第60話「底力」
「君の実力を近くで見ておきたい」
審判としてレイドの代役を買ってくれたのは、アート・スカーレット。
第一王立学園の卒業生でロイとクラスメイトであるアン・スカーレットの姉。
そして彼女は世間から最強の剣士として評価を受け、ついた二つ名は『剣星』。
無口で不愛想な彼女だが、実力は申し分ないと思っているロイ。
来賓室を出た後にぶつかった彼女。
その少しの接触でも彼女の体のつよさ魔力の質というものにはロイも驚いたほどだった。
「うむ、よろしく頼んだお姉ちゃん」
審判としては十分なアートを迎えたことで舞台は整った。
早くアンカーと戦いたい。
成長著しい彼にロイという食物を与えてやる。
そうすることで彼はもっと高みに、もっと強くなれる。
この才能を腐らせてはいけないと、ロイの体が言っている。
もしかしたら、それを言っているのは内なる『破壊者』なのかもしれないが。
「起きろ、アンカー」
「う、っせえ」
のそりと起き上がったアンカー。
顔にはいくつもの痛々しい切り傷がある。
「命を懸けた本気の戦いをしよう」
「かかってこいよクソチビ。 いや、ロイ・アルフレッドォ!」
ロイとアンカー、全力の魔力がそれぞれの体から溢れ出した。
近くにいたアートはすぐに退散し、二人の対決をできるだけ遠くから見守る。
「いくぜ、アンカー」
先に動いたのはロイ。
ここから先の戦いは、ロイ自身で加減ができない。
それはつまり、アンカーを殺してしまう可能性があるということだ。
本音を言えばロイの実力をよく知っているレイドに頼みたかったが、今のロイはこの楽しみを一刻も早く噛みしめたかった。
一瞬にしてロイは加速した。
おそらくアンカーの驚異的な反応を持ってしても、ロイの動きは捉え切れない。
加速している最中体を右や左に小刻みに揺らすことでロイが攻める方向を定めさせないようにしているからだ。
素人相手だったらこんな小細工は伝わらないし、意味がない。
だが動物的なセンスで敵の攻撃を判断するアンカーには最も有効的な手段。
「
いつの間にか射程圏内に入ったロイは、魔力砲をアンカーの体にめがけて放出した。
一の魔力、ついで九九の魔力拳がアンカーの体に注がれる。
「う、がが、あああ!」
胴体や脚はもちろん、百の魔力拳はアンカーの顔に向かって容赦なく放たれていた。
防御用の魔力の展開、避けるための魔力の出力。
全て間に合うことはなく、防御無の状態でロイの全力攻撃を受け止めるしかできていなかった。
降り注ぐ魔力拳の波が収まったころ、ロイはまたしても拳に魔力を溜めていた。
先ほどの攻撃は体の魔力を全て出し切ったような魔力技。
だが、『プレゼント・チルドレン』であるロイの魔力量は常人の物差しでは測れない。
無尽蔵の魔力量。
魔力総量だけでいえば、ロイがアンカーに負けることはない。
「破型、闇入り。 『
アンカーの体には再び、百の魔力拳が放たれた。
口から血を吐き、拳がぶつかった箇所は弾かれたように大きく揺れる。
魔力を出すことも、反撃することも許されない一方的な攻撃。
しかし、アンカーの体からぶわっと魔力が放出された。
その魔力は瞬く間に巨人を形づくり、主人であるアンカーを守るように両腕で抱きしめた。
意識が飛ぶぐらいの拳を入れたはずなのに、アンカーはスキルを使用し迫りくるロイの魔力を防いだのだ。
「ぜ、あ、はあ……」
これこそがアンカーが持つズバ抜けた戦闘の才能。
戦いの中で成長していきセンスだけで、迫りくるロイの猛攻を防いだのだ。
「楽しいな、アンカー」
ニタっと笑ったロイはすぐさま距離を詰めた。
破型や死型などの、決まりきった型は使わない。
全身に魔力を流し、頭でも追いつけない速度を生み出す。
拳、蹴り、頭突き。
全ての格闘技を高速で出し続けるロイの狙いは、アンカーが防御に使っている巨人の破壊だ。
「おらああああ!」
「く、そがあああ!」
攻撃に徹するロイと、防御に徹するアンカー。
傍から見れば一方的に攻撃しているロイが優勢に見えるかもしれない。
だがロイは一抹の焦りを感じていた。
それはいくら経ってもアンカーの巨人が壊れないことだ。
今のロイに魔力により身体強化を行っており、超高速で格闘技を打ち続けている。
防御するのにもそれなりの魔力を消費するはずだが、巨人の魔力は衰える気配がなかった。
アンカーの魔力を燃費が悪いとロイは形容したが、この時間この強度で出し続ける彼の底力に益々興味がわいてきてしまう。
戦う前からは想定できない魔力が今まさにアンカーの体に宿り始めているのだ。
