第12話
地下へと降りる短い階段は、狭く湿気を帯びていた。
ライツが先頭を歩き、シャーナは天井に設置されている蛍光灯の弱い明かりを頼りにゆっくりと降りていく。
階段の下には短い廊下があり、左に錆びた鉄製のドアがあった。
上の部屋とは違い、内装もなく薄汚れている。
「これは侵入者対策です。この廊下は薄暗く狭いので、武器の取り回しが難しいんですよ。それに遠隔操作可能な指向性対人地雷があちこちに仕掛けてありますので、内部に侵入した敵は逃げ場もなく全滅します」
ライツはそう断言しながら、鉄扉の横にある黒いカバーを上に上げる。
そこには、廊下の様子とは不釣り合いな最新の静脈認証が取り付けられていた。
ライツが指を当てると、カチリと機械が動く音がして、ドアが錆びついた外観に似合わず静かに開く。
特務機関本部が、シャーナの瞳に映った。
シャーナがそれに抱いた最初の感想は、昔SF映画で見たような危機管理センターだ。
部屋は全体的に薄暗く、濃紺の戦闘服を着た職員が、壁に並べられたパソコンの前でキーボードを叩いている。
正面には巨大なディスプレイが設置され、防犯カメラの映像や、赤い点の打たれた地図などが表示されていた。表示された点は、ゆっくりと動いている。
中央に設置された宇宙船の司令席を彷彿とさせる座席まで、まさに危機管理センターかSF的軍隊の司令室といった感じだ。
中央の座席が回転して、シャーナたちの方を向いた。
「ようこそ特務機関本部へ。私は本部長官のイヴァンだ。よろしく」
そこには、痩せた初老の男性が座っていた。立派な座席に対して、妙に小柄な印象を受ける。
その顔に、シャーナは見覚えがあった。
「情報本部副長官殿」
シャーナは反射的に敬礼した。自分より階級が上の人間に対する敬礼は、新兵時代から徹底されている。
初老の男性は、一応礼儀として敬礼を返しながら苦笑した。
「まあ、一応そういう肩書きもあるね。ほとんど書類上の話だけどね。君の戦闘記録を見させてもらったよ。見事な狙撃だね。我々の組織、特務機関に所属する戦闘員と比べても遜色ない」
「ありがとうございます」
シャーナは礼を言う。
「早速試験に入ろう。この施設の出入り口とされている廃工場。あの床材についてどう思った?」
イヴァンは、口調を事務的なものに変えて、試験を開始した。
「はい。黒い絨毯で、足音を消すのに適していると思いました」
シャーナは記憶をたぐりながら答える。
「待ち合わせ場所はどこだった?」
「はい。官庁街の入り口から300mほど離れていました。法務省の正面玄関だったと記憶しています」
意外と簡単だな。シャーナはそんな感想を抱いた。
「8時ちょうどの時点で、その場所にはどんな人がいた?3人あげなさい」
「はい。あの場にいたのは国防省の官僚と外務省の官僚がそれぞれ1人ずつと、貴族院の議員が1人いました」
おおと、ライツが驚いたように声を漏らした。
「国防省の官僚は何を持っていた?」
シャーナは記憶をたぐり寄せて官僚の姿を思い出す。
かなり体を鍛えた官僚で、不自然なほどに辺りを見回していた。
手には‥‥。
「確か黒のブリーフケースだったと記憶しています」
試験は、そんな調子で30分ほど続いた。
「これが最後の質問だ。君は今日、何人に尾行されていた?」
「尾行はされていませんでした。ですが、軍服の小型カメラはもう外していいですか?」
数秒の沈黙が、辺りを満たした。
「カメラは外して構わないよ。いつ気づいたのかい?」
イヴァンは少し驚いた口調でそう聞く。
軍服のカメラに気付かれたのは想定外だったからだ。あくまで試験前の行動を確認するためのものでしかなく、候補生でこれまでに気付いた者はいない。
尾行はされていなかったということにだけ気付いていれば、それで合格だった。
「車に乗り込んだ時です。背中のところに違和感を感じました」
イヴァンは深く笑う。特務機関員すら気付けないほどの巧妙さで取り付けていたカメラだ。どうやら人事部は、想像以上の逸材を見つけてきたらしい。
「合格だシャーナ君。君を歓迎するよ。それと、カメラは外してくれて構わない」
シャーナは、襟に取り付けられた小型カメラを取り外した。
「帰りはライツが君を駐屯地まで送る。書類上の所属は国防陸軍のままだから、いつも通り過ごしてくれていい。訓練の用意が整い次第、ライツに連絡させる」
「了解」
シャーナは鋭く返事をする。
「それじゃあ、君の活躍に期待している」
「ありがとうございます」
シャーナとライツは敬礼して、本部を出る。
イヴァンは口元に笑みを浮かべて、2人を見送った。
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