第46話
ザルカ帝国首都、地下駐車場。
停車しているトラックの一台が、突如爆発した。
運輸省の監視室でコーヒーを啜っていた警備員が目を見張る。
発生した爆風が付近の車両を吹き飛ばし、飛び散った破片が人々を襲う。
最後に血と悲鳴を映し出し、カメラの映像は途絶えた。
警備員たちが一斉に立ち上がると、半ばパニックになりながらもマニュアルに則って関係各所へと連絡を始める。
消防庁へ事態の早期解決を命じ、警察に交通整理を、情報調査室に原因調査を要請する。
権力が一点集中しているザルカ帝国は、有事の際の動きが早い。多少のテロでは、大した損害にもならない。
だが、それは国家としてのザルカ帝国へのダメージだ。物理的な爆発の威力と、それがもたらす破壊に対して打つ手はない。
地下という狭い空間に充満した爆風は出口を求めて暴れ回り、車道を駆け上る。
地下道を進む車たちに爆炎が襲いかかった。車は逃げる間もなく炎に飲まれる。
地下街の各所に配備されている小型の消防車が、即座に現場へと駆け付けたが、炎はすでに広がり過ぎており、小さな消防車が対応できる範囲を優に超えていた。
爆風と熱に耐えきれなくなった鉄筋コンクリートが砕け、天井が崩落する。生存者と燃え盛る車両が、瓦礫に飲まれて落ちていく。
立体駐車場があった場所は、一瞬にして大きな空洞に変わった。だが、ザルカ帝国にとって幸いないことに、崩落がそれ以上広がることはなかった。
消防職員たちは、炎で内部に侵入できないことと、崩落の危険を加味して、消火活動もそこそこに撤収を開始する。
もちろん、一箇所が破壊されただけで全てが崩れるほど、ザルカ帝国の地下交通網は脆くない。
運輸省の警備員は、とりあえず崩落が止まったことに安堵した。
警備員たちは自分らの上司に連絡を取って、事態を報告する。
「はい。とりあえず崩落は停止しましたが、多数の死傷者が内部に発生している状況です。これから消防機動隊に出動要請を行います」
「分かった。私たちもすぐに向かう。ガス漏れか、テロである可能性も捨てきれないな。情報調査室への連絡は?」
「もう済みました」
「なるほどな。何にせよ、後は連中が対応してくれるだろう」
監視室にふっと安堵が広がる。次の瞬間、地下道の各所に設置された防犯カメラの映像が、一斉に乱れた。
警備員たちは、慌てて画面を確認する。
ある物はひっくりがえって天井を映し、ある物は炎に飲まれて画像を途切れさせる。
地下交通網の各所に設置してある膨大な量の防犯カメラの半分が、わずか数秒の間に機能を停止した。
警備員たちの背筋を、冷たいものが走る。
地下にあるのは交通網だけではない。
発電所や上下水道などのインフラ設備を筆頭に、地下商店街、緊急時に対応する消防、警察施設など、都市の維持に必要なほぼ全ての機能が地下に存在している。
警備員は、破損した防犯カメラの位置から被害状況を把握しようと、震える手でパソコンのキーボードを叩いて、地下市街地の設計図を開こうとした。
次の瞬間、部屋を照らすライトの電源が一斉に落ちた。
映像が途絶え、室内は暗闇に包まれる。
地下市街地の発電施設が、全て吹き飛ばされたようだ。
警備員の1人が、非常電源を起動するために懐中電灯を持って配電室に向かう。
しばらくして、非常電源が起動しディスプレイの電源が付いた。
防犯カメラも、ほとんどが停電と爆発の影響で機能を停止していたが、バッテリーを持つ一部のカメラが、まだ映像をもたらしていた。
そこには、パニックに陥る地下街の映像が表示されていた。
大勢の人が一斉に出口を目指しており、交通整備の警官も押し流されている。
だが、爆発現場近くの防犯カメラは、ほとんど破壊されるか電気の供給が停止して機能を喪失しており、被害状況は全く把握できない。
運輸省は、警察に地下街への入り口を全て封鎖するよう指示し、電話で国防軍に出動要請を行なった。
だがその時、国防軍も動ける状況ではなかった。
軍事ネットワーク内にコンピューターウイルスがアップロードされ、その対応で情報通信網が完全に機能を停止していたからだ。
ウイルス自体の機能は、データの破壊と盗難を行う単純な物だったが、強力なウイルス対策ソフトすら食い破るほど複雑で、ネットワークの維持管理にあたる技官を総動員しても全く歯が立たない。
「運輸省から出動要請です!地下市街地で爆発が発生し、甚大な被害が出ているそうです!」
「近衛師団に命令を出せ!」
軍服姿の高級将校が、事務員に命令する。
「ネットワークがダウンしています。命令も出せません」
「民間のインターネットは使えないのか!」
「セキュリティ上の観点から、軍命令を出せる通信経路は民間のデジタルサービスに設置されていません。そして、ネットワークの完全な復旧には少なくとも24時間は必要になります」
技官が、冷静に返す。
国防省勤務の軍人には、かつてアトラ連邦を侵攻する際に行われた電子攻撃に参加している者も多い。
それだけに、電子攻撃がどれほど有効なのかもよく分かっている。
自分たちが電子攻撃を受ける側になることを想像していた者は、あまり多くなかったが。
「私が走って命令を伝えに行きます!」
体力に自信のある事務員の1人が申し出て、正式な命令書を受け取り走り出す。
「補給用の道路でも爆破テロが発生したそうですが、詳細は不明です」
技官の1人が、各地から送られてくる破損したデータをなんとか解析して、当直の高級将校に報告した。
参謀や幕僚たちの招集はもう済ませたが、交通網が破壊され、ヘリ部隊も動かせない現在の状況で、彼らが国防省ビルに辿り着くのは不可能だろう。
運よく国防省施設内にいた高級将校も、現場の人手不足を補うため電子戦に駆り出されているか、あるいは何もできない無能かのどちらかで、軍全体に指示を飛ばせる人すらいない状況だ。
最も、まともに情報すらり取りできない現状では、いくら有能な将校が集ったところで、できることなど限られている。
指揮を執っている当直の高級将校は、奥歯を噛んだ。
ただ共産党員だったという理由だけで少将の階級に滑り込んだ彼に、高い指揮能力なんてものが備わっている訳がない。
今ですら、どうやって自分の責任を最小にするのかについて頭を巡らしているような状態だ。
「せめて私の当直日以外にやってくれよ」
彼の愚痴を聞く余裕がある者など、1人もいなかった。
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