第43話
シャーナとガーランは、首都中心部を歩いていた。深夜だからか、辺りにはほとんど人気もなく静まり返っている。
24時間体制で動き続ける物流は地下を通っているし、騒がしい居酒屋なんかも、ほとんどが地下商店街に居を構えているから、地上にその喧騒はない。
シャーナたちは、公園を兼ねる広い歩道をゆっくりと歩いて行く。道の両脇に立ち並ぶビルからの明かりが、草木を幻想的に照らしていた。
「戦闘前なのに思慮が足りなかったね。ごめん」
ガーランはシャーナに謝った。
「いや。気にしていない。でも、私なんかに好意を持ってくれたことは嬉しいよ」
静寂に、シャーナの快い声が響く。
「もしこの作戦が上手く行ったら、ガーランはどうするつもりだ?」
ふと、シャーナはそう聞いた。
「俺?俺は普通に定年まで軍に勤めるよ。その時に特務機関が無かったとしたら、一般部隊に行くさ。シャーナはどうするの?」
ガーランは、聞き返した。
「私は、」
シャーナは、自分に返ってくることを想像していなかったのか、少し口ごもる。
「特に決めていない。今まで、ずっとザルカ帝国だけを見てここまで来たから」
わずかな沈黙が流れる。
「そっか」
ガーランは、短く返事をした。
会話が途切れる。
2人は道の両脇に立ち並ぶ総合ビルの一つに入り、玄関ホールを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。
ガーランがボタンを押すと、エレベーターのドアはすぐに閉まり、シャーナたちは一瞬にして地下深くへと運ばれていく。
地下駐車場は、深夜だというのに多くの車が出入りしていた。蛍光灯の灯りに照らされるここには昼も夜もなく、よって眠ることもない。
ただ、昼間多かった乗用車は、ほとんどトラックに変わっている。
シャーナたちは行き交うトラックに轢かれないよう気をつけながら、自分たちのバンへと近づく。
すでにライツは運転席に座っていて、車はエンジンがかかっていた。
シャーナたちが乗り込んだら、すぐに出発できる状態だ。
「急いで」
サリアに急かされて、シャーナたちは走