強すぎるスキルを持っているので縛りプレイをしながら楽しいことを見つけたいと思います~大富豪の息子は五人のメイドに囲まれながら超余裕な人生を嗜む~
松浦
第1話「最強と退屈」
もしこの世が全て筋書き通りだとしたら、この世に存在する全ての人は登場人物となってしまうのだろうか。
主人公が決まり、ヒロインが決まっていく。
定められた運命、仕掛けられた困難。
物語はいくつもの困難を与え、いくつもの悲しみと喜びを主人公に与える。
では、そんな喜びを得られない主人公だとしたら、一体どんな物語になってしまうのだろうか。
困難を苦難と感じず、そのせいで喜びも得られない。
悲劇を悲運とは捉えることはできず、そのせいで悲しみも感じない。
主人公に目的がなくなってしまった話は、物語と言えるのだろうか。
例えばチートスキルを持った主人公の物語。
悪者をやっつけ、ヒロインを救い、果ては世界を救う。
物語の途中で挫折し、力を身に着け、強敵に打ち勝つ。
そんなサクセスストーリーがあるからこそ、面白いし物語として成立する。
しかし、挫折など経験がなく、生まれた時には圧倒的な力を持ち、主人公に勝つことができる強敵など存在しない。
そんな物語だとしたら、どうなるのだろうか。
退屈した物語になってしまうのだろうか。
でもそれも一つの物語と捉えるとしたら、そんな退屈だらけの物語も少しだけ覗いてみたいものだ。
* * *
「はあ、はあ……」
可愛らしく、童顔な女性がベッドの上で苦しそうに呼吸をしていた。
彼女の呼吸は落ち着いた深呼吸ではない。
まるで全速力で走ったかのような息遣いだ。
その姿に息を飲んで心配そうに見守っている周りの人々。
周りを取り囲む人物に顔が綻びている様子はない。
「う、おぎゃあああああ!」
赤子が泣いた瞬間、ベッドを取り囲む周りの人々に笑みが宿り、皆口々に賛辞の声を上げる。
安心して安堵するもの、可愛くて仕方ないという目で見ているもの、そして指をくわえながら赤ん坊を不思議そうに見ている少女。
「あ、泣いちゃったよお父さん」
指をくわえていた少女は隣にいた男性の裾を掴んで声をかけた。
清潔感が溢れ、背筋もピンと伸びておりいかにもできるという言葉が似合う男性だ。
「テーゼ、これは赤ちゃんの仕事なんだ。 だから、悲しいことではないんだよ」
優しい声音で話しかけた男性の表情は柔らかで、その少女の頭を優しく撫でる。
「ふふ、可愛い顔。 私に似てるかな?」
苦しそうにしていながらも微笑を浮かべ赤子の頬を指でなぞった女性。
苦しい出来事があったのにも関わらず、心底嬉しそうな顔。
「あなたの名前はロイ。 ロイ・アルフレッド」
未だに泣き続ける赤子。
まだ何も知らない彼は呼吸をすることで精一杯。
彼がこれからどのように育ち、どんな人生を歩むのか。
この場にいるものでわかる人物はいないだろう。
生まれたばかりの赤子の人生を知っている者など一人もいないはずだ。
「おぎゃああああああ!」
泣き喚く、赤子の手を握った者が一人。
テーゼと同じぐらいの身長の少女、しかし恰好は白と黒を基調としたメイド服を着ていた。
* * *
カッターシャツに袖を通し、赤色のネクタイを結ぶ。
上から茶色のブレザーを羽織り、ブレザーの胸元にあるエンブレムは金糸が混ざった第一王立学園の刺繍。
背格好こそまだ大人とは呼べないが、制服を着れば立派な男子高生。
体を回転させ、後ろにある鏡を確認。
埃などがついてないことを確認したのち、既に両手に装着してあった黒の皮手袋を「よしっ」という言葉を小さく言ってはめなおした。
コンコン
「失礼します。 ロイ様、ご準備は整いましたか?」
「ああ」
アルフレッド家。
国の資産の三%ほどを所有していると言われている、国屈指の大富豪。
