第30話「オーガとシルフィの過去」

 オーガは走っていた。

 礼拝堂に向けてかつて愛した人を救うために。

 学園に何が起きているのかはしらないし、オーガにとってもどうでもよいこと。

 シルフィに危険が及ぶのであれば、オーガは黙っていられなかったのだ。


「シルフィ!」


 オーガは礼拝堂の扉を勢いよく開け、中を確認する。

 

 礼拝堂の奥、内陣に縛られているシルフィの姿がオーガの目に映る。

 このような非常事態でも、ステンドガラスから差し込む光が縛り付けられているシルフィを神々しく見せていた。


「オーガ、君…?」


 気を失っていたシルフィが、虚ろな目を開けた。

 

「シルフィ! 待ってろ今助けるからな!」


 オーガはシルフィの元に走る。

 赤いレッドカーペットがひかれた身廊を走っていく。


「僕の芸術の邪魔をするんじゃないんだな」


 オーガは声のした方をちらりと見た。

 礼拝堂に備え付けられた長椅子に座っていたのは太った男性。

 しかしその男が持つ異質な魔力にオーガは咄嗟に魔力を展開した。


「『アート・ボム』!」


 オーガ下がった方向にあた椅子が爆発する。

 一つの椅子が爆発したことにより、連動したように周りに椅子も爆発していった。

 

 オーガは魔力のシールドを展開していたためなんとか防ぐことができたが、体にダメージを負ったことも事実。


「ぶひいいいいい!」


 ボマーは甲高い音でなぜか叫んでいる。

 明らかな肥満体型、しかし見た目とは裏腹にとてつもない魔力量を誇る。

 これが特定犯罪者、シンギュラ―。

 ジャッジ・マンの手から逃げ続けている凶暴で凶悪な犯罪者だ。


「僕の芸術は誰にも邪魔はさせないんだな、あの女の人に見せるんだな、僕の芸術を、僕の爆発を!」


 歯から漏れ出た空気が、静まり返った礼拝堂に響き渡る。

 

「気持ち悪いな、人を殺す芸術なんか芸術と呼ばねえだろ」


「お前! 僕の芸術をバカにしたなあ!?」


 ボマーはゆっくりと走った。

 おそらくこのスピードがボマーの限界であるとオーガは悟る。

 先の爆発はオーガを優に超える魔力量ではあるが、触れなければ怖いものではない。


「『バリオット・シールド』」


 オーガの周りに三つの障壁が浮かび上がる。

 ボマーはそれに臆することはなく、汗を噴出しながら近づいてきた。

 そしてへなちょこなパンチをオーガに向かってぶつけにかかる。


 オーガはそのゆっくりとした打撃を避け、宙に浮かぶ三枚のシールドを挟むようにしてボマーに当てた。

 

「ぽがふ!」


 シールドに挟まれて、宙に浮かぶボマー。

 シールドの首輪をはめられたボマーは足をバタバタと揺らしながら必死にオーガのシールドを両手で剥がそうとするも、全く動く気配はない三枚のシールド。


「その手にさえ触れなければ、お前は怖くない」


 ボマーのスキルなど知らないオーガ。

 ただ彼の経験がボマーのスキルを察知させてくれた。

 腐っても元七星。

 今この学園で最高の実力者といっても過言ではない。


 シールドはどんどんボマーを締め付けていき、ボマーの顔は段々と青白くなっていく。

 

「が、あ……!」


 オーガはボマーのほうを見ることをなく、シルフィに近づいた。

 助けなければならない。

 例え相手がシンギュラ―であっても、シルフィを助けることが最優先だ。

 だから、ボマーの泣きながら笑っている顔に気づくことはできない。

 気づいているのはオーガの背面を見ることができる、磔にされたシルフィだけだ。

 

「オーガ君危ない!」


「ボム!」


 ボマーが叫んだ瞬間、オーガの歩くカーペットが爆発した。

 

「でへ、でへへへへへ!」


 ドガンという音を立てて着地したボマー。

 まだ呼吸は整っていないが、彼の首を絞めつけていたシールドはすでに消えていた。

 つまり、オーガのスキルが解除されたということだ。

 

 汗を腕で拭い、びしょびしょの眼鏡をくたびれたTシャツで拭く。

 先ほどまでと打って変わり、嬉しそうに黒い点がまぶされた歯を覗かせているボマー。


「いってえなあ……」


 座りながら、黒ずみになったオーガはボマーを睨みつけていた。


「……まだ生きているんだな、お前」


 ボマーは鬱陶しそうに爪を噛んでいる。

 先の爆発で仕留めるつもりだったといった具合だ。


 オーガには火傷の跡が顔中に着けられ、特殊な素材で作られた制服もところどころ破れている。

 まさに満身創痍といった状態。

 しかし、オーガの魔力はまだまだ尽きていない。


「お前のスキル、爆弾を設置できるんだろ?」


「でゅふ、でゅふふふふふふ! そんなことがばれたところで、お前は僕に勝てないんだな」


「ったく、どうして俺が巻き込まれなければならん…」


 オーガは平穏な日々を送っていたはずだった。

 かつてフラッグ・ゲームで仲間に裏切られ、彼女に振られたときからずっとオーガの時間は止まったままだったのだ。


* * *


 オーガ・アブソリュート、二年。

 パーティ名、『暴走機関車ランナウェイ・トレイン』はAランク昇級を目指してプレーオフへと進出していた。

 Bランクでは敵なし。

 パーティのフラッグ防御率は驚異の〇点台。

 オーガを中心とした守りのパーティで、Bランクのパーティを次々になぎ倒してきた、『暴走機関車ランナウェイ・トレイン』の快進撃は止まるところをしらなかった。


「絶対勝つぞ!」


「おうよ!」


「頼むぜオーガ、Aランクのやつらにビビるなよ」


「ふんっ、お前らもびびって小便漏らすなよ」


 和気あいあいとした控室。

 『暴走機関車ランナウェイ・トレイン』のメンバーの雰囲気はかなりいい状態でプレーオフを迎えていたのだ。

 

