第25話「武道場の動乱」

「まず一人、だな」


 目の前に立ちはだかる敵は静かに、さも簡単にケイトを吹っ飛ばしてみせた。

 この敵の強さをカーラは判断できかねている。

 初めての感覚、恐怖心に近い緊張感がカーラの指先まで伝播している。


 カーラがこんな感覚になったのは初めてのことであった。

 今まで戦ってきた学生とはわけが違う。

 人が死んだときの血生臭い匂いもどこか感じてしまうほどに、敵は殺すことに何の躊躇いもなさそうだった。


 しかし、カーラに立ち止まって弱音を吐いている暇はない。

 拳をぐっと握りしめ、敵を睨みつけた。


「あまり歯向かうな。 別に殺したりはしない」


「テロリストの言う事を信じると思う?」


 この学園で今自由に動き回ることができるものは逃げることに成功した学園生か、学園の爆発を仕掛けた誰かか。

 制服を着ていないこと、学園生でも類を見ないほどの恐怖感を身に纏う男は後者としか考えられない。


「反抗するなら殺しかねんぞ?」


「やるもんならやってみなさいよ」


 オーロラが廊下をはびこるように展開される。

 スキルが発動された程度でキバと名乗った男は動じていない。

 だが、カーラはそれを好機と捉えてオーロラの中へと移動する。


「移動系スキルか。 ならばこうすれば問題ないだろう」


 キバが取り出したのは手榴弾。

 ただし、殺傷能力がある小型爆弾ではない。

 スモーク・グレネード。

 投げた途端に手榴弾が躍ったように回転し、廊下が白煙に包まれる。


「ちっ!」


 カーラはスモークを嫌い廊下に姿を現した。

 彼女がスキルの発動をやめたのは敵を視認できていないため、これ以上使ったところでただの無駄遣いとなるのを避けたためだ。

 『ピュア・ベール』で展開したオーロラの中ではカーラは敵を視認できない。

 彼女の戦闘パターンはオーロラから飛び出し、敵に奇襲を仕掛けることが主流である。

 そのためには『ピュア・ベール』を発動する前に、現場の状況をじっくりと観察する必要があるのだ。

 カーラもそのデメリットを理解しているからこそ空間把握能力の獲得には時間をかけた。

 しかし、スモーク・グレネードによって視界を遮られ、オーロラの外にいた時と中にいた時で状況が変わってしまったため敵がどこに行ったかもわからない。

 この状況下ではカーラが培ってきた空間把握能力を存分に発揮することもできないのだ。


「どこに隠れてんのよ!」


 カーラは目を左右に動かし、一瞬の隙も見逃そうとしない。

 足音一つない廊下。

 カーラの額には冷や汗のようなものが滴る。

 

 廊下という狭い空間。

 ただでさえ、スキルの良さを生かし切れていない状況。

 焦りが徐々に彼女の心を蝕んでいた。


コロンコロン


 カーラの足元に転がってきたのは一つの手榴弾。


「くっ!」


 咄嗟にスキルを展開し、オーロラへと逃げ込んだ。

 カーラはオーロラからの脱出地点も定めずに飛び込み、とにかく後ろに下がることを決めた。

 廊下の最奥まで伸びたオーロラ、そこでカーラは姿を現す。

 未だ廊下には煙がはびこっており、普段よりも視界は狭い。


「とりあえず、ここは逃げて一旦仕切り直さないと…」

 

「狙い通りだな」


「え?」

 

 オーロラから出た瞬間を狙ったように、キバの鋭い蹴りがカーラの脳天にぶつかる。

 鈍い痛みがカーラの全身を襲い、激しい脳震盪により視界もぼやけているカーラ。


「所詮は殺し合いもしたことがないガキ、負けるのは当然と言えば当然だな」

 

 カーラはその言葉だけ聞き、意識が遠のいていった。


* * *


「ヤスケさん、ロイさんは大丈夫なんでしょうか……」


「あいつのことだ、そんな心配はいらん。 今は爆発に乗じて武道場の人質を救いに行こう!」


 アンとヤスケは、校内を全速力で駆け抜けていた。

 二人の速さに追いつけるものは、学園でも数少ないだろう。

 入試ランキング上位の二人。

 一般的な魔力使いと混在させてはいけない、初歩的な魔力の使い方は熟知しているエリートというわけだ。


「なあアンちゃん、こんなときに悪いんだが一つだけ聞いてもいいか?」


 ヤスケは突然アンに話しかけた。

 少しだけ言いずらそうにして目線を下げる。


 アンはヤスケの態度の真意がよくわからず、彼の言葉を待ちわびるのみだ。


「どうして、フラッグ・ゲームを受けてくれたんだ?」


 ヤスケが申し訳なさそうに聞いてきた理由がアンはこの言葉でわかった。

 フラッグ・ゲームで生まれたロイとアンのわだかまり。

 軽薄そうな雰囲気であっても、彼は彼なりに配慮してくれていたのだ。

 わざと軽そうな雰囲気を作り出し、アンとロイが今後も仲良くできるように屋上では振る舞ってくれていた。

 

