第16話「悪い予感」

「むふう、とんだ邪魔が入ったんだな」


 自身に芽生えた性的興奮を抑えられずに若い女性を爆発させてしまったボマー。

 ボマーが女性に抱く感情は、一般の男性が抱くその感情と差異はない。

 ただ一点だけ違うところがある。

 その感情は、人を爆発させる興奮。

 彼は相手を爆発をさせることで興奮がピークに達するのだ。


 ボマーが女性を狙うときは様々な思考を重ね、じっくりと舐め回すように対象の人物をストーキング。

 そして対象を捕まえたのち、磔柱に固定。

 泣き喚き助けを求める様を舐め回すように眺めながら、絵を描く。

 そして、爆発させる。

 誰にも見つからず、誰にも悟られることはなく、爆破する。

 だから未だにボマーは警察組織であるジャッジ・マンに捕まっていない。

 綿密な計画、緻密な段取り、そしてボマーのスキルである爆破。

 現場には爆発痕のみを残して立ち去るのだから、証拠など残るはずはない。

 証拠を残さないことこそボマーにとっての美徳であり、芸術。

 特定犯罪者、シンギュラー。

 そのうちの一人に数えられているのがボマーなのだ。

 

 ボマーは憤っていた。

 自身の芸術を、性的興奮をとある男によって邪魔されてしまったのだから。

 代えようがない怒りに、ボマーは噴水広場で一人鼻息を荒くする。

 

「……お怒り? ボマー」


「ぬえ!?」


 ボマーの元に突如現れたのは、黒いローブを羽織った女性。

 ローブのせいで顔は見えなかったが、美しくゆったりとした声音ははっきりとボマーの耳元に届いていた。


「だ、だだだだ誰なんだな!」


 その声を聞き、さらに鼻息を荒くしたボマー。

 それは女性だから、といった単純な理由だけ。

 性別が女性であれば誰であっても興奮することができる。

 そして爆発させたくなってしまう。

 これがボマーの偏った性癖でもあるのだ。

 

「ふふふ、あなたを手伝う者よ」


 その女性は落ちていた眼鏡を拾い、ボマーにかけなおした。

 女性の顔が近づくにつれてボマーの鼻息もだんだんと荒くなっていき、心臓が飛び出そうなほど興奮した様子。

 黒いローブの女性は汗だらけになったボマーの顔を撫でながら、耳元に顔を近づける。

 その吐息を感じずにはいられず、ボマーは体を震わせた。


「あなたの芸術を邪魔したのは第一王立学園。 気に食わないわよね、あなたの芸術をバカにされた気分よね?」


 ボマーはこくこくと頷く。

 

「手伝ってあげるわ、だから私と一緒に第一王立学園をしません?」


 女性はボマーの髪を撫でた。

 ところどころから頭皮が露呈し、髪もふけだらけ。

 そんなことを全く気持ち悪がることはなく、女性は犬に安心感を与えるようにしてボマーの髪を撫で続けていた。


 黒い皮手袋越しに伝わる感触。

 ボマーにこんなことをしてくれる女性などいなかった。

 ボマーが目を付けた女性はみんな泣き喚いたり、罵詈雑言を浴びせたりするものばかり。

 昔からそうだ。

 冷たい視線のみが彼の心を傷つけ続けた。

 誰からも愛されたことはない、母親からもその愛情を受け取ることはなかった。

 このとき初めてボマーは女性から優しくされたのだ。


 たった一つの行動、たった一言の優しい言葉。

 彼女への信頼はすでに揺らぎないものへと変貌していた。 

 

「こ、ここここ壊すんだな! 僕、第一王立学園を壊すんだな!」


「ふふふ、聞き分けが良い子で助かったわ」


 彼女の為になんでもやる。

 ボマーはその心意気になっていた。


「もし、第一王立学園を壊したら……」


 ボマーの唇に柔らかい指の感触が伝わる。

 もちろん、悪い気はしていない。

 