「みんな~、武器の調整終わったよ~」


 メカニックであるシルフィが控室へと入室。

 それぞれにシルフィが調節した武器を手渡ししている。

 彼女は調整した内容を分かりやすく説明している。


「はあ~あ、オーガの彼女じゃなければ俺がもらっていたんだろうな~」


「馬鹿か、オーガの代わりがお前に務まるかよ」


「そりゃ言えてるな!」


 はははと笑う、パーティメンバー。

 シルフィやオーガもつられたように、軽く笑っている。


「みんな、頑張ってね!」


 シルフィの笑顔にパーティメンバーは決意を固める。

 先ほどまでのへらへらした様子から、戦う男の顔へと様変わりしていた。


「シルフィ安心して待っとけよ、魔力がないお前の力で勝てるっていうことを証明してやる」


 男が言う。

 このパーティにシルフィの夢の果てを笑う者などいない。


「その通りだシルフィ。 俺らで証明するんだ、魔力がないものを輝ける舞台は作れるってことをな」


 オーガは言う。

 

 オーガは昔から、不器用であった。

 実技であれば抜きんでた才能を誇るオーガであったが、武器製造という分野では才能の欠片もなかった。

 そんな中で同じクラスになったシルフィはそんな出来損ないのオーガの面倒を見てくれたのだ。

 魔力がなくても彼女の武器づくりのセンスは高く、しかも教え方が丁寧であった。

 二年のうちから七星に入ったオーガ、武器づくりのスペシャリストのシルフィはお互いの欠点を補うように意気投合し、付き合うところまではすぐであった。


 そして私生活以外でも、オーガは順調であった。

 一年のときに組んだパーティ、結成した当初は方向性がバラバラ。

 考えた戦術などもことごとく失敗し全く勝てずにいた。


 しかし、二年のときメカニックとしてシルフィが加入した。

 シルフィは恥ずかしそうに、自分の夢をパーティに語った。

 そこからだった、パーティの快進撃が始まったのは。

 すぐさまCランクを勝ち抜き、Bランクにも敵はいない。

 まさに暴走機関車のように留まることを知らない状態のパーティ。


 そして始まったプレーオフ。

 

 結果は、惨敗だった。

 巡り合わせが悪かったのかもしれない、初戦は七星が三人も擁するパーティ、続く二戦目は『氷の女帝』ローズ・アルフレッドによってパーティはあっけなく負けてしまった。

 唯一対等に渡り合っていたのは、オーガたった一人だけ。

 Aランクのパーティはオーガ以上の実力者がフルメンバーでいる。

 オーガただ一人ではBランクのパーティがAランクに勝てるわけがなかった。


「おい、どうしたんだよお前ら!」


 オーガは怒声でパーティに詰める。

 ただその言葉では、オーガのパーティメンバーにその言葉を聞いているものなどいなかった。

 Aランクを知らない『暴走機関車ランナウェイ・トレイン』。

 その差は彼らが想像していた以上に高く、そして強かった。

 Cランクから一直線に勝ち上がってきたパーティ。

 だからこそ、困難な壁に当たってしまった時に立ち上がることができないのだ。


「シルフィの夢を叶えるんじゃなかったのか!?」


 オーガは隣の壁を叩いた。

 その衝撃音にパーティメンバーは誰一人として驚かない。

 どんよりとした空気も一掃されない。


「もういいよ、オーガ」


「俺辞めた、なんかあほらしいわ」


「Bランクで実績も作ったし、これで就職も安心だな」


「夢なんて、ガキじゃあるまいし。 正直、お前らの理想なんかどうでもいいんだよ」


 言葉を失ったのはオーガだけではない、シルフィも言葉を詰まらせていた。

 

 そしてオーガのパーティは、あっけなく解散した。

 圧倒的な実力差に自信を失ったパーティメンバー、現実を突きつけられた少年らにはもう何を言っても無駄だった。

 

 失意のどん底にいたオーガ、その中でシルフィから別れを切り出された。

 彼女は理由も言わずに「別れよう」、その言葉だけを言ってオーガの元から消えた。

 オーガもそれについて、聞き返すこともなかった。

 全てがどうでもよくなってしまった。

 理想なんて、夢なんて持ったからここまで落ち込んでしまったのだ。

 だから彼は夢を持つことをやめた。

 普通に生きて、普通に暮らして、普通に死ぬ。

 夢を追いかけることがどれだけ辛くて、どれだけ苦しい道かがわかった。

 捨てた夢、追うのを辞めた理想。

 オーガ・アブソリュートの時間は、ここで止まった。

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