第2話「退屈な入学式」

「続いては、学園長のお話です」


 生徒の注目を浴びていたのは桃色髪の女性。

 壇上の隅でほっそりと言葉を発しているのにも関わらず、彼女が放つオーラに生徒の視線は釘付けである。

 マイク越しに伝わるゆったりとした可愛い声音、時折見せる恋の落とし穴えくぼに新入生の男子が思わず声を発している。

 王立学園の制服、そして青色のネクタイを結んでいた桃色髪の女性。

 入学式の司会を務めているということは、彼女は学園の中でも上位の地位にいるのだろう。

 

 入学式。

 形式的な賞状の受け取り、聞きたくもない来賓者紹介。

 入学式が始まってからすぐにうとうとしていたロイは、学園長という名前を聞いたときだけ目線を上にした。

 

 壇上にゆったりとして上がってきたのは初老の男性。

 白い髪をゆらゆらとなびかせ、白いひげを蓄えたまさに年相応という人物。


 ロイはこの顔を知っている。

 

「ごほん。 私はレイド・グローウッド、第一王立学園の学園長を務めておる」


 体育館の舞台上で話をし、生徒の注目を集めている男性の名前はレイド・グローウッド。

 ロイの母ベル・アルフレッドの父親に当たり、ロイの祖父である。

 見た目はどこにでもいるただのおじいさんであるが、実力は国でも五本の指に入ると言われているほどの魔力使い。

 加えて魔力の常識を覆すほどの偉業を成した人物でもあるのだ。


 魔力を扱える者ならだれでも見たことのある顔。

 そんな彼の話を聞かない新入生が王立学園にいるはずがない。

 ただ一人を除いては。


 レイドが話し始めた途端、ロイは目を瞑り寝ることを決意した。

 レイドがどれほど偉大な人物だろうが、国屈指の魔力使いと言われていようが、彼 の中ではただのおじいちゃんでしかない。

 常に退屈を覚えているロイが、レイドの話に耳を傾けるはずはなく再度目を閉じて自身の睡眠に深く入り込んだ。



「この学園での三年間は、非情に大事なものが詰まっとる。 勉学に励み、魔力を極め、己が目指す目標に向かって突き進んでほしい」


 レイドは新入生、一人一人に視線を移しながら話を進めた。

 ゆったりとした口調、重みのある声音。

 佇まいだけで凄いと言わせてしまうほどの男性。

 

 レイドの言葉には新入生も傾聴していた。

 第一王立学園の学園長、その肩書だけでも知名度があるレイド。

 それだけではなく魔力の教科書にも載るほどの功績を収めた人物。

 第一王立学園に入学してきた新入生が知らないはずはないだろう。


「そして、魔力を使う上で大事なことは常に周りに気を配っておくことじゃ」


 己の経験を語るように重要にゆっくりと語り掛ける。


「幾度となく困難が君たちを襲う、どれだけ注意深く人生を歩こうとしても、必ずと言っていいほど困難は襲ってくる。 だからこそ、常に周りを警戒しておくこと。 そうすれば、困難な道であっても解決の糸口が見つかる」


 レイドはにやっと笑った。

 明らかに説法を解く者の顔ではない。

 まるで今すぐ困難な道に案内するかのような顔つき。


 その瞬間、照明が落とされ、体育館のカーテンが一斉に閉められた。

 わずかに差し込む日光。

 しかし、その光源だけでは十分に体育館を明かりで包むことはできていない。


ボンッ!


 先ほど照明だった機材から魔力が放出された。

 風船ほどある魔力のかたまり。

 スピードは人間がボールを飛ばすぐらいの勢いだ。


「きゃー!」


「なんだ!?」


「うおっ!」


 突然の攻撃に驚きを隠せない新入生が大半。

 悲鳴を出しながら体育館を駆け回る者、椅子から転げ落ちびくびくと震えている者。

 ごくわずかではあるが、反撃をしている者、椅子を盾にして魔力弾から攻撃を守る者もいる。

 

 いくら生徒が騒ごうが魔力弾の放出は止まることはない。

 壇上のレイドはもちろん、体育館の壁沿いにいる教師陣たちも微動だにしていなかった。


 魔力弾の放出に対応を追われる三者三葉の新入生の中でも異質な存在がいる。

 その人物はこんな悲鳴が巻きおこっているなかでも悠々自適に惰眠を貪り、可愛い寝顔を崩していない人物だ。

 魔力弾から逃げることも、体を守ることもしていない。

 もちろんそんな事ができる新入生は、ロイ・アルフレッドしかいないことだろう。


「わっ!」


 運悪く、というか仕方なく照明から放たれた魔力に当たってしまった者はシャボン玉のようなものに包まれふわふわと浮かんでいた。

 

 特殊制服。

 王立学園に入学した者は魔力が練り込まれた繊維によってできた特別な素材の制服が配られる。

 照明から放たれた魔力程度なら身体に傷をつけることはなく守られる防護服の役割を果たしてくれている代物だ。

 この制服を編める人物は世界でたった一人だけ。

 そのため希少価値も高く、高価な制服なのだ。


 もう一つ、入学時に配られていたのは腕時計型デバイス。

 時計としての役割はもちろんのこと、制服のダメージをデバイスのディスプレイに表示させてくれたりと、そのほかにも使用用途がある便利な代物だ。

 

 制服のダメージは最高が百で設定されており、制服にダメージが入れば数値が減っていく。

 その数値が〇になったときに、自動的に簡易的な魔力障壁が展開され、シャボンと呼ばれる丸い球体に包まれ体が上空に浮かんでいく仕組みとなっている。


ボンッ!ボンッ!ボンッ!


