第14話
「人並みといったところだね。特務機関の任務に要求される技能レベルに対しては不足しているから、今後は格闘技と近接戦闘を重点的に行おうか」
ガーランは、地面に倒れたシャーナにそう伝えた。
「それ、狙撃手に必要か?」
シャーナは、思わずそう聞く。
狙撃手はそもそも近距離での戦闘に弱い。それは、彼らの装備する狙撃銃が長距離射撃のみを想定することに起因する。
狙撃手の能力に関わらず、狙撃手の武装では満足に近接戦闘をこなすことができないのだ。
だから、近距離に近づかれても対応できるよう訓練するよりも、そもそも敵に気付かれないよう行動することが重視される。
シャーナもカモフラージュについてはかなり厳しく教えられたが、拳銃射撃などの近接戦闘訓練はそこまでちゃんとやっていなかった。
「全分野において一般兵を圧倒できる程度の能力が無いと死ぬからね。特殊作戦とくに非正規戦に要求される練度は、低くない」
シャーナは項垂れながら立ち上がる。
狙撃に優れるシャーナだが、対人格闘はあまり得意ではない。
せいぜい一般的な陸軍歩兵2,3人を相手にして互角に立ち回れる程度だ。狙撃手ならば十二分なほどの能力だが、特殊部隊ではそうもいかない。
「敵数不明、人質3名、条件は死者を出さないこと」
「は?」
ガーランの言葉に、シャーナはふと顔を上げる。
「時としてそんな命令が下ることもある。どんな任務でもこなせなければ、ザルカ帝国には勝てないよ」
ガーランは、シャーナに囁く。
「家族の仇を、打ちたいんじゃないの?」
シャーナの赤い瞳が、ガーランを見た。
黒々とした憎悪の炎は、かつて彼が介抱された時に見た物から一切弱まっていない。
どす黒い赤に染まった瞳に、ガーランは一瞬戦慄した。
底知れないな。
彼女が何を思い出しているのか、あるいは何を見ているのか、ガーランには分からなかった。
だが、それがシャーナの成長に繋げることができる事は分かる。
それを原動力とした成長が正しいか正しくないかは分からないが。
「目標があることはいいことだよ。それが復讐というものだとしてもね」
ガーランは、迷いながらも励ました。良い悪い以前に、成長しなければシャーナは死ぬ。
そして、その励ましはシャーナを大きく変えた。
彼女は睡眠時間を削って強度の高い訓練を繰り返すようになり、1日の平均睡眠時間が1時間を下回ることすら当たり前になってきた。
必然的にチームメイトもそれに付き合い、多くの時間がシャーナのために費やされたが、それに見合う成果は出た。
元々才能という奴を持っているシャーナは、一ヶ月でライツと互角に戦えるほどになり、狙撃銃だけでなく短機関銃、爆弾、対戦車ロケットなど様々な兵器を完璧に扱えるようにもなった。
そうしてシャーナは、特務機関の戦闘員として十分に戦える練度を手に入れた。
「見事だな。人の心に火をつけるのはお前の才能か」
深夜の運動場で、ザルノフは腕立てをしながらガーランに声をかける。
遠くの方では、荷物を限界まで詰め込んだバックパックを背負うシャーナが、粗い息をつきながら走っていた。
まだ肌寒い時期が続く中、体から湯気が出るほどの汗をかいている。
ガーランは、懸垂の鉄棒から飛び降りてふと笑った。
「メンタルケアも衛生兵の仕事だからね」
「士気高揚を音楽隊だけに任せる気はないってか」
士気高揚は主に音楽隊の任務だが、衛生兵の存在もまた、兵の士気に大きく関与している。
それこそ、戦場で衛生兵が優先して狙撃されるほどに。
「平時ならそれでいいんだけどね。もっとも、ザルノフさんは怪我をしないから衛生兵の有無関係ないでしょ?」
「さあな。撃たれたことがないから分からん」
ザルノフは豪快に笑った。もちろん、散弾銃を構え最前線に立ち続ける彼が無事であるはずもなく、その肌には多くの弾痕が残る。
だが、彼は衛生兵の世話になったことがない。
どんな大怪我をしても、任務完了までは体を動かし続ける胆力があるからだ。
だからこそ、これだけの精鋭を集めた中で、唯一公務員経験の無い彼が分隊長を任されているし、チームも彼を信頼している。
「そろそろ我々も任務に出されそうですね。ザルノフさんは、シャーナを出してもいいと思いますか?」
ガーランは、灰色の瞳を少し厳しくして聞いた。
優秀な人材を多く保有する特務機関も、激化するザルカ帝国との非合法戦争により人手不足が深刻化している。
シャーナに与えられた訓練時間は、決して長くはない。
「さあな。出してみないことには分からん」
ガーランの問いに、ザルノフは腕を組んだ。
「死なないといいんですけどね」
ガーランは、少し心配そうに言う。
ザルノフは答えなかった。
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