第58話「赤髪の一年生」

「さあ、第二王立学園も残すところは最後の一人となってしまいました。 しかし安心してください、最後のトリを飾るのはこの選手です!」


 アナウンサーも第二の生徒。

 第二の負けが続いたこの展開が不味いと思ったのか、第二の肩を持つ実況をしてしまっている。


 そして割れんばかりの歓声とともに入場してきたのは、第二の最後を締めるのにふさわしい人物だった。

 第二王立学園三傑、アンカー・シャダウィンス。

 赤髪のベリーショートヘアー。

 目も鋭く他を寄せ付けない風貌。

 そして魔力量も先ほどまでの出場者とは段違いの魔力を誇っていた。


「かったるいな」


 気だるそうに頭を掻きながら登場したアンカーを座りながら睨んだアン。

 最後の壁として立ち塞がる男にアンは闘志を燃やす。

 一年生ながら第二王立学園の三傑に名を連ねた男。

 

 相手としては十分。

 今までの敵は倒して当たり前の相手、ここで現れた敵こそ自分の実力を試すのにはこれでもない相手。


 アンは刀を杖にしてゆっくりと立ち上がるが、目の前に広がる景色はぼやけており、握力も全くない状態であった。


「それでは早速参りましょう! 魔力演武、第五試合スタートです」


 アナウンサーの掛け声で始まった試合。

 アンは刀に手を置いて相手の様子を見ていた。

 それは相手が実力者であるから、もちろんそれも理由の一つだがアンに残された魔力は残り少ない。

 駆け出して相手を一閃するアンの攻撃はもうできない。


「なんだ、来ないのか」


 アンカーは欠伸までしており、彼の余裕が伺える。


 今なら駆け出して一閃することもできるとアンは思ったが、アンカーの纏う魔力によってその攻撃は止められてしまった。

 一歩でも間違えてしまえば負ける、その感覚はアンの体が教えてくれている。


「んじゃ、さっさと終わらせるぞ。 あと四人もぶっ倒さないといけねえからな」


 アンは鞘に仕舞われた刀の柄に手を置いた。

 いつ仕掛けられてもいいように、集中してアンカーを視界に捉える。

 

「あ」


 アンの視界は一瞬で逆さまになった。

 そのままばたりと地面に倒れる感覚は確かにわかる、次いで頬に痛みが走った。


 見えなかったのだ、アンカーの攻撃が。

 ただの魔力による打撃、だがアンカーの動きは全く見えていなかった。

 連戦で疲れているアンであったが、それは言い訳でしかない。

 疲れていない状態でも、魔力が十分にあった状況でもおそらくアンカーの動きは捉えられなかったはずだ。

 

 どうしようもできない実力差。

 アンは心が折れそうになるのを必死で繋ぎ留めていた。

 すぐに起き上がり、周りの状況を見渡す。


 ぐにゃりとした視界だった。

 今度は吹っ飛ばされていく感覚、そして体中に強烈な痛みが走った。


「っああ!」


 アンはのたうち回りたいほどの痛みに耐えられず、今まで我慢をしてきたはずの言葉が漏れ出る。


「まだくたばってねえのか。 じゃあ一発でかいのいっとくか」


 アンはその言葉を聞いた瞬間、刀を振るった。

 勘に頼って攻撃をするわけでもなく、魔力の籠っていない刀でただ空を斬る。

 次攻撃をしてしまえば負ける、腕時計型のデバイスに表示されたダメージを見なくてもわかっていること。

 必死の攻撃であった。

 負けるという言葉がアンの頭に逡巡する。

 

(私はこんなところで負けない、負けちゃいけない。 絶対に倒す、絶対に絶対に絶対に)


 アンはふと来賓室を見たが、そこにいるはずのアートは姿を消していた。


「ねえ、さん…?」


 心がぽきりと割れたような音がアンの頭に鳴る。

 家族からも見放され、姉からも見放されてしまった。

 まるで自分が消えていく感覚、もう自分はどこにもいないんだという消失感。

 何も考えられなくなり、頭が真っ白になった。


「じゃあな」


 その瞬間、アンの視界は黒く染まった。

 彼女が持っていた淡い期待は黒く塗りつぶされてしまったのだ。


* * *


「まだシャボンになってねえのか」


 横たわるアンを見下ろす形でアンカーは彼女の顔を蹴飛ばす。

 力なく転がっていくアン。

 すでに彼女は魔力が残っていない。


「散々第二をこけにしてくれたからなあ。 もう一発いっとくか」

 

