第28話「満を持さない登場」

「あ、う……」


 自分よりも屈強な男に首を掴まれ持ち上げられているのはカーラ・プライム。

 実戦の経験が自分よりも優れている相手。

 対人戦闘ならカーラよりも優れているケイトが一瞬で敗れた相手。

 

 死ぬかもしれないという状況の中で、カーラは悔しさを募らせているのみだった。


「惜しいな、咲きそうな才能をここで殺してしまうのは」


「だったら、今すぐこの汚い手を、離しなさい、よ」


「それはできない。 歯向かえば殺すことになると忠告したはずだろう」


 もう、カーラには魔力が残っていない。

 言葉を絞り出すだけで、反撃する体力ももう残っていなかった。


「こんなところで、私は死なない。 私は、成し遂げなければならないことがあるから…!」


「そうか。 か弱くて、くだらない夢とやらをここで叩きのめすことができて嬉しいよ」


 カーラの首元にグッと力を入れたキバ。

 呼吸の道が狭まり、一気に苦しくなる。

 

 ここで終わるわけにはいかない。

 カーラの成し遂げたいことはまだ始まったばかり。

 しかし、どうにもできないこの状況。

 脳に酸素が届かなくなり思考することもできなくなってくる。


「……その手をどけろ」


ポンッ!


 キバの脇腹に凄まじい速度で蹴りが入る。


「くっ」


 カーラを掴んでいた手を離し、後方へと吹き飛ばされたキバ。


「ごほっ、ごほ!」


 その場に倒れ込んだカーラは苦しそうに呼吸を整えているところであった。

 そして彼女とキバの間に入ってきた男は先ほどまで倒れていたはずのケイト。


「…遅いわよ」


「すまん、寝てた」


 彼もまた満身創痍。

 殺戮兵器であるキリング・マシンとの戦闘を経ているのだ、当然のことだろう。

 

「雑魚が、大人しく寝ておけばいいものを」


「そういうわけにいかない、ここでお前を倒す」


「立派なことだな」


 ポンっと音を立てて先に動いたのはケイト。

 廊下という狭く、縦に長い空間。

 ただしこの場所はケイトにとっても相性がいい。

 スーパーボールのように壁や天井を弾きながらキバに攻撃を仕掛け続ける。

 いつものケイトに比べたら遅いと思われるスピード。

 しかし、この狭い空間であればケイトに追いつける者などいない。


「……鬱陶しいな」


 防御をしていなかったキバは狙ったように片足を蹴り上げる。

 ピンポイントでケイトの顔面にその足が激突した。


「うっ!」


 壁を破き、隣の教室に入っていくケイト。

 先も見た光景がカーラの脳内に浮かび上がる。


「単調な攻撃だな」


 カーラはケイトの攻撃を初見で躱されるのはこれで二度目。

 カーラが知る限りでも対応できたのは同じ一年のロイ・アルフレッドだけ。

 

 この男から醸し出される殺意は、学園生で見ることはできない。

 明らかな実戦慣れ。

 それも死に近いところでの戦闘経験。


 カーラとケイトがどれだけ望んでもその舞台に立つことはできない。

 その舞台に立つことのできるものは、学園という優等生が集まる場所にいたりはしない。

 これが彼女らとキバの違い。

 望んでも埋められない差が立ち塞がる。


「————『ディスチャージ・ガス』、ポンプ・ショット!」


 ケイトは土煙が漂う教室から飛び出した。

 自分をロケットのようにして、頭から突っ込んだケイト。

 自分の身を犠牲にして相手にダメージを与える攻撃。

 ケイトの中でも、決死の攻撃だ。


ドンッ!


