第57話「次女の苦難」
「一年生同士の魔力演武、第一試合は第一王立学園アン・スカーレット VS 第二王立学園ダン・プローシャ選手です!」
正反対に設置された選手の入場口から第一、第二それぞれの選手が入場してくる。
第一王立学園からは入試ランキング一位の実力者であるアンと第二王立学園の男子生徒。
こ魔力演武に選ばれるほどの実力を持った者。
アンは今にも攻撃をしそうなほどの魔力を纏わせ、ゆっくりと入場した。
選手二人は一定の距離で止まり、相対する形となる。
アンはちらっと上部に設置された来賓室を見た。
そこに立っているのはアンの姉、アート・スカーレット。
ちらっと見ただけにも関わらず、アートはじっとアンのほうを見つめていた。
(ここで姉さんに証明して見せる。 私は、強い)
「それでは第一試合、スタートです!」
アナウンサーの甲高い声が鳴り響いた。
アンはすぐさま刀に魔力を集める。
自分の魔力をすべて刀に預けられているかのような魔力。
刀から漏れ出る魔力に相手選手も少し引き下がった。
「ウノ・スタイル、『ホムラ』」
アンは一歩で男の前に辿り着く。
男はアンの瞬間的なスピードについていけていない。
逃げることも、反撃することも許されない。
そして、アンは男を一閃。
男はシャボンになってぷかぷかと浮かびあがった。
「……え、えっと~。 勝者、アン・スカーレット選手!」
開始わずか一秒。
アナウンサーも思わず驚きを見せてしまったが、ひとまずこの試合結果を報告した。
割れんばかりの歓声が場内に巻き起こる。
第二の選手が負けてしまっていたとしても、アンの実力に観客たちも思わず声が漏れ出たようだった。
(あと四人……)
* * *
アンは最初から全開の魔力を放出して敵を倒していった。
二人目、三人目を見事に撃破。
その時間はどれも短いもので、一方的な試合を見せていたアン。
観客の歓声も次第に弱まっていきアンの実力に目が慣れてしまっている、そんな様子であった。
「はあ、はあ」
最初から飛ばし続けていたアンにもとうとう疲れが見えていた。
あれだけの魔力を放出しているのにも関わらず、こうして立っているだけでも賞賛されるほどのことだ。
「第二王立学園、続いての選手はマルゴ・ドラグ選手の登場です!」
ゆっくりと入場口から入ってきたのは、顔がいかつい男。
彼が纏う凶暴性を含んだ魔力も彼の性格を裏付ける一つの要因となるだろう。
「前夜祭では世話になったなあ、アン・スカーレット。 でもまあ姉ほどの実力はなさそうだな」
へっと笑ったマルゴにアンの眉間がピクリと動く。
「……あなたも私を認めていない一人ですか」
アンの魔力はもうすぐ枯渇する。
それでもアンは魔力を構わず解放した。
自身から沸々と湧く怒りを魔力に変えるようにして。
「それでは魔力演武第四試合、スタートです!」
「かかってこいよ」
「言われてなくても」
アンは恒例となっているように一瞬でマルゴの元へ辿り着いた。
スキルは使わず、抜刀して彼に斬りかかる。
「はっ! その程度か、スカーレット」
マルゴはアンの一閃を上半身だけ仰け反らせて避けた。
「『ノッキング・ショット』!」
刀を振り抜いた無防備なアンに対して、マルゴは鋭い蹴りをみぞおちに向かって放った。
魔力の籠ったその蹴りに対し、防御もままならなかったアンは吹き飛ばされていった。
「まだだ」
すると蹴飛ばしたはずのマルゴが一瞬でその場から姿を消した。
そのマルゴはいつの間にかアンの背後に現れる。
「おら!」
空中で身動きが取れないアンを再び蹴飛ばした。
逆向きの運動エネルギーが加わり、今度は飛んできた方向にアンが吹き飛ばされる。
そして再びマルゴはアンの背後に回る。
まるでキャッチボールでもしているかのように、アンは空中に飛ばされ続けた。
アンの体力とともに、闘志も消えかける。
誰にも相手にされなかった、誰からも認めてもらえなかった。
そんなスカーレット家にいた過去が走馬灯のようにアンの頭を駆け巡った。
誰かに見てほしい、誰かに愛してほしい。
子供には到底受け入れることができない困難をアンはずっと抱えている。
だから、アンは実力を磨いてきた。
必死に修行を重ねてきた。
それをしないと、生きている意味を見いだせなかったから。
いつか家族に認めてもらえる、そんな淡い期待にしがみつくしかなかった。
アンは目を閉じた。
マルゴに蹴飛ばされ続ける中でもできる範囲で呼吸を整える。
心が落ち着いていないときは、こうして深い深呼吸をして自分のメンタルをコントロールするアンのルーティン。
(私は、いつか必ず。 いつか絶対にスカーレット家のアンとして皆に認めてもらう!)