その第二子として生まれたのが、第一王立学園の制服に身を包んだロイ・アルフレッドだった。
ロイの身支度を待っていたのはアルフレッド家のロイ専属メイド、ローズ。
まるで人形のように美しく整った、端正な顔立ち。
きりっとした緋色の目。
腰まで伸びた艶やかな銀髪は寝ぐせ一つなく、綺麗に梳かれていた。
彼女はロイと同じ制服に身を包んでいる。
すらっとした体つきで、黒のストッキングがより彼女を艶めかしく魅せており、異性であれば釘付けとなって見てしまうことだろう。
しかし、そんな美女がいてもロイは眉一つ動かすことはない。
家族同然の存在であるローズの制服姿を見たところで日常の一ページでしかない。
ローズが絶世の美女であろうが、人類最強のブサイクな顔立ちであろうが接する態度は変えない。
それが家族というものだろうと、ロイは結論付けている。
「ロイ様が一人で服を着られるなんて、私感激いたしました」
表情を変えることはないが、含みのある言い方をしたローズ。
「いや、俺結構前から一人で着替えてるけど」
ロイの言葉に突如として黙り込んでしまった彼女は、顎に手を当て考える素振りをしている。
「……学園に入学するロイ様に感動を覚えるメイドを演じて見たのですが、どうでしょう」
小首を傾げて、ロイに尋ねたローズ。
きょとんとしたその顔は可愛らしかったが、可愛いという感情には惑わされないのが主としての務めであろうか。
「どうも何も、顔の表情が変わってないし、声の抑揚もないから何も感じないな」
「そうですか、それは残念です」
ロイの返しにすぐさま元のクールな顔に戻したローズ。
相変わらず機械のように表情に乏しい女性だとロイは心の中で嘆いた。
本日は王立学園の入学式。
ロイが生まれたこの国、【シャイナー・カントリー】は六つの都市に分類される。
その都市一つ一つに王立学園が建てられており、魔力を持つ優秀な者が入学する学園となっているのだ。
そしてロイが入学するのは、都市【ロイヤル・キャピル】の第一王立学園。
「ロイ様、学園に向かわれる前に一つだけお伝えせねばならないことが……」
「わかってるよ、プレゼント・チルドレンのことだろ?」
「ご承知であれば結構です」
プレゼント・チルドレン。
十万人に一人の割合で生まれるとされる、特別なスキルを持って生まれた子供を指す名称だ。
ロイはそのうちの一人。
このスキルのせいで、ロイの人生は生まれた瞬間から退屈なものになってしまっているのだった。
* * *
「では私はこれで。 ロイ様一人で体育館まで行けますか?」
「あのな、ローズ。 俺身長こそ小さいけどこう見えて今日から学園生なわけだよ、それにねそこそこ頭もいいわけだよ」
「はい、それは存じております」
「こんな一本道間違えると思う?」
ロイが指さした方角に新入生が集まる体育館は存在している。
それに赤色のネクタイをした新入生が皆同じ道を歩いているのだ。
「はい」
ずこっとロイが横に滑る。
「ロイ様は寄り道して遊んでしまう恐れがあるので」
「今から入学式なのに、そんなことはしねえよ!」
「そうですか。 ではロイ様、お気をつけて」
無表情のローズは声の抑揚もついていない。
まるで機械のような彼女。
「うわ~、美人さんだあ」
「あの人めちゃかわじゃね?」
「あんな人が先輩にいるなんて、俺この学園入ってよかったぜ~」
ただし、そんな機械のような彼女でも先ほどから男女問わず新入生の目をくぎ付けにしていた。
ローズが美人の部類に入ることは一緒に生きていれば周りからの反応を見ればわかることではある。
同時に、ローズと同じ立場で喋っている低身長の自分が釣り合っていないこともよくわかっている。
だから、ロイはその視線に居心地の悪さを感じているのだ。
「なあローズ、お前もしかして学園で有名人なの?」