 だから遠まわしに、回りくどく、初めてロイに誘われたときからのことを聞いてくるのだ。

 一見薄っぺらい人物のようで、実は不器用。

 そんな彼だからこそ、アンは口を開いた。

 堅く閉ざしていた扉をゆっくりと開けるようにして。

 

「見ておきたかったんです」


「え?」


 ヤスケの配慮に答えるべく、アンは言葉をゆっくりと紡ぐ。


「入学式で私は王立学園を侮っていました。 副会長の実力を間近で感じて、学園での鍛錬を怠ってはいけないと思いました」


 アンは自身の惨めさを悔いるようにしていた。

 あの時感じた、追いつくには遠い実力差を思い出しながら。


「でも、ロイさんは副会長だけではなく生徒会長を相手にしながら戦うことができていました。 それも余裕を見せながら」


 ヤスケはアンの言葉をじっと待つ。

 

「一目見たかったんです。 彼がどんな方法でフラッグ・ゲームをするのか、彼が本気を出したらどうなるのかを」


 結果、ロイの行動はアンにはわからなかった。

 何をしてでも勝つという彼の思想は、アンの考えとは全く異なる位置にあったのだから。


 彼の実力があれば、モミジを犠牲にしなくても勝てた。

 絶対に賛成することはできない考えだ。

 

 少しだけロイに憧れてしまったのもまた事実。

 そんな彼は勝ちに拘る冷酷な思想を持った人間。

 いずれにしても、彼を超えていかないことにはアンの目指している場所には辿り着けない。


「そっか。 悪いな、思い出させちまって」


「いえ、大丈夫です」


「でも、俺はロイが心の底から悪い奴には見えねえんだ」


「え?」


「あいつは最後までモミジちゃんを心配してたよ。 だから自分のブレザーを着させてできるだけ怪我をさせないようにしていた、まあ到底許されない行為であることには変わらねえんだけどな」

 

 ヤスケもまた、フラッグ・ゲームを引きずっているようにもアンの目には映っていた。


「知ってほしかったんだとよ、自分のやり方を。 勝利に拘る考えを」


「……」


 もうすぐ武道場に到着する。

 今はフラッグ・ゲームでの出来事を気にしている場合でもない。

 ロイの考えは胸に仕舞いこみ、人質の奪還を優先しなくてはならないのだから。


「……それにしても、どうしてロイさんは武道場にいる人質を見つけることができたのでしょうか」


 話を逸らすつもりはなかったアンだが、ふとした疑問が彼女の脳内に過る。


「それは俺も気になってたところだ」


「確かヤスケさんを逃がすためにロイさんは正門前でテロリストと対面していたはずですよね? その場所から逃げたこともすごい事なのですが、逃げ回る途中でわざわざ武道場に人質が集められているなんて情報を取得する余裕などあったのでしょうか」


 武道場は学園の本校舎と少し離れた位置に配置されている。

 ロイと集合した場所である屋上は三つある校舎のうちの正門に近い校舎。

 補足であるが、その校舎にはロイたち一年生のクラスが収められている。

 そして、武道場が位置する場所は正門からから遠く離れた場所。

 学園を空中から見れば、武道場が位置している場所は右上。

 正門から屋上まで逃げてくるときに間違いなく通らない道である。

 例え、ウォー・ウルフの追手から逃げていたときに見つけたと言っても、この広い学園を隅から隅まで逃げ回ったとは考えにくい。

 

「……ま、俺らはあいつの指示に従うって決めたんだ。 今は武道場に行って真実を確かめよう」


 そしてロイの誘導が成功したのかは定かではないが、学園を警戒しているウォー・ウルフは一人もいなかった。

 一直線に武道場に辿り着いたアンたちは武道場の扉を開く。


しかし武道場には誰一人としていなかったのだ。

 

「「え?」」

 

