第3話

 シャーナが敵軍事基地の監視を開始してから数時間が経過した。


 長時間の監視任務で乾いた目を瞬かせつつも、警戒は一切緩めていない。


 天頂に差し掛かった太陽に溶かされた雪がシャーナの戦闘服に染み込んで、寒風に吹かれ再び凍りつく。


 そのせいで、彼女が身じろぎするたびにパリパリと氷が割れる音が鳴った。


 冷たい風は、容赦なく彼女の体温を奪う。


 疲労と空腹を覚えたシャーナは、口元を覆う目出し帽を下げると、ポケットから野戦糧食の茶色い袋を取り出した。


 左手で銃を保持したまま手袋を付けた右手だけで袋を破ろうとしたが、上手く破れずに中からチョコバーが飛び出して、雪に落ちる。


「あっ」


 シャーナは手袋を外して、少しだけ雪に沈んだチョコバーを拾い上げた。


 粉雪が付いたチョコバーは、まるで砂糖がまぶされたチョコレート菓子のような見た目になっていた。


 シャーナは口を開けてチョコバーを頬張る。


「ん」


 口の中に広がる甘さに、シャーナは赤い瞳を細めて心地よさそうに息をついた。


 溶けて指についたチョコレートも丁寧に舐めて、手首にぶら下げていた戦闘手袋を着け直すと、雪と寒さで冷えた手がじんわり温まってくる。


 微かにヘリコプターの音が聞こえて、シャーナは顔を上げた。


 彼女の赤い瞳に、徐々に近づいてくるタンデムローターの輸送ヘリが映る。


 ヘリはシャーナの頭上で大きく旋回すると、駐機場の上空でホバリングした。


 整備士達は作業を中断し、工具などを退かしてヘリの着地場所を空ける。


 それと同時に、黒い制服の上からトレンチコートを着た憲兵が、コンクリートの建物から飛び出して駐機場へと走り込んできた。


 彼らは自動小銃で武装しているが、服装は戦闘より優美さを優先させていて、儀仗隊のような役回りをしていることを窺わせる。


 シャーナは目出し帽を下げて、無線のマイクを口元に寄せた。


「こちらシャーナ。輸送用の大型ヘリコプターを確認。繰り返す。輸送用の大型ヘリコプターを確認。オーバー」


 シャーナの瞳に、僅かな焦りと緊張が浮かんでいた。


「了解。対象A-3を確認したら報告せよ。だが狙撃はこちらの指示を待て。オーバー」


「了解。オーバー」


 輸送ヘリは地上に着陸できるスペースが作られたことを確認して、ゆっくりと着地した。


 憲兵は整列して、一部の乱れもない敬礼をする。


 後部ハッチがゆっくりと開き、制帽をかぶった若い将校がヘリから降りてきた。


 その後ろには、護衛らしき5人ほどの兵士が控えている。


 彼らはそのまま足早にコンクリートの施設へと消えた。


「こちらシャーナ。対象A-3は確認できず。代わりに、大佐クラスのザルカ帝国軍士官が確認されました。オーバー」


「了解。オーバー」


 彼女は、任務前に配布された書類のカラー写真を思い出していた。


 シャーナには、なぜ自国の政治家である人物を敵国の軍事基地で探す必要があるのかは分からない。


 だが、もしその人物が発見された場合、それがろくでもない事態であることは理解できた。


 こんな状況下で自国を裏切る政治家など我が国にはいないと信じたいが、国防軍唯一の諜報機関である情報本部が偽情報に振り回されるとは思えない。


 シャーナは思わずため息をつく。


 氷点下の雪山で、白い息が霧散した。

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