第31話「オーガの戦い」

「オーガ君……」


 涙目で、オーガの名を呼んだシルフィ。

 切なそうな彼女の声音はか細く、今にも途切れそうだ。

 

 オーガはシルフィをちらりと見るだけ。

 半年以上も前のこと、気にしていないといえば噓になってしまう事。

 来て良かったのだろうか、オーガは自問自答する。

 しかし、体が動いてしまった。

 ここに来た以上、引き下がれない。

 それはオーガのプライドでもあり、優しさ。

 

「ボマーって言ったか、あんたシンギュラ―だろ。 なぜこの学園を狙った」


「知らないんだな、あのお姉さんに言われたんだな。 ご褒美をもらうために、僕は頑張るんだな!」


「ちっ、話にならねえみてえだな」


 オーガは立ち上がり、再び魔力を練った。

 話にならないのであれば、力でねじ伏せるしかない。

 こういう人物にはそれが一番有効な手段で、オーガの中でもそちらの方がわかりやすい。

 

「ぶひいいいいい!」


 汗を巻き散らしながら、走る事が苦手な女の子のような動きでオーガに近づくボマー。

 ボマーが向かって来る動線を遮断するかのように、オーガはシールドを展開した。

 今度は宙を舞うシールドではなく、壁のようなものでオーガとボマーを隔てる。

 オーガはシールドに体重を預けるようにして肩を当てた。

 スキルによるシールドだけではボマーの攻撃は防げないという判断を下したからこそ、自身の体重もそこに乗せる。

 恵まれた体、加えて他と一線を画す魔力量。


 才能という言葉で片付けられるのはもったいない。

 そこにはオーガの血の滲む努力と、シルフィの夢を叶えるために必死に戦った結晶がある。

 周りは才能と呼ぶかもしれない、しかしオーガとシルフィは


「どけどけどっけーい、どっけーい!」


 ドスドスと走ってきたボマーはそのままシールドにぶつかる。

 しかしボマーの勢いはあっけなくシールドによって殺され、バタンと床に倒れた。

 弱い、力がない、そう感じてしまってもおかしくはない。

 しかしオーガはボマーの右手の魔力を気にしないことはできなかった。


「へっ……」


 ボマーはにやりと笑い、床に手を触れる。

 その行為を見ていたオーガはシールドをしまい、すぐさま地面から足を離す。

 上空に浮いたオーガ、ボマーは転がっていた木片を寝転がったままオーガに向かって投げつけた。

 

 オーガはシールドを展開したが、先のような大型のシールドを展開することは間に合わない。

 魔力の溜めが十分ではないため、簡易的な小型のシールドを作り出しなんとか攻撃を防ごうとするオーガ。


バンッ!

 

 ボマーが投げつけた木片がオーガのシールドに衝突した瞬間、爆発が起こった。

 

「くそっ……」


 自由落下したオーガは地面に激突。

 そのまま立ち上がることはない。


「僕の芸術をそこで見ているんだな!」


「やだ、来ないで!」

 

 近づいてくるボマーのねっとりした気持ち悪い雰囲気に思わずシルフィは涙をこぼしながら必死に叫んだ。

 恐怖、不安、先ほどまで我慢していたものが溢れ出るようにシルフィの目元から噴き出す。

 

 ボマーは舐め回すような目でシルフィを眺めながら、肩をぐっと掴む。


「『アート・ボム』」


 じゅるりと口の中で音を鳴らしてスキルを発動。

 シルフィの肩に時限爆弾のようなものが浮かび上がる。

 残り時間は五分。

 その制限時間はすでに時間を刻んでいた。

 

 しかし、シルフィを助けられる者はこの場にはいない。

 ボマーのみ解除することが可能な時限爆弾。


 そんなボマーはシルフィを見ながら絵を描き始めた。

 シルフィはもう抵抗することも、声を荒らげて反抗することもしなかった。

 死んで当然と、自身の運命を受け入れるようにシルフィは目をそっと閉じていた。


 オーガのパーティが大敗し解散に至るまで、シルフィは何もすることができなかった。

 圧倒的な力の前に為すすべなく敗北した『暴走機関車ランナウェイ・トレイン』にシルフィがかけてあげる言葉はなかったのだ。

 唯一、まだ心が死んでいなかったオーガにもシルフィは何も言えなかった。

 

 自分なんかが、そんな言葉がシルフィを取り囲む。

 シルフィの夢を初めて笑わずに聞いてくれたメンバー。

 そんなメンバーがシルフィは大好きだった。

 魔力がない自分にも分け隔てなく接してくれ、一緒に笑って、そして一緒に戦ってくれた。

 

 彼らは嘘を言っていたと思えないし、感謝していた。

 しかし、シルフィたちを結んでいた糸はAランクの強者たちによって一瞬で切られてしまう。

 

 それでもオーガはなんとかその糸を繋げようとしていた。

 柄にもなく声を発し、いつもの彼から想像できないほど泥だらけになりながらも必死に戦っていた。

 そのオーガでもパーティの士気を上げることは叶わなかったのだ。

 シルフィはオーガを一人にさせてしまった。

 何もできない、魔力をもたない自分は何の役にも立たない。

 オーガの足枷になってしまっているという自覚が芽生えた。

 だからシルフィはオーガに言ったのだ、「別れよう」と。

 