 代わりに武道場にいたのは、ウォー・ウルフの集団。

 それぞれが床に座り込み、銃を見渡したり、談笑したりして暇を持て余しているようだった。

 明らかに休んでいるウォー・ウルフを見てアンは結論付けた。

 ここは、ウォー・ウルフの休息所だと。


「敵襲だあああああああああ!」


 銃が乱射され、ヤスケとアンは武道場に入ることはなく左右に飛んだ。

 武道場の扉を背に中の様子を伺うも、魔力の銃弾が飛んできており敵の様子をはっきりと確認できていない。


「こんな武器見たことねえなあ、あいつら魔力を持っていないはずなのにどうして魔力の弾撃てるんだよ」


 ヤスケが訝しげに中を少しだけ覗く。

 アンは今の一瞬で魔力のあるなしを判断したヤスケを素直に尊敬したが、今は感心している場合ではない。


「おっと!」


 銃弾がヤスケの髪を掠め、少しだけオレンジの前髪が散らばる。


「この状況は一体どういう事なのでしょうか」


「もしかしたら、さっきの爆発で人質をどっかに移したのかもしれないな」


「ということは、体育館の爆発はウォー・ウルフが仕掛けたものではないと?」


 ロイの言葉を信じるのであれば、人質はこの武道場にいるはず。

 しかし、目で捉えた先にいたものはこの学園にテロを仕掛けた張本人たちの姿だけ。


「かもしれない。 ただ断定はできない」


 ただでさえテロ行為という非日常な現実であるのに、ウォー・ウルフの行動までわかるはずもなかった。

 情報通のヤスケでさえ、ここまでの事態は想定できなかったことだろう。


「…わかりました。 では、あの方たちに私が直接聞きます」


「え、ちょっとアンちゃん!?」


 アンは武道場に単騎で飛び込んだ。

 腰には刀を携え、低い姿勢で武道場に突撃したアン。

 常に愛刀を携帯しているアンだからこそ、この予想外な状況であってもこうして武器を使える。


 ウォー・ウルフは突進してくるアンを捉えた瞬間、銃を乱射。

 しかし、アンの抜刀はその銃弾よりも速かった。


「ウノ・スタイル、『ホムラ』!」


 アンが抜いた刀に炎が纏わる。

 メラメラと燃えるその刃で武道場にいるウォー・ウルフを斬り続けていった。

 アンの攻撃を目に留めることのできないウォー・ウルフの集団はただただアンの斬撃を待つことしかできない。


「ぐわああああ!」

「ああああ!」


 ここの武道場にいた人物が全員が一瞬にしてアンの刃で斬られる。

 見事なまでの剣劇。

 アンの動向を見守るしかできなかったヤスケは口をぽかんと開けたままだった。

 

「ふう……」


 アンは美しい所作で刀を仕舞い、深い息を吐く。


「さすが、スカーレット家」


「その名前で呼ぶのはやめてください」


 アンはじとっとヤスケを睨みつけた。

 その圧を感じ両手で口を押さえたヤスケ。


「ひとまず、これで良さそうだな。 てかこいつらに人質の事を聞くんじゃなかったのか?」


「あ」


 手で口を押えたアン。

 ヤスケも思わずその可愛さに口を押えた。


「……何をしている?」


「っ!」


 しかし一息ついたのも束の間、アンとヤスケは武道場の正面に立つ人物を警戒し後ろに飛んだ。

 明らかに異質な魔力を持った眼鏡をかけたオールバックの男。

 一目見ただけで、少し近くにいただけで、アンたちは警戒レベルを一番上に引き上げさせられた。


「アンちゃん、こいつは不味いぜ」


「ええ、一筋縄ではいかないようですね」


ドガン!

 

 武道場の正面に立つ人物に警戒している中、横壁が破壊され壁が崩れていく。

 粉塵が舞い散り、現れたのは筋骨隆々のスキンヘッドの男。

 この男もまた、アンたちの生存本能を一気に逆撫でした。


「おいおい、バード! 先に始めてないだろうな」


「ドッグ、扉から入れといつも言っているだろ」


「へっへっへ! 細かいことは気にすんな!」


 デカい笑い声。

 ただ、ドッグとバードが持つ圧にアンとヤスケは警戒を解くことはできない。


「女の方が強そうだな」


 唇を舌で舐めたドッグ。

 その行動にアンは背筋が凍る思いをした。

 だが、ここで震えていられるほどアンも気が弱いわけではない。

 すぐに腰に携えた刀に手を触れ、いつでも攻撃ができるように準備をする。


「アンちゃん、逃げる?」


「逃げられなさそうですね、この方たちかなりの実力があるとみています」


「だよね。 んじゃ、そっちのごつい方はアンちゃんに任せるよ。 男として情けないが、俺じゃああいつには勝てねえ」


 へへっと笑うヤスケ。

 彼の目線はオールバックの華奢な男、バードへと向けられていた。


 問題ないです、と言ったようにアンはこくりと頷きスキンヘッドの筋肉男、ドッグを睨みつける。


 背中合わせになったアンとヤスケ。

 間違いなく、彼女らよりも格上の相手。

 魔力量を測れば、一目瞭然だ。


「かかってこいよ」


 ドッグが指をくいくいとした瞬間、アンは刀に手をかけた。


「言われなくても」


「かかってこいよインテリ眼鏡」


 ヤスケがをした瞬間、バードは眉間にしわを寄せて睨みつけた。


「ガキが、調子に乗るなよ」


 アンVSドッグ、ヤスケVSバードの命を懸けた戦いが開幕する。

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