第53話

 しばらく意識を失っていたライツは、体に走る痛みにふと薄目を開けた。


 目の前で、損傷したコンピューターのむき出しになったケーブルが爆ぜる。


 彼は、まだ自分が地獄に入っていないことを理解した。


 ライツは痛みを堪えながら自身の体に目を向ける。


 片目は手榴弾の破片に抉り飛ばされていたが、幸いもう片方は無事で、自分の体の状況を把握することができた。


 手榴弾の破片をもろに受けた体はボロボロだ。肉が切り裂け、骨がむきだしになっている部分すらある。もう棺桶に片足を突っ込んでいるような状態だ。


 ライツはさらに視線を下げて、棺桶に突っ込む片足すらないことに気づいた。


 右足の膝から下が、ちぎれてなくなっている。


 周囲を見ても彼の足はなかった。爆発で四散してしまったのだろう。


 頭が酷くぼんやりしているせいで、状況を上手く受け止められない。足が無いという事実にも、ライツの心は動かなかった。


 ライツは、とりあえず足に止血帯を巻こうとしたが、指も何本かが吹き飛んでいて、防弾ベストの脇の所に取り付けた止血帯を持ち上げることすらできない。


 彼は止血を諦めた。


 動揺はない。死は、特務機関に入隊した時から覚悟していた。


 ただ自分の番が来ただけ。それだけだ。


「ライツ、無事?」


 突然頭上から声をかけられて、ライツは少し頭を上げた。


「‥‥サリアさんですか。見ての通りですよ」


 ライツは自嘲するように笑いながら、そう言った。爆風で喉もやられたらしく、声を出すと、口の中に血の味が広がる。


 サリアはそれを無視すると、ライツの側に膝をついて、血の流れる片足を止血帯で縛る。ライツは痛みに呻いた。


「サリアさん。敵の掃討に回った方がいいですよ。私は見ての通り、助かりそうにありません。救助活動は時間の無駄です」


 四肢欠損自体が、それだけで命に関わる致命傷だ。それが敵国のど真ん中で発生したとなれば、もう死は避けられない。


「大丈夫。すぐに治療を受けられるから」


 サリアはそう言った。


 口調はいつも通り冷淡だったが、濃い不安の色を帯びている。


「こちらサリア、ライツが片足を欠損する重傷。救援をお願いします。オーバー」


 サリアは、カヤにそう要請した。


「こちらカヤ。現在首都で交戦しているAPMC社の戦闘部隊がそちらに向かっている。ただ、到着は間に合わないかもしれない。オーバー」


 カヤの返答は、サリアが予想していた通りのものだった。


 特務機関の全戦力を投入している状況で、ほぼ助からないような重傷を負った1人を助ける余力など、あるわけもない。


「どうすれば」


 サリアは、ライツを前に途方に暮れていた。


 ライツは早く戦闘に戻るよう促そうと口を開く。治療しても助からない人間のために、貴重な戦力を一人釘付けにしておく訳にはいかない。


 その時、彼の心に誰かに看取ってほしいという欲求が湧き上がってきた。


 もう死ぬんだ。サリアの行動にまで口出ししなくてもいいんじゃないか。


 そもそも喉を爆風でやられたせいで、声がもうほとんど出ない。


 彼女が看取りたいのならば看取ればいいし、任務を優先するなら、それを引き留めることはしない。


 ライツは声の漏れかけた口を閉じて、ふと心の底から笑った。


 看取って欲しいとは言えない。でも、自分を無視して任務に戻って欲しくない。


 だけどサリアは、何も言わなくても傍にいてくれるようだ。


 ライツは、満足げに目を閉じた。


「ライツ!」


 サリアは、喪失感と恐怖を感じながらライツの体を抱き上げた。


 思いのほかがっちりしているその体が、ふと軽くなる。


 力んでいた手が、崩れ落ちた。


 サリアは自分の体が血で染まることも気にせずに、ライツを抱きしめる。


「ライツ」


 ただ名前を呼ぶ。かつてライツだったものは返事をしない。


 コンピューターの陰から、一人の敵兵が現れた。


 彼は、地面にうずくまるサリアと事切れた一つの遺体に気付くと、機械的に自動小銃を構え、引き金を引いた。


 数発の弾丸が、ライツを抱いて丸くなっているサリアの背中を貫いた。


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