第61話「本気の戦い」

「アンカー」


 ロイは空に向かって言葉を発した。

 

「あ?」


「強者と戦え、そいつを喰らえ。 そしてお前が数段階レベルアップしたとき、本気の戦いをしよう」


「何が言いてえ。 てめえとはここで決着をつける、二度と俺に逆らわないように完膚なきまでに叩きのめす」


「そうだな、お前はそういうやつだ。 それでいい、そうやって強者と戦い続けろ」


 強者を喰らい続けた先にまっているのは、『退屈』かもしれない。

 けれどその前にロイがアンカーの前に立ち塞がってみせる。


「アンカー、この戦いは最初の一歩だ。 だからこの戦いは強者とはどういう者かを、直々に俺が教えてやる」


 ロイの体から魔力が溢れ出す。

 その魔力はひしゃげたロイの関節を満たすように流れていき、元々の体を形成するかのようにロイの体を治癒する。

 そしてひしゃげていたはずのロイの体はいつの間にか完全に回復し、アンカーと戦う前の状態となっていた。


「ふー。 これ使ったのは久しぶりだな」


「……これがお前のスキルか?」


 アンカーは立ち上がり、再生したロイの体を驚いた顔で見ていた。


「いや、これは魔力の応用だ。 まあ、これできるやつはなかなかいないと思うがな」


 アンカーは勢いよく地面を蹴って、ロイへと腕を伸ばす。

 彼に纏わる巨人も連動してその巨大な腕を振り抜いてきた。

 

 眼前に迫る巨大な魔力の拳。

 ロイの魔力を最大限出せば止められるかもしれないが、ここで全ての魔力を使うわけにはいかない。

 アンカーの魔力量はそれだけ脅威、ここでロイが全開で止めたところもう一撃当てるだけの魔力量を有している。

 ロイが選択した行動は、正面からアンカーの攻撃を受けること。


破型はけい、闇入り。 『低反発マジック・リペラル』」


 自身の周りに球体のような魔力を展開し、アンカーの攻撃を受け止める。

 球体に拳がぶつかり、衝突した箇所は大きくくぼんだ。

 アンカーの魔力とロイの魔力でせめぎ合いが起きている最中、アンカーの魔力の圧がありめり込んでいく球体。


「バウンド」


 パンッ!と音が鳴り、球体がはじけ飛ぶ。

 その反動でロイの体とアンカーの体は逆方向に吹っ飛ばされた。

 距離が開いた両者。

 ロイはにやりとした笑みを浮かべて、アンカーを見ていた。


「勝負は決したな」


「あん?」


「今の攻撃で俺の体に届いていない時点で、お前の負けだアンカー」


 へらへらとするロイに対し、アンカーは眉間に皴を寄せる。


「つくづくイライラさせるなあ、チビ。 殺してやるよ」


「たはは! 無理だ、お前じゃ俺を殺せない」


「っ!」


 アンカーは両足を地面で蹴って、ロイに最高速で辿り着く。

 両腕を後ろに引き、魔力を込めていた。

 

「おらあああ!」


「怒りに身を任せるのは減点だな。 冷静じゃないやつから負けていくのが勝負ってもんだ」


 まるでロイはアンカーを諭すように、教えるように戦う。

 ロイなりの期待の表れだ。

 ロイが認めた実力者であるブライトが期待している理由も頷ける。

 ブライトが彼に期待をしている理由は、別にありそうな気はしているが。


「う、るせええええええ!」


 溜め込んだ魔力を押し出すようにして、ロイへとぶつけにかかる。

 怒りを魔力に変え、先の攻撃よりも倍近い魔力量。


「破型、『インパクト・ショット』」


 ロイは両手を突き出し、魔力を放出。

 もうロイの中で決着がついていると断定し、アンカーの魔力に対して真っ向から勝負をすることを選択。

 