「さあ、私は普段通り生活しているだけなので」
「じゃあ、有名人じゃねえか」
普段通りに振る舞う、つまりローズが普通に過ごすということは学園生では考えられない戦闘スキルを発揮している証拠だ
はあーあと溜息をついたロイは少し頭を垂らす。
目立ちたくない、というのは学園に入学が決まったときに決意したこと。
いくら人生が退屈だからといって、決して目立ちたいわけではない。
ひっそりと暮らし、普通に学園生活を送れればそれでよい。
学園内のローズとの関係性は姉と弟。
ローズが強いとなってしまえば、弟へ注目を集まってしまうのは当然のことである。
その変えようがない過去を知ってしまったロイは、自然と頭に重りがついたような感覚になってしまったのだ。
「まあ、仕方ねえ。 んじゃ、おれはこっちだから」
重苦しい声でロイは別れを告げ、とぼとぼと入学式の会場である体育館へと向かった。
「はい、お気をつけて」
ローズと別れたロイは人混みに溢れた学園を進む。
道は綺麗なアスファルトで舗装され、奥には大きな城のような建物がある。
入学前の希望に満ち溢れた学園生。
はやくこの学園に入学したいという気持ちを抑えられない様子で足早に集合場所の体育館に駆けている。
じっくりと学園の様子を眺めているものなどロイ一人だけだ。
「金掛かってんなあ」
その城に近い学園をまじまじと見ていたロイ。
学園を眺めているロイを気にするものなどこの場にはいない。
入学前から退屈を覚えている人間など、ロイしかいない。
入学に心を躍らせる者、友達ができるか不安な者、学園で良い成績を収めるために張り切って入学してきたもの。
ロイはそのどれにも当てはまらなかった。
彼の退屈は目の前に見えている世界を全て砂漠のように映し、乾ききった喉のようにじわじわと心を蝕み続けている。
常人であればとっくに殻に塞ぎこんで、死を待ちわびていたかもしれない。
ロイにもその可能性はもちろんあった。
資産を持つアルフレッド家に生まれたことが彼の退屈を微量ではあるが和らげてくれたのだが、お金をいくらつぎ込んでも彼の退屈を壊すことはできない。
アルフレッド家の力だけではロイを退屈という穴から抜け出させることはできない。
ずっと付きまとってくるのだ。
まるでゴールのないマラソン。
それをずっと走っているような辛さがロイの心には存在し続けている。
「ま、いいや。 どうせすぐ飽きるだろうし」
ロイが第一王立学園に入学した理由は、この学園の長であるレイド・グローウッドからの熱烈なラブコールによるもの。
レイド・グローウッドはロイからすれば母方の祖父に当たる。
昔からロイを可愛がってくれ、ロイの良き遊び相手でもあったレイドの誘いなら、という義理人情のようなもので学園に入学してきた。
レイドからの誘いでなければ間違いなく断っていたのだ。
もしかしたら、退屈を消してくれる人物がいるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いているのもまた事実。
しかし、そんな期待はすぐに消えてしまうのがロイのこれまでの人生で証明され続けてきた。
「じいちゃんには悪いけど、そんなに面白そうなやつもいなそうだしな~」
ロイは周りにいる人物をちらっと見て魔力量を測っていた。
ぱっと見ただけではあるが、ロイに勝てそうな人物は一人もいない。
「はーあ。 学園、爆発でもしねえかな」
彼のブラック・ジョークを聞いた者は一人もいないだろう。
赤色のネクタイを身に着けた新入生は城のような学園に向かって突き進んでいく。
ロイはその新入生たちに抜かされながら、ゆっくりと退屈そうに足を前に出した。
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