 耳元に生暖かい息がかかった。

 ささやき声で黒ローブの女性が呟く。


、期待しておいてね」


 ボマーはその言葉に再び全身を震わせた。

 彼の中にやる気がみなぎり、興奮を抑えきれない。


「—————ぶふぉおおおおおお! 第一王立学園を絶対に爆発させるうううううううう!」


 二人しかいない静寂に包まれた夜の公園にボマーの咆哮が鳴り響いた。

 二人で共有する秘密。

 それがボマーにとってどれほどの力になり、どれほどボマーを脅威へと進化させたのか。

 第一王立学園はまだ気づかない。


* * *


「えー、ということで私が新しい担任なりました、ナルカ・カロテリアです。 まだ皆も整理ができていなと思うけど、これからよろしくお願いね」


 一年Aクラスの新しい担任が今日付けでやってきた。

 なんとか作り笑いを浮かべ生徒に安心感をもたせようとしていたナルカ。

 しかし、声音は重たく生徒の誰もが彼女の元気のなさに気づいていることだろう。


 パッシオの訃報は、ナルカの自己紹介の前に行われていた。

 クラス全体にその不安や悲しみはすでに広がっており、生徒の中には涙を流す者さえもいた。

 

 最初はとっつきにくい印象であったパッシオ。

 しかし、彼の真面目で真っすぐな性格はすぐに生徒たちの心を開いていき気づけば生徒からの信頼を集めていた。

 第一王立学園初めての担任の先生がパッシオでよかったと、二週間も経たないうちにそのように生徒たちに思わせてしまうほど魅力的な先生。

 信頼したはずの先生が突然いなくなってしまったことへの心労は計り知れない。

 すぐに切り替えができるほど、学園生は大人ではない。

 大人であるナルカでさえこの様子なのだから。


「えっと、みんなは元気、じゃないかもだけど、授業始めるわね……」


 ナルカの声も重かったが、授業を怠るわけにはいかない。

 ナルカは魂が抜けたような雰囲気で授業を始めたのだ。


* * *


「おー、こりゃすげえなあ」


 爆破事件が起こり、ロイは放課後興味本位で噴水広場に来ていた。

 噴水広場はかなり広い敷地になっており一周が二キロもある公園。

 噴水広場には包囲網が敷かれ警察組織である『ジャッジ・マン』があわただしい様子で仕事をしており、何があったんだというように通りかかった人もぞろぞろと立ち止まって封鎖された公園内を見ているようだった。

 

「小さい野次馬がいるな」


 ロイがきょとんとした顔で声がした方を振り向く。

 婦警用の活動服を身に纏い、ミニスカートから美しい太ももが露になっている。

 規律正しいジャッジ・マンにも関わらず胸元のボタンを開けており、ぴったりとした活動服のせいでくっきりと見える双丘に自然と注目がいくのも無理はない。


 ロイの見上げた先には見知った顔。

 婦警帽から少しだけ見える、緑色の髪。

 目つきの悪い顔、加えて二日酔いだろうか少しだけ顔色も悪い。

 しかし、そんな体調の悪そうな顔をしていても顔立ちは美しい。 

 ロイの母であるベルの旧友で、ロイの昔からの知り合いであるモア・フローレンスだ。


「お久しぶりです、モアさん」


「おう、でかくなったなロイ」


 笑ったモアの顔は可愛さに満ち溢れた顔。

 口や行動さえ直せば瞬く間にモテるのにと思ったロイだが、それを口に出したところでモアの態度は変わらないことだろう。


「残念だったな」


 突如、ロイの頭にぽんっと手を乗せたモア。

 モアはロイがここに来た理由をなんとなくわかっているようだった。

 第一王立学園の担任であるパッシオの訃報。

 ジャッジ・マンに所属している彼女であれば、パッシオがロイの担任であったことぐらい既知の内容であろう。


「……良い先生だったと思うよ、パッシオ先生は」


 パッシオの訃報を聞いたロイはどうしても現場を自分の目で確かめにきたかった。

 ここに来たところで、証拠が得られるはずもない。

 ただ、それでもロイはこの場所に赴いた。

 何かあるかもしれない、そんな確証もないままロイはこの場に来ている。


「あれ、タカイさんは?」


「あいつは今日非番だったが、さっき呼び出した。 彼女とのデートだったらしいが、爆破予告ともなればこちらが優先だ」


「モアさんにもはやく、う!」


 あ、と思ったときには既に遅し。


 口と鼻をふさがれ、笑顔でロイを見つめたモア。

 そしてその笑顔が心では怒りに変換されていることをロイは知っている。


「それ以上言ったら、ベルに連絡するぞ?」


「ん、んー!」


 ロイは腕でバツを作り、首をふるふると横に振った。

 別に母親に聞かれたところで怒られるわけではないが、学園生活のことモアと会っていたことなどを根掘り葉掘り聞かれるのが本当に面倒くさいのだ。

 