 いくら生徒がシャボンに浮かんでも、まだまだ続く照明からの魔力掃射。

 ロイの眉は照明から魔力が放たれるたびにぴくぴくと動いていた。

 魔力弾が放たれた瞬間から、ロイは起床。

 体育館という眠ることには適していない場所での睡眠のせいで、一瞬で半覚醒まで辿り着いた。

 半分寝て、半分起きている。

 気持ちは寝ようとしている。

 そんな中あちらこちらで魔力弾が放たれ、生徒たちが逃げ惑いながら叫んだり、魔力弾を弾き返そうと必死になっている。

 寝起きが悪いロイにとって、この状況は悪夢に近い鬱陶しさを覚えていた。


* * *


 照明からの魔力掃射があって背筋をピンと伸ばして席に座り続けている異質な存在がいた。

 アン・スカーレット。

 彼女は右隣で寝ている男の子のように、居眠りをしているからここに座っているわけではない。

 アンはこのイベントの仕組みをすでに見抜いていた。

 頭上を飛び交う魔力弾。

 椅子と椅子の隙間に飛んでくる魔力の球体。

 体育館の椅子は均等に、ちょうどボール一つ分空いて配置されている。

 

(やっぱり、そうみたいね……)


 魔力弾はそこまでの威力は持っていない、魔力弾が射出されたときからアンはこの事実を見抜くことができていた。

 制服にさえ当たらなければ、シャボンにはならない。

 そしてシャボンは椅子と椅子の隙間にぴったりと飛んでいる。

 椅子から動かなければ、照明から放たれる魔力弾は当たらない仕組みなのだ。


 別にシャボンになったところでアンはどうでもよかったのだが、なぜかプライドがそれを許さなかった。

 常に美しくあれ、由緒正しいスカーレット家は所作や作法もちろんのこと、生き方さえも徹底的に教育されてきたからである。


(本当に嫌気が差すわ)


 スカーレット家には現在二人の娘がいる。

 アート・スカーレットとアン・スカーレット。

 アートの才能は幼少期から花を咲かせ、今に至るまでスカーレット家の顔として君臨していた。

 その陰に隠れて生きていたのが、アン。

 常にアートと比べられ、アートができることをなぜできないのかと厳しく追及される始末。

 日に日に家族からの期待も薄れていき、終いにはアンのことを気に懸けてくれる人物など一人もいなくなっていた。

 

 アンに才能がなかったわけではない。

 その才能を簡単に越していったのがアートだっただけ。

 そんな悲運を嘆いたところで、家族からアンに対する態度は変わらなかった。


「……私は必ず姉さんを超える」


 アンは誰にも聞こえない声でぼそりと呟いた。

 彼女の決意は簡単に崩れるものではない。

 幼い時から今に至るまでずっと蓄積されてきたものだから。

 この学園に入学してきたのも、姉を超えるため。

 この学園の卒業生であり、国でも有名な剣豪のアート。

 その姉に追いつき、追い越す。

 それをしなければ、アンの存在意義はどこにもないのだから。


* * *


「ではそろそろ君たちの出番かのう」


 レイドは長いひげを擦りながら、舞台袖に立つ二人の学生を見た。

 先ほどまで司会を務めていた桃色髪の少女、生徒会副会長サクヤ・スターダスト。

 そして舞台袖で的確な指示を出し続け、入学式をつつがなく進行していたこの学園の生徒会会長、ダオレス・シルバー。

 美男美女の二人が持っていたのはその容姿に似つかわしくないナイフ。

 しかし、そのナイフの刀身はゴムでできていた。

 一見子供のおもちゃのような見た目であるが、刀身にはうっすらと魔力が纏わりついていた。

 そのせいでおもちゃのようなナイフが一気に凶器へと昇華していたのだ。


「くれぐれも本気を出さないようにな」


「わかってます、学園長」


「はあーい!」


 ダオレスは目を細めながら微笑み、隣にいたサクヤも目尻を下げて元気に手を挙げた。


「行くよ、サクヤ」


「うん!」


 この体育館にシャボンになっていない生徒は五名。

 そのうちの一人は席に座って優雅に照明から放たれた魔力弾を眺め、一人は隣で寝ている。


「お、そうだったダオレス君」


「はい?」


 壇上から降りようとしたとき、レイドに止められる。

 レイドのほうを振り向いたダオレスは、不思議そうな顔で言葉を促した。


「あの寝ている学生には本気を出しても構わんよ」


 寝ている新入生ロイ・アルフレッドを指さして、ほっほっほと笑ったレイド。

 

 ダオレスはその言葉に意見することはしなかった。

 ここに残っている新入生は間違いなく実力者、もしくは金の卵。


 ダオレスも本気は出すつもりはなかったが、新入生であっても手抜きはしないつもりであった。

 ただレイド学園長から本気を出してもいいと言うお墨付きの学生であれば話は別。

 新入生の中でも特別な存在というのは明らかだ。

 生徒会長以前に、王立学園の学生として興味が湧いていた。


 ダオレスとサクヤ。

 第一王立学園の最高戦力である二人が、壇上から飛び降り期待の新入生への

を開始した。

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