 アンカーは脚に魔力を纏わせた。

 先ほどまでの比ではないほど、強大で威圧のある魔力。

 アンと戦っていたのはただの遊び程度だったのかと誰しもが思った。


「雑魚が」


 アンカーが思い切りよくキックをしようとした瞬間、誰かが空から落ちてきた。

 しかし、アンカーの魔力が纏わりついた脚は止まらない。


「——もう決着はついてるだろ、赤ガキ」


「あん?」


 小さな少年が、アンカーの脚を片手で受け止める。

 眉間にしわを寄せ、体に纏った魔力もアンカーに引けを取らない。


「次の相手は俺だ」


* * *


 アンを背に乗せ、ロイは控室へと向かった。


「カーラ、こいつを頼む」


「何で私なの、それに次は私って言ったはずよ」


「知らん。 テロリストの借りをここで使わしてもらう」


「それは……」


 かつてテロリスト、ウォー・ウルフのリーダーキバに瀕死にまで追い詰められたカーラとケイト。

 それを救ったのは紛れもなく、ロイだ。


「決まりだ、後は任せた」


「……これで貸し借りはなしだからね」


 そう言うとカーラはアンを抱えて医務室へと向かった。

 ロイはモニターを見つめ、気だるそうにしているアンカーを睨みつける。


「珍しいな、ロイ。 お前が怒るほど、そんなにアンちゃんの戦いが気に食わなかったのか?」


「いや、アンのことはどうでもいい」


「え?」


 拍子抜けしたヤスケ。

 彼はロイがアンの横暴な戦い方に怒っていたのだとすっかり思っていたはず。


 しかし、どうやらロイが怒っているのは違う理由らしい。


「食堂の恨み、ここで晴らす」


「お前……。 どんだけ心狭いんだよ!」


 食堂で起きた、アンカーとロイの衝突。

 戦闘が起きるのではと危惧したダオレスとサクヤによって止められたあの一件。

 ロイはずっと根に持っていたのだ。

 

「気に食わないやつはぶっ飛ばす。 こう見えて俺は危ないぜ」


「自分で言うな!」


 ヤスケの言葉を耳にし、ロイはゆっくりと入場口へ向かう。

 本当に秘めたる思いは、食堂のそれではない。

 ヤスケにこの思いを気づかれたくないと思って、咄嗟に嘘をついた。


 アンがなぜ家に拘り続けるのか。

 なぜ必死にもがき続けるのか。

 それが少しだけわかった気がした。

 わかった気がしたから、余計腹が立っていた。

 自由なアルフレッド家と正反対の位置にある、由緒正しい厳格なスカーレット家。


(人の家族に口を出すことはしたくねえんだが、うちのパーティメンバー候補なんでな)


 その怒りをぶつけに行くように、ロイは入場口から現れる。


「え~っとこちらの資料では次戦はカーラ・プライム選手でしたが、第六試合はロイ・アルフレッド選手するようですッッッ!」


 ざわざわすることもなく、観客たちはアンカーの応援。

 それもそのはず、アン一人にいいようにやられてしまったのでは第二のプライドに傷がつくというもの。

 アンカーがここから四人抜きをしてくれることを、第二の生徒は少なからず期待していることだろう。

 

 目の前にいるアンカーはそんな生徒の期待を背負っているようには見えない。

 ただ何かの怒りをロイに向けているような気がしていた。

 

「こんなチビが戦えるのか?」


「うるせえよ赤ガキ。 雑魚は黙っとけ」


 両者の間には緊迫した空気が流れていた。

 アナウンサーの開始の合図を待たずとも、戦闘が始まりそうな雰囲気。

 ロイは平然と構えながら開始のスタートを待っていた。

 いつでも、いつからでも、このアンカーを倒す準備はできている。


「それでは、第六試合スタ——」


 アナウンサーが言葉を言い終える前に両者は敵に飛んで行った。

 ロイが相手の実力をしっかり測定できているからこそ、容赦はしない。


 観客たちもアンカーの余裕の勝利を確信していたはずが、駆け出した二人のに度肝を抜かれているようだ。

 中央のコロッセオに釘付け状態となり、歓声は消えている。


「トです!」


 実況担当の生徒が台詞を言い終えた瞬間、二人の魔力が激突した。

 激しい魔力の衝突により、お互いの魔力に吹き飛ばれる形となった両者。

 互いに全く同じタイミングで魔力を練り上げる。


「『キラー・コンテンツ』」


 アンカーの背後には巨人が現れた。

 魔力で作られた巨人はアンカーの上半身の動きに連動している。

 豊富な魔力量を有していなければ、ここまでの巨人は作り出せない。

 伊達に三傑と呼ばれているわけではない。

 その自信と自負が巨人にも現れているようにも思えた。

 スキルというものは、その人物の性格を色濃く反映することが多い。

 自分に関係したものの方がスキルを作りやすく、使いやすいというものだ。

 アンカーがそうやってスキルを作ったかどうかはさておき、アンカーの背後に現れている魔力はロイが警戒する必要があるほどに強大で強力。


 ロイはその強大な魔力に怯むことはなく、笑顔で前進を続けた。

 巨人とぶつかり合っても戦えるだけの魔力を拳に纏わせ、アンカーの元まで飛びかかる。

 巨人の長く太い腕とロイの小さな拳が激突。

 稲妻のような魔力がコロッセオに伝播していき、観客を守るための魔力障壁が激しい点滅を繰り返す。


「ひっ!」


 魔力の衝突が終わったあと、観客席にいた一人の女子が短く小さい悲鳴のような声を上げた。

 その女生徒の視線の先には魔力障壁にぶつかっている黒い影がずるずると下に落ちて行った。

 その声はロイの耳に確実に届いている。

 なぜならその黒い影はロイ自身。

 巨人の魔力によってロイが吹き飛ばされたことで、魔力障壁へと激突してしまったのだ。


「意外にパワーあるんだな」


 ロイはぶつかる寸前、フルパワーで魔力を放出したわけではない。

 アンカーの魔力を推測し、最低限引き分けになるぐらいの魔力を練り上げて拳を振るった。

 しかしアンカーの魔力はロイの想像を優に超えており会場の隅、いわゆる魔力障壁が展開された観客席まで軽々と吹き飛ばされてしまったのだ。

 ロイは魔力の探知に長けている、それはつまり相手の魔力量も瞬時に計算できてしまうものだ。

 それは頭の中で計算していることではなく、直観的に感じるもの。

 つまりロイの記憶にアンカーのような魔力を持った敵と出会った事がない。

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