第11話

 首都郊外には、巨大な工業地帯が広がっている。


 膨大な量の物資が日夜問わず行き交い、年間数十兆円規模の利益を生み出すアトラ連邦の心臓だ。


 シャーナの乗る車は大型トラックで賑わう表通りから外れ、薄暗い裏通りに入った。


 小さな工場が密集する裏通りには表通りほどの活気はなく、労働者の姿もまばらになっている。ちらほらと、営業を停止した工場も目立つ。


 奥に行くにつれて工場は更に小規模なものが増えていき、閉鎖された工場も比例して増えていく。


 更に奥へ進むと、ついに人の全くいない区画へと辿り着いた。


 開発に取り残された町工場が、平日の昼間だというのにもかかわらず、シャッターを下ろして冷たく沈黙している。


 誰にも目を向けられず剥がれかかった閉店の紙が、冷たい風に吹かれていた。


 首都もそうだが、この辺りの煤煙は特に酷い。シャーナは、窓を閉めていても車内に流れ込んでくる煤の匂いに顔をしかめた。


 硝煙の匂いをより濃く濁らせたら、こんな香りになるのだろう。


 運転手は慎重に車を停車させる。


 車は狭い道をほとんど塞いでしまったが、こんな何もない場所に用事がある人間などまずいないから問題ない。


「この辺りは元々小規模な町工場の並ぶ工場街だったのですが、政府主導で行われた大規模開発に取り残された影響でほとんど廃業してしまい、今はアーク民間軍事会社が保有しています。APMC社と言った方がなじみ深いでしょうか?」


 その社名は、ほとんどの買い物を駐屯地にある売店で済ませ、市場など全く興味がないシャーナも知っていた。


 テレビやインターネットでも頻繁に広告を出し軍にも商品を卸している有名企業で、世界でも五本の指に入るほどの規模を誇る。


 軍需品の生産からサーバー運営、民需品の生産、兵士の派遣まで手広く行う多国籍企業で、世界各地に事務所や工場を構えている。


 だが、なぜこんな土地を買ったのだろう?


 シャーナは首を傾げた。


 あまり経営には詳しくないが、この区画にはわざわざ投資する価値があるほどの将来性があるようには見えない。


「あの会社は、特務機関のフロント企業です。普通に営利団体として活動しているので、今や特務機関を上回る規模を持っていますが」


 運転手は、白手袋を外して工場のシャッターを開けた。


 埃を被った設備が雑然と並んでいるかと思いきや、中は意外にも小洒落た内装がされていた。


 床には絨毯が敷かれ、角の方には観葉植物まで飾ってある。


 まるで都心のオフィスビルみたいで、古びて廃墟になった工場という外観とは全く似合っていない。


 ただ机やパソコンなどオフィスに必要な物は何一つとしてなく、その代わり部屋の一番奥に穴があり、そこから地下へと階段が続いていた。


 階段のそばには古びた丸椅子があり、濃紺の戦闘服を着た大柄の黒人男性が1人、静かに座っている。


 男の腰には自動拳銃が吊られていて、すぐ側にはポンプアクション式の散弾銃も立てかけてあった。どうやら、彼は警備員らしい。


 シャーナたちが中に入ると、シャッターがガラガラと音を立てて閉まった。


 遠くから聞こえていた工場の稼働音はシャッターで完全に遮断され、床に敷かれた絨毯が音を吸い込むせいで、中は奇妙なほど静かだ。


「ライツ。そいつが昨日話していた新人か?」


 警備員の男が、口を開く。


「ええザルノフさん。昨日話していた新人のシャーナさんです」


 ザルノフと呼ばれた黒人男性は、目をシャーナに向けた。


 シャーナは一瞬、自分が虎に睨まれていると錯覚した。


 相手の実力を推し量るような、静かな迫力のある瞳だ。


 赤く焼ける炭のような力強さがある。


 もしシャーナが拳銃を持っていて、そしてここで構えようとしたら、ホルスターに手が触れるより早く、シャーナの頭は散弾に吹き飛ばされる。


 男とシャーナには、それぐらいの実力差があり、また、それを相手に理解させるだけの気迫もあった。


「いいのを連れて来たな。人事部もやるようになった」


 ふと気迫から解放されて、シャーナは我に帰った。


「ええ。貴方のそれでパニックにならない方は、少ないですしね」


「まあここで殴りかかってくるぐらい骨のある奴がいると、もっといいんだが。ライツ。お前ぐらいのを連れて来れないのか?」


「それはないでしょう。殺気に対して即座に拳を振り翳していたら、世界は暴力だらけになってしまいます」


 ライツと呼ばれた運転手は、軽く肩をすくめた。


「殺気が来たら、大抵の場合次の瞬間には撃たれているがな」


「そういえば、世界はすでに暴力だらけになっていましたね」


「ああ。政治だの金だので暴力を振るうよりは、ただ殺気を感じて振るう暴力の方がまだ純粋だと思うんだがな」


 ザルノフは腕を組んだ。


 危ない人たちだな。シャーナは少し引いていた。


 もちろん、運転手もザルノフも基本的に暴力は嫌いだし、任務と訓練以外では絶対に人を殴ったりしないが、皮肉に解説を付けるようなナンセンスなことはしない。


「それじゃあ、私たちはこれで行きますよ」


「ああ。そいつなら面接も大丈夫だろ。頑張れよ」


「はい」


 ザルノフの応援に、シャーナは敬礼した。


「ははは。俺は軍属じゃねから階級もねえよ」


 シャーナは、驚きで数秒ほど固まった。この人は軍属じゃない?


 明らかに軍人並みの戦闘訓練を受けている。


 実力で言えば、特殊部隊の隊員すら凌駕するだろう。


「彼はAPMC社の社員で公務員経験はないんです。ほとんど書類上の話ですが」


 私は連邦警護庁のドライバーですと、ライツは補足した。


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