マルゴに蹴られた瞬間、アンは刀の柄に手を置いた。
脚と地面が平行になっていた体を、空中で回転させ垂直の方向に戻す。
「ドス・スタイル、『ミナモ』」
アンはだれもいない空に向かって抜刀。
マルゴはアンの放った魔力を気にせず、再びアンに向かって蹴りかかった。
ただその攻撃はアンの魔力、正確に言えば変換されて水になった魔力になった魔力に止められた。
その水はみるみるうちにマルゴの体を包み込む。
球体となった水の中にぶくぶくとした気泡が浮かび上がっていた。
「水は、電気を通しやすい。 果たして、どうなるのでしょうか」
あたふたと体を動かし続けるマルゴ。
魔力を使ってその魔力を出ようとしているが、呼吸が困難なためかうまく魔力を制御できていない。
アンは左足を引き、腰を落とした。
抜刀の構え。
美しく洗練された所作。
これがスカーレット家として生きたことの証明。
「トレス・スタイル、『イカヅチ』」
一閃。
アンから放たれた魔力が電気に変わり、稲妻のようになった状態でマルゴが閉じ込められている球体に向かっていった。
「がが、うごごご」
言葉さえもうまく喋ることが許されないマルゴ。
凄まじい速度で放たれた稲妻により、球体が光る。
球体があった場所から浮かんだシャボン。
「試合終了! 第四試合の勝者は、またしてもアン・スカーレットだあああああ!」
「あと一人」
* * *
「ふぅ~、間に合ったぜえ」
まるで真っ昼間の農作業を終えた農夫のような顔でトイレから出てきたのは、ロイ・アルフレッド。
『試合終了! 第四試合の勝者は、またしてもアン・スカーレットだあああああ!』
スピーカー越しに伝わった実況者の雄叫び。
そして、少し遅れて近くのコロッセオから割れんばかりの歓声が聞こえてきた。
「む? 何事だ、テロリストでも現れてくれたか?」
自身の『退屈』を消してくれるかもしれない存在が現れたかもという、淡い期待。
誰かが聞けば「何を言っているんだこいつは?」と思うかもわからないが、ロイは本気でそういう出来事が起きてくれないかと常日頃から期待している。
が、そんなことは日常では起こらない。
先ほど聞こえてきた実況者の声。
そして、アン・スカーレットという名前。
「アンちゃんやるなあ、やっぱりお姉さんにいいとこ見せたかったんだろうなあ。 ツンデレキャラっていうのも、大変な役回りだぜ」
ロイは一刻も早く、未来のパーティメンバーの活躍を見なければならないと思い駆け出す。
ドン!
「おっと、大丈夫かい?」
「あ、すみません」
「あれ、ロイ君?」
「図書室官房長官? お疲れ様です!」
ロイはその細身の男性、ブライト・ポートフルを見て敬礼をする。
「魔力演武に出場しているんだろ? 早く行かなくていいのかい?」
「うん、でもうちのクラスメイトがかなり頑張っているみたいでね。 俺の出番はないかも」
「そっか。 でもうちの一年生にもいい子はいるよ」
「む? 長官が言うなら……」
ロイは斜め上を向き、魔力演武に出場する第二の生徒たちの顔を考える。
「う~む」
手を組み、顔をしかめ今度は地面を見つめる。
だがロイの中に、ロイの『退屈』を消してくれるような人物はいなかった。
「どこか信用されていないみたいだね」
「面白そうなやつがやっぱりいないよ。 強いて挙げれば、あの赤髪ぐらいかな」
「アンカーのことかい?」
「む、長官の知り合いなのか」
「まあ少しだけね。 僕は彼に期待していてね、きっと君を楽しませてくれると思うよ」
正面に立ちながら微笑を浮かべるブライトに対して不思議な感情を抱いていた。
ロイが出会ってきた中の人物はたいていロイのビッグマウスには呆れ顔を浮かべていた。
第二王立学園の選抜された一年生には相手がいない。
強いて挙げるなら、三傑のアンカー・シャダウィンスのみ。
ロイのことを古くから知っていれば、言っていることが嘘などではなく本心でそう言っているということがわかる。
だが最近出会った相手、しかも第二王立学園の人物が合同演習に選ばれたというだけで納得するわけがない。
けれどこのブライトという先輩は、まるでロイをずっと見て来たかのような分析をしている。
ロイの目に映るブライトという一人の人間。
性格はもちろんのことだが、隠しきれていない実力がロイの心をくすぐる。
本音を言えば、魔力演武はこの人物と戦いたい。
だが今はその暇はないのだ。
サラを守り、ナナを仲間にしなくてはならない。
そして第二王立学園の選挙にも関わらないといけないのだ。
ヤスケにも釘を刺されたが寄り道している暇はない。
「おっとそろそろ行かないとまずいな。 ではまた会おう、長官」
ロイは足早にこの場を去った。
これ以上この場に留まってしまえば、余計なことが頭に浮かんでしまう。
ブライトとはまだこれから出会う機会はきっとあるはずだ。
なければどんな手を使ってでも、ロイがブライトと戦うようにセッティングするまで。
(いかん、いかん。 今は集中するべきことがあるだろう)
* * *
「大丈夫か、アンちゃん。 さすがにもう限界だろ」
心配した様子でモニターを見つめていたのはヤスケ・ガーファン。
毎試合、全部の魔力を使っているようなペースで魔力を放出し続けているアンはもう限界が来ているはず。
いくら入試ランキング一位だろうが、プロの上位に入るものであろうが魔力量の限界というのは必ずある。
「とっくに限界は超えている。 今は意地だけで立っているようなもんだ」
同じくモニターを見つめていた天然パーマのケイト。
モニターに映っていたのは、片膝をついて座っているアンだった。
呼吸の度に背中が揺れており、誰が見ても体力の限界が来ていることは明白。
「ねえ、もしアンさんが倒されたら次は私でいいかしら?」
ロイとヤスケに向かって質問を投げたのは、カーラ。
余裕の笑みを見せ、まるでアンが負けるのを願っているような口ぶり。
「俺はいいけど、ロイがなんて言うだろうな」
「問題ないわよ。 あの子、魔力演武になんかに興味ないでしょ。 だからあの子が到着した頃には魔力演武は終わらせてあげるわ」
「それは偉い自信なこって」
自信家のカーラを尻目に、ヤスケはアンの様子が気掛かりであった。
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