「モアさん、そろそろ定刻です」


 モアは手でロイを塞いだまま、首だけ声のする方を振り向いた。

 モアの部下であろうか、きちっとした制服を着たジャッジ・マンが集合時間を伝えに来ている。

 公にはなっていないようだが、モアと部下のやり取りを見る感じ包囲網の先には何かあるらしい。


「わかった、それじゃあなロイ。 くれぐれも、これ以上近づくんじゃないぞ」


「はい!」


「ふっ。 昔から返事だけはいいんだがな」


 微笑を浮かべたモアは黄色のテープをくぐって進んでいった。


* * *


 ものものしいヘルメットや分厚防護服を着用し、前線にいるジャッジ・マンは人の体ほどあるシールドも装備している。

 魔力を注ぐことのできるシールドで、爆破予告にあった定刻まで時間はあるがすでに魔力障壁を展開し爆発物に対して注意を怠たることはない。

 この場にいるジャッジ・マンには緊張感が走り、誰一人として対象から目を離す者はいない。

 そしてその集団の後方にはモアの姿もあり、他のジャッジ・マンと同様に防護服を着用していた。


「不審物というのはあれか」


 噴水には大きな磔柱があり、そこには白い布で覆われたがあった。

 噴水が爆発する可能性もあるので不用意には近くまで近づけないジャッジ・マン。

 しかし、噴水に漂う明らかに異質な空気に隊員たちは困惑しているようだった。


「全員防御態勢、定刻まであと五分だ!」


 イヤホン越しに聞こえてきた上司の声に従い、ジャッジ・マンが息を揃えたように隊列を組む。


「ちっ、あの白い布が気になるな」


 ジャッジ・マンの後方付近に位置するモアは爆弾よりも白い布に目がいっているようだった。


「同感です」


 モアの部下であるタカイもすでにこの場所に駆けつけている。

 あの白い布の正体が気になっているのはタカイも同じだ。


 モアはじっと白い布を見つめた。

 何かおかしいところはないか、中にあるのは何なのか。

 埃一つたりとも見逃す気はない。

 今すぐにでもあの白い布を剥がして中身を調べたいという捜索意欲がモアの心に湧き続けている。

 しかし、爆弾が仕掛けられているという可能性があるため不用意に近づくことはもちろんできない。

 この歯痒い思いが伝播したかのようにモアの脚は貧乏ゆすりを始めていた。


「もしこの事件が本当にボマーの仕業だとしたら、あれは間違いなく女性だな」


「本当に胸糞が悪くなる野郎ですね」

 

 若い女性だけをターゲットにして、爆発させる。

 非人道的な殺人行為。

 想像しただけでも怒りが湧いてきたモアの脚が再び小刻みに揺れる。


「——指定の時刻まで残り五秒、四、三、二、一! 総員爆発に備えよおおおお!」


 司令官からの指示がイヤホン越しに伝わってくる。

 声を荒らげ、周りのジャッジ・マンに警戒を促しているようだ。

 その言葉を受け取ったジャッジ・マンらは再度魔力シールドに魔力を注ぎこむ。

 モアとタカイは噴水から後方に位置しており、シールドを貼る部隊ではないが爆発物にはきちんと睨みを利かしている。

 

 そして時刻は正午を迎えた。


バッゴォォォォォォォォォン!