 激しい魔力のぶつかり合いは光と爆音を伴って周囲に土煙を引き起こした。


「はあ、はあ……」


 片膝をつき肩で呼吸をしているのは、アンカー・シャダウィンス。

 纏わりついていた巨人は消えており、彼の額からは汗が滲む。

 

 ロイは平気な顔でアンカーを見下ろしていた。

 拳が平気で届くほどの距離。

 好戦的なアンカーであれば、すぐにでも立ち上がってロイの顔にパンチを振るう場面である。

 だが、それをしない。

 それができない。

 アンカーの先の一撃はスタミナを無視した渾身の一撃だったからだ。


「アンカー、第二の選挙は知ってるか?」


「……今関係ねえだろ」


「ああ、確かに直接的には関係ない。 だけどな、お前が強くなりたいと望むなら選挙に参加しろ」


 アンカーは黙ってロイの話を聞いていた。

 戦闘のことで頭が一杯なのか、それとも既に喋る体力さえないのか。


「選挙に関わっているやつの中にはお前と同等かそれ以上の強さを持ったやつがいる。 選挙に参加しないならお前は逃げてることになるんだよ、自分の成長からな」


 ロイはアンカーに対して不思議な感情を抱いているのを自覚した。

 もし生まれが違ったら、自分を取り巻く環境が違ったら、ロイもアンカーみたいになっていたかもしれない。

 誰に負けたことはなく、自分の力にうぬぼれ、外の世界と己の世界を隔絶する。

 自分が居心地良いところで惰性的な日々を送る。

 

 でも、それでは宝の持ち腐れではないか。

 せっかく自分よりも強い相手がたくさんいて、まだまだ成長を望めるのだから。

 

「お前は、三傑の器じゃねえよ」


 羨ましいとロイは心からそう思える。

 ロイはアンカーが超えようとしている壁は既に乗り越えてしまっている。

 だから彼をここで倒さなくてはならない。

 自分がアンカーの壁となって、アンカーの成長を促す。

 これがきっかけでアンカーがロイの首元に届く可能性があるのなら、ロイは恨みを買ってでもアンカーを成長させたいのだ。


「かかってこいよ、名ばかりの三傑」


 ロイは笑い、アンカーを見下ろす。


「うるせえなあ、るせええええええ!」


 ロイとアンカーの距離は僅か。

 ロイの腕は届かないが、アンカーの腕は十分に届く距離。

 右腕に巨人の腕を纏わりつかせ、アンカーは一直線にロイの顔面へと拳を振るう。

 

 ロイは額をアンカーの拳へとぶつけにかかる。


「へへっ。 痛くねえなあ」


 もちろんロイの額からは血が滴る。

 だがロイは白い歯を見せるように笑顔を作って見せた。

 その攻撃を嘲笑うかの如く、痛みを感じていないかのように振る舞う。


「っ!」


 アンカーの顔がひしゃげたのがロイの目に映った。


「知らねえだろ、分かんねえだろ。 お前が今目の前にいる奴がどんな人物で、どれだけ強くて、どこの世界で生きているのか」


 完膚なきまでに潰す。

 それがアンカーに対するロイなりの導き方。


「次、俺の番な」


 破型、『インパクト・ショット』。

 パンっという男がコロッセオに鳴り響く。

 ロイは音を置き去りにした拳を放った。

 だがその拳はアンカーの顔に当たらない、何も起きない。


「舐めるなあああああああああ」


 アンカーはこれを好機と捉え、拳を突き上げる。

 だがそれは無我夢中の一撃。

 顎を狙うことも、どこかにぶつけようと考えないパンチ。


「クラッチ」


 ボンという破裂音とともに、アンカーが後方へと吹き飛ばされた。

 起き上がることのできないアンカー。

 ロイが放った魔力は遅れてアンカーに辿りつくもの。

 隙を見せてしまった相手に送る、一度限りの攻撃。


「まだ生きてんだろ、いつまで寝てんだよ」


 まるで遊んでやっていると言わんばかりに、ロイは言葉ではなく攻撃で返す。

 ロイが呼びかけたことで寝そべるアンカーの体がぴくりと動いた。

 このようなタイプは負けそうになる時ほど強い。

 これはロイの経験談によるものだが、どうやら彼の性格は当たっているようだ。


「雑魚が、調子に乗るなよ……」


 ゆっくり起き上がったアンカー。 

 まだ魔力は健在だが、最初から発動していたほどの魔力量は感じられない。


「第一のお前らには負けるわけにはいかねえんだよ、第二が舐められちまうからな」


 巨人に注がれる魔力が増幅し、巨人もさらに大きくなる。

 

「俺の領域に入ってくるようなやつらは誰であろうと、潰す」


 アンカーの心から漏れ出たような言葉にロイも耳を傾ける。

 彼にもプライドが存在しているのだ。

 一年から三傑になり、背負って来たものもあったのだろうか。

 

「その実力じゃお前は第二を守れねえ。 もっと強い奴に三傑の座を譲れ」


「っるせえ! ぜってえ潰す!」


「そうか、じゃあ俺も全力でお前を潰すとしよう」


 ロイもアンカーの魔力に呼応したように魔力を展開した。


「デリート・リミテーション、『炎上天下サマー・プライド』!」


 アンカーを纏う巨人が燃え盛る炎に包まれた。

 アンカーの顔にも火傷のような跡が入り、皮膚が爛れていく。

 これは、自分の放ったリミットに体が耐えきれていない証拠。

 

 だが、これがアンカーの覚悟というわけだ。

 自分の身を削ってでも勝とうとする信念。

 彼の覚悟に対してロイは疑問をぶつける。


「何がお前をそうさせる? お前みたいな奴に帰属意識があるとは思えん」


 焼き焦げるような空間、ロイの射程に焼き焦げた匂いと皮膚が焼けていく感覚。

 それでもロイは逃げもせず、飄々とその場に残る。


「うるせえよ、んなもん俺が知るか。 自分の住処が荒されて、世界が危険だからって第一と手を組んで実力をアピールしましょうだ?」

 

 アンカーは第二王立学園を自分の住処と形容した。

 その言葉にロイは少し驚いたが、彼の本質に迫っているような気がした。

 思えばあの食堂での振る舞いも、最初から喧嘩腰だった。

 あのときただの輩かと思っていたが、この言葉を聞いた後なら考えが変わっていたかもしれない。


「ふざんけんなよ。 第二は第二でテロなんかには負けねえ、自分の住処は自分で守れる」


「お前にとって第一の存在は邪魔か?」


「ああ、邪魔だな。 魔力演武なんてやらなくても、俺の方が強いだろうが」


「そんなお前らが今じゃ負けそうだけどな」


「勝ってから言え、まだ勝負は終わってねえよ」


 迫りくる灼熱の波。

 身を削った対価はアンカーの魔力を底上げしている。

 これこそリミットの本領といったところだろう。

 自ら科した枷を外し、己の本能を解き放つ。


「少しだけ見直したぜ、アンカー・シャダウィンス。 お前はやっぱり選挙に出るべきだ」


「うおおおおおおお!」


 ロイの言葉を届いていない。

 突進するアンカーはすべての魔力を惜しみなく使い、炎を纏った巨人とともに動きだす。

 

 ロイは動かない。

 正面から叩きのめす、それがアンカーの行動に対するロイへの最大級の賛辞。


「破型、『インパクト・ショット』。 ブースト!」


 ロイは両手を突き出し、魔力を放った。

 ロイが放った全開の魔力、そしてアンカー決死の攻撃。


 バゴオオオオオン!


 強烈な魔力同士のぶつかり合いが起き、コロッセオの観客席にまで衝撃波が伝わる。

 コロッセオの中心にはドーム状の薄い魔力があるはずだが、両者の魔力衝突はその壁にひびを入れたのだ。

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