予想通り、予想の斜め上の成長曲線を描くアンカー。
「はははっ! 楽しいなああああ!」
ロイは魔力によって体に無理をさせている。
注意点として、ロイは魔力によって身体を強化しているわけではない。
魔力を流すことで、体に無理を言わせて動かしている。
つまり、ロイの体の機能は上がっているわけではない。
高速で繰り出し続ける格闘技、しかし一撃を打つ度ロイの体には異常な痛みが押し寄せる。
しかしロイは笑い続ける。
痛みを忘れるぐらい楽しんでいる。
「どうなってんだ、こいつ。 人じゃねえのか!」
苦しんでいるのはアンカーも同じ。
先ほどからロイの体は軟体生物のようにしなった腕や脚に魔力をまとわせて、まるでミサイルが放たれたような威力を誇る。
常人からでは予測がつかない動きにアンカーも反撃の糸口を見つけられないでいるようだった。
しかしロイは関節を動かすたびに人間の可動域からは想像できないほどのきしんだ音が鳴り響く。
それは肩や足の関節を無視して攻撃し続けた代償。
きっかけはほんの些細な出来事だった。
アンカーは防戦一方の展開から一歩も前へ動けなかった。
逆にじりじりと後退してしまっていたのだ。
しかし、些細なきっかけというのは突然やってくるもの。
先ほどまでロイとアンカーの壮絶な戦いによって砕かれた地面、そこから浮き出た突起がアンカーの足に引っ掛かった。
後ろ向きに倒れていくアンカー。
ロイの不規則な攻撃はアンカーの幻影を掠めてしまった。
ロイはミサイルのような威力を誇る攻撃をアンカーに当てることで自分の体を支えていたのだ。
支えとなっていたはずのアンカーが転んだことで、ロイの体は大きく前に倒れる。
その隙をアンカーが見逃すはずがなかった。
ずっと伺っていた反撃の糸口、千載一遇のチャンスをアンカーを手にすることができたのだ。
「うらああああああああ!」
アンカーは後ろに倒れそうになった体を起こし、低い姿勢からの反動で右拳を握りしめたアッパーパンチを見舞う。
視認しているアンカーの攻撃、だが前傾姿勢のロイが今更防御の態勢を取ることができない。
「がっ!」
真上に吹っ飛んだロイの体。
アンカーは追撃をしなかった。
できなかった、と表現した方が正しいのかもしれない。
ロイの不規則なミサイル攻撃は防御をしていたアンカーの体の芯にきっちりとダメージを与えていたのだ。
アンカーは膝をついて、ロイが自由落下していくのを見守る。
地面に到着したロイの体。
体の関節はまるで事故にでも遭ったかのようにぐしゃぐしゃに曲がっていた。
観客席からは悲鳴のようなものも聞こえている。
人と形容していいのかわからないほどの形。
体をミサイルのようにして放ち続けた攻撃の代償は限りなく大きなものだったのだ。
「……は、はは。 よかった、壊さずに済んだ」
体がひしゃげていても、ロイの顔は笑みを絶やさなかった。
戦えば戦うほど強くなっていくアンカーにロイは昔の自分を重ねる。
自分よりも強い人物と戦い、負けるたびに強くなっていた頃の自分。
強い人物と戦うことに生きがいを感じ、人生の楽しみとして設定していた。
今もその考えは変わらない。
だが強者を倒し、強さを喰らってしまうたびにロイは『退屈』を積み重ねてきた。
戦いたい、けど戦いたくない。
排反する感情にいつも悩まされる。
だが、強者が目の前に現れてしまうとその悩みは吹き飛び気づいたときには倒してしまっている。
襲い来る『退屈』に対し、ロイは再び『退屈』とともに歩き出すこととなってしまう。
アンカーは今、どういう気持ちになっているのだろうか。
ロイと戦うことに楽しみを見出してくれているのだろうか、はたまた勝つことに必死になっているのだろうか。
アンカーと戦ってみて、彼はこんな戦いをしてこなかったのだと思う。
いや、できなかったのだろう。
それは、アンカーと同じレベルの相手などそこら辺にはいないからだ。
ロイは特殊な育ちをしてきた。
アルフレッド家という貴族に生まれ、そこに所属するメイドによって戦闘訓練を積んできたからだ。
王立学園に来る前から母親が運営しているギルド『
だが、アンカーはそれができなかった。
できなかったからこそ、アンカーの実力はここで停滞しているのだ。
もっと強くなる、もっと成長できる。
だから今、アンカーを壊してはならない。
いつかアンカーがロイの『退屈』を忘れさせてくれる存在になってくれることを信じて。
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