 噴水が爆発する。

 遠目から見ているモアたちの元まで水しぶきが飛び散り、熱風の余波も届く。

 

「総員待機! 二次爆破の恐れあり!」


 現場の司令官の叫び声に近いような通信がモアの耳にも入る。

 この指令は他の隊員にも伝わっており、爆破が起こった後でも整斉された隊列は一糸乱れることはない。


「……やっぱり何かがおかしいな」


「何がです?」


「ボマーの手口とはどこか違う気がする、あいつは女性を白い布で覆ったりもしないし、こうしてわざと目立つようにすることもない。 それに今の爆発は魔力がなかった」


「じゃあ、別に模倣犯でもいると?」


「さあな今は何もわからん。 ただ、何か悪い予感がしてならない」


 ものものしいヘルメットの中から壊れた噴水を見つめるモアの目は、細く鋭かった。

 

 モアは優秀なジャッジ・マンに分類される。

 ただ業務態度、手荒な検挙の仕方などが悪くなかなか出世できていない。

 ただし実績だけ見たら、とっくに現場などにいない地位にいることだろう。

 それだけ彼女の犯罪への嗅覚は鋭く、直観で彼女に勝るものはジャッジ・マンにはいない。

 今この場にいるジャッジ・マンでこの微妙な気持ち悪さに気づいているものはいないだろう。


「ちっ、他に何か起こらなければいいが……」


 そんなモアであっても決定的な何かがないため動こうにも動けないのが現状だった。


* * *


「ん、わかった。 引き続き頼む」


 ロイは通信デバイスを切り、再び周囲を見渡した。

 広い噴水広場に誰も入らないように黄色のテープが張り巡らされ、そのテープに背を向けるような形で見張りのジャッジ・マンが目を光らせている。

 

 これだけ厳重な警戒を見て、立ち止まる人々は大勢いた。


「た、助けて……」


「ん?」


 野次馬の中心に若い女性が泣きながら、か細い声を発したのをロイは見逃さなかった。

 そしてその女性は近くの男性にしがみつき懇願するように再び叫んだ。


「助けて、助けてええええええええ!」


 突然の叫び声に周りにいた野次馬たちが吃驚している。

 自然と離れていく人の群れ。

 気づけば叫んだ女性を取り囲うようにして小さな円が出来上がっていた。


「む?」


 ロイはその女性を注視しながら、ゆっくりと彼女の元に近づく。

 しかしロイよりも先に、見張りをしていたジャッジ・マンが女性に声をかけた。


「どうされました!?」


「爆弾が、爆弾が……」


「爆弾? 落ち着いて、ゆっくりと何があったか話してください」


 ジャッジ・マンが諭そうとするも、女性はしがみつくのみでとても会話ができるような状態ではなかった。

 ロイが視認すると、女性の肩には時限爆弾のようなものが取り付けられていた。

 残り時間は十秒。

 赤いランプが点滅する度に時間が減っていく。

 これは物質ではなく、魔力。

 ここにいるロイと爆弾を取り付けられている女性以外の誰もがその事実に気づいていなかった。

 おそらく女性は潜在的に魔力が見えてしまっているのだろう。

 見張りのジャッジ・マンが魔力を持っていないことを考慮したら、魔力を持っているジャッジ・マンは何かの目的で噴水中央に集められているという可能性は大いにありえる。


「ふむ」


 時限爆弾が設置された、女性の元に近づいたロイ。

 残り時間は一秒。


「う~ん、爆弾なんてものはどこにも……」

 

 首を傾げながら、女性の周りを見ているジャッジ・マン。


「————んじゃ、この人もらっていくね」


 ジャッジ・マンは気づかなかったことだろう。

 そして困惑していることだろう、凄まじい風圧とともに一瞬で女性が目の前から姿を消したのだから。


 ロイは一歩で女性を抱えすぐさま人が寄り着いていない、噴水広場の中央に向けて駆けた。

 トップスピードに持っていくまで、一秒にも満たなかった。

 ロイだからこそ、魔力を使ってそのスピードを出せる。

 魔力を限界まで溜め込み、飛び込むように解放。

 だからこそ瞬間的に、爆発的なスピードで駆けることができる。

 凡才の魔力使いであればとっくに足が壊れてしまうことだろう。

 天性の才能と呼ぶべきか、ロイの体は魔力を扱うことに長けている。

 類まれな体のバランスをしているからこそ、体のどこにも異常をきたすことはなく圧倒的な魔力を操れる。


バッゴォォォォォォォォォン!


 二つの爆発が噴水広場で鳴り響いた。

 それも噴水広場で、だ。

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