 それ以降、オーガがフラッグ・ゲームの舞台に戻ってくることはなかった。

 彼が一人で武器を作り続けていた理由はシルフィにもわからない。

 

 でもシルフィ自身も武器を作っていれば、世界を変えられるほどの武器を作ればまたパーティは、オーガは戻ってくるかもしれない。

 そんな儚い夢を、シルフィはずっと信じて武器を作っていた。

 そしてやっと見えた光明。

 世界を変えられると息巻いた彼女は必死に武器を作り続けた。

 夢と希望を乗せたシルフィだけが作られる理想の武器。

 それを悪用され、自分自身を、オーガまでも危険に追い込んだ。

 だからこそ、死んでもいいとまで思ってしまっていた。


* * *


 ロイは礼拝堂の扉の前に立つ。

 爆発音や戦闘音、それら全てを聞きながら中には入ることはせずただただ時間が経つのを待っていた。


 ロイは魔力の扱いに長けている。

 それも学園生という領域をとっくに超えているレベルで。

 なので、魔力を薄く延ばして礼拝堂を包むことで中の様子を目視せずともおおよその出来事は確認できるのだ。


「ロイ様~!」


 上空から降ってきたのは、小柄な黒ローブの女性。

 快活な声で手を振りながら、ものすごい勢いで落下してくる。

 橙色の髪が上空に引っ張られるようにし、彼女の胸は身長に合わずに膨らんでおり、体よりも後に落ちてきているようにも見える。

 

「ヒマワリか」


 ドンっと着地し、地面が抉れる。

 着地と同時に顔を隠していた黒ローブが取れ、幼さを残す可愛らしい顔が露になった。

 ロイと出会ったヒマワリは既にご満悦、この屈託ない笑顔こそヒマワリの特徴とも言える。


「ねえねえロイ様、あの金髪の先生結構強かったよ? 真面目に戦ってなかったら危うく殺されちゃうところだったよ~」


 黒いローブはすでにボロボロ。

 彼女がギリギリのところで戦い続けていたということが、このローブに。


「唯一の危険因子はナルカ先生だけだったからなあ、さすがにイドリスだけじゃ無理だった。 助かったよ、ヒマワリ」


「気にしないでよロイ様。 はーあ、じゃんけんで負けてなかったら私が入学してたのにな~」


 わざとらしい溜息をつき、大きな胸を見せびらかすようにしてロイを見つめたヒマワリ。


「入学はできても勉強についていけなかったんじゃねえのか?」


「むぅ~。 ひどいよ、ロイ様~」


 甘えたような声音でロイに近づき、猫のようにして自分の顔をロイの体に擦り擦りさせるヒマワリ。

 それをさも当然のようにしているロイ。

 これが二人の関係性。

 メイドと主人の関係。

 たかがそれだけのことである。


「あ、そういえばヒマワリ。 屋上にネメシアが来てるはずだから、会いに行ってやってくれ」


「え、どうしてネメシアが? 確か買い物行ってるはずだけど」


「ま、用心することに越したことはねえからな。 あとこの借りは必ず返すってネメシアに言っておいてくれねえか?」


「う~ん……」


「ん?」


「伝言はいいんだけどさ、ネメシアにはご褒美があって私とイドリスには何もないなんてちょっと寂しいんですけど」


 唇を尖らせたヒマワリはちらちらとロイの方を見ながら、両手の人差し指を合わせたり、離したりしている。

 はあ、と溜息をついたロイはヒマワリの頭を撫でた。

 背格好こそ同じだが、主人とメイド。

 そこには目には見えない関係性が存在する。


「ちゃんとイドリスとヒマワリにも金は出すから安心しろ」


「そういう問題じゃないんだけど……」


「え?」

 

 ぼそりと呟いたヒマワリの言葉はロイの耳には届かなかった。

 なぜ彼女の機嫌が少しだけ斜めなのかはロイにはわからない。


「じゃあさ、お金じゃなくて、ロイ様と一日買い物できる権利は!?」


 急に目を輝かせたヒマワリ。

 自分と買い物なんかしたところで面白くないだろうにと思っているロイだがそれがヒマワリの望みというのであれば受け入れるしか他ならない。

 彼女が望むことならばそれに応えるのも主の仕事だろう


「そんなんでいいならいつでもいいよ」


「ほんとに!? 約束したからね!」


「ああ」


 なぜ急に機嫌が戻ったのかわからないロイではあるが、いつもの明るい彼女に戻ったことに少しだけ安堵する。


「よーっし、じゃあネメシアに自慢してこよっと!」


 満面の笑みを浮かべた彼女はまるで太陽に向かって元気に顔を向けている向日葵のようだ。


「ああ。 俺もそろそろ締めに入る、ここら辺には誰も寄せ付けるなよ」


「あいあいさ!」


 そしてヒマワリは一瞬にしてこの場を去った。

 ロイ専属メイド、ヒマワリ。

 彼女の力があれば、ウォー・ウルフなどすぐに壊滅できたことであろう。

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