「……無駄だ。 お前は俺に勝てん」


「ぐはっ……」


 ロケットの速さで飛んできたケイトを直角に叩き落としたキバ。

 床にめり込んだケイトから魔力を感じることはなかった。


「ケイト……」


 ケイトの決死の攻撃でさえ、軽くあしらわれてしまった。

 しかも、敵はスキルを使っていない。


 圧倒的な差をを直視してしまったカーラは、悔しさも怒りも込み上げることはなかった。

 キバを睨みつけたカーラ。

 カーラにはキバと戦える力はおろか、逃げる力もない。

 それでも抵抗し続ける。

 こんなところで終わるわけにはいかない。

 最後の抵抗がキバを睨みつけることのみだったとしても。


「ではな、若き才能よ」


「腐った人間ね」


 一つの躊躇いもなく、キバが魔力を纏った拳をカーラにぶつけにいった。


「————よっと」


 キバの攻撃を包帯で巻かれた右腕で受け止めたその少年はカーラと目を合わせた。


* * *


「ロイ、君?」


「おいっす。 大丈夫、じゃないよな」


 へへっと笑ったロイに驚きを隠せていないカーラ。


「……ロイ・アルフレッドだな?」


「へいへい、何でしょうかウォー・ウルフのリーダーさん」


 にらみ合った両者。

 身長差がある二人。

 それでも二人から零れ出ている魔力の量はさほど変わらない。

 

「ロイ君、こいつ強いよそれも段違いで。 それに君は怪我していたはずでしょ」


 カーラは座り込みながらロイの背中に語り掛ける。

 キバとロイ、二人の実力を知っているからこそどちらが強いのかわかる。

 例えロイが一年生の中でも抜けた実力を持っていたとしても、死線をくぐってきたキバと比べることはできない。

 その差が歴然としてあることはカーラもわかっている。


「それは嬉しいことだねえ」


 ロイはへらへらと笑っているが、対峙するキバはロイが登場したからといって動揺する様子はない。


「反抗するな、殺すことになる」


「やれるもんならやってみろよ、雑魚」


 べーっと舌を出したロイに一瞬で攻撃を当てにいったキバ。

 ロイは再び右腕でキバの攻撃を受け止めたが、衝撃までは受け止めきることはできなかった。

 ロイはただでは倒されず、両足でキバの腹に飛び蹴りを入れながら後方へと吹っ飛ばされる。

 ロイがそこそこ戦えるという感触はキバにも感じていることだろう。

 

 カーラとケイトとの戦闘を経ても全く疲れの色を見せていないキバ。


「なあ、ウォー・ウルフのリーダーさん。 なんで第一王立学園のテロ行為なんて引き受けたんだ?」


「ふっ、こんなときに呑気な質問だな」


「まあまあ、いいじゃないか」


 ロイは不敵な笑みを浮かべ、それに釣られたようにキバも笑う。


「答えはたった一つ、金だ」


「金?」


「所詮、傭兵なんてものは金のために生きている部隊。 世間の枠組みに入らなかった能無しの集団が最後に行きつく場所だ」


「なんかそう聞くと、いい集団みてえだな」


「殺し、強盗、誘拐、世の中が認めていない犯罪行為を平気で行う集団だぞ? そんなやつらをお前はいい集団と言えるのか?」


 キバは顔色一つ変えることなく淡々と話していた。

 生きる楽しさを失っている、目的といえば金を稼ぐことぐらい。

 世間という枠組みから離れて行った人間。

 ロイの目にはそんな風に映っていた。


「ま、決していい集団とは言えねえがその気持ちは少しわかるかもな」


「……王立学園の生徒という、優秀なレッテルを貼ったお前にか?」


 鋭い目で睨んでいるキバは声色が変わった。


「そんなふうにしか考えられねえからあんたはいつまでたっても傭兵止まりなんだろうよ」


「……何が言いたい?」


 初めて、キバの表情に変化があった。

 右の眉が少しだけ上に吊られたのだ。


「所詮はお前も自分の作った枠組みに囚われてるってことだ」


 その言葉に反応したようにキバから魔力がぶわっと溢れ出す。


「王立学園の生徒はどうも世間を知らないらしいな」


「犯罪行為を平気でするやつのほうが、よっぽど世間を知らないと思うぜ?」

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