第40話

「今回の作戦で俺らの部隊に与えられた任務は、ザルカ帝国共産党中央委員会ビルを襲撃して、これを制圧せよというものだ。つまり、ザルカ帝国の首を切り落とす刃の任務を賜ったわけだな」


 首都地下交通網を走るバンの中で、ザルノフが作戦の説明を行っている。


 「随分と重要な任務を任されましたね」


 ライツが何の感慨もなくそう言った。


 「それなりに信頼されているのか、あるいは計画を露呈させた責任を取って、最も危険な任務に駆り出されたのかもな」


 ザルノフはやや不満げにそう言う。彼は、ほぼ間違いなく後者であると思っていた。


 ライツは地下駐車場にバンを停車させる。


 今回の武力蜂起では、綿密に張り巡らされた地下交通網にも、爆破テロを中心とする破壊工作が行われる。


 崩落を引き起こさせ、地上のあちこちで陥没を発生させると同時に、地下交通網を完全に麻痺させるのが狙いだ。


 駐車場はほとんど車で埋まっていて、出入りも激しい。この地下駐車場一つ破壊されただけでも、かなりの損害が発生するだろう。


 地上へと行く人々は、まさか自分達の車が潰される運命にあるとは、想像すらしていないに違いない。


 シャーナは、それを少しだけ気の毒に思った。


 もちろん、失われた愛車を悼むことができるのは、運よくこの大規模テロを生き残った上で、さらに続く内乱まで命をつなげた僅かな人々だけなのだが。


 いや。まだ作戦が成功すると決まったわけではない。


 作戦が失敗したら、シャーナ達は愛車を失う以上の苦しみを与えられる。


 敵国の民を気の毒に思っている場合ではないな。


 シャーナは気を引き締め直した。


 地下立体駐車場は、隅の方にある大型エレベーターで地上に登ることができる。


 ほとんどの立体駐車場エレベーターにあるような薄暗く寂れた雰囲気は全く感じさせず、手入れが行き届いていて小綺麗だ。


 ライツがボタンを押すと、エレベーターはほんの数秒でやってきた。


 かなりの速度で上下しているらしい。地下数十メートルに及ぶ交通網を滞りなく運用するのには、かなりの速度が求められるのだろう。


 シャーナたちがエレベーターに乗り込んで地上1階のボタンを押すと、自動ドアが静かに閉まり、エレベーターは耳に違和感を残す速度で上昇を開始した。


 シャーナはつばを飲み込み、耳の違和感を消す。


「ちなみに、ホテルの予約はしたか?」


 静かなエレベーターに、その声は妙に響いた。


「え?必要ありましたか?」


 ザルノフの言葉に、分隊の事務を統括しているライツが返事をする。


「もちろん。ザルカ帝国首都は世界屈指の観光名所だ。俺もAPMC社の社員だった時に来たんだが、予約を取り忘れて事務室で寝るハメになったからな」


 ライツがぎくりと硬直した。


 「予約していません。申し訳ない」


 もちろん、ライツだけが悪いわけではない。


 分隊の責任者であるザルノフが言うべきだったとも考えられるし、気付いた人が予約をするべきだったとも言える。


 だが宿を取る余裕があるような状況ではなかったし、見捨てられてザルカ帝国陸軍に包囲された訓練場の生徒たちは一晩中野宿なので、シャーナたちが野宿することに問題があるわけではない。


 むしろ因果応報と言った方が正しいだろう。


 ただ一つ確かに言えることは、彼らが今夜、屋根のある場所で寝れる可能性は低いということだ。


「悪かった。俺が予約した方が良かったな」


 ザルノフは頭をかいた。


「まだ宿泊できないと決まったわけではありませんし、とりあえず探しましょう」


 時刻はまだ午前4時を過ぎたところで、時間は十分にある。


 だが彼らは、観光地の宿泊状況をなめていた。





「とりあえず一室ですか」


 1時間、各情報網を使って探し回り、結局見つけられたのは1部屋のみだった。


 それも、ギリギリ2人部屋を名乗れる程度の狭い空間で、外観もやや綺麗な廃墟といったレベルだ。


 車中泊よりは少しマシだろうが、その程度だ。


 なぜ倒産しないのか不思議だったが、多分、他に選択肢がなくて仕方なくここに泊まる多くの人々に支えられ、生き延びているのだろう。


 実際、シャーナたちが予約して満室になった。


 スマートフォンで予約を終えたシャーナたちは、ビルの谷間に横たわる公園のベンチで、弁当の夕飯を済ませる。


「車中泊と部屋の2チームに分かれますか」


 ライツが、そう提案した。


「どうやって?」


「ジャンケンとか?」


「特殊部隊がじゃんけんって間抜けな響きだね」


 サリアが呟く。


「じゃあどうします?回転式拳銃でロシアンルーレットでもやりますか?」


「3人減らして2人で宿泊か。そうする?」


 サリアとライツの間に緊張感のある空気が流れた。シャーナは、2人が本気でロシアンルーレットを始めるんじゃないかと、ハラハラしながらその様子を見ていた。


「じゃんけんにしますか」


「そうだね」


 最終的にライツが折れて、2人は合意した。


 他3人は、別に決め方にこだわりはない。じゃんけんなんて何年ぶりだろうかと、つまらない感慨を抱くだけだ。


 「最初はグー、じゃんけんぽん」


 数回のあいこを挟んで、まずガーランが勝った。


 次にシャーナが勝った。


「お前らか。じゃあ、明日の5時に地下駐車場集合で。それじゃあな」


 ザルノフたちは、そのまま地下駐車場のバンに向かう。


「じゃあ、俺たちも行きますか」


「そうだな。明日は早いから、早く寝よう」


 なにしろ、明日は失敗すればアトラ連邦が詰むという重大な任務だ。


 万全の状態で挑むべきだろう。


 ガーランとシャーナは、宿がある郊外へと向かった。

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