このスキルから逃げるために。
「というか、ばあちゃんに叱られるのが先か」
はあーあという大きな溜息を漏らし、しゃがみ込みながらこの世に存在しなくなったキバを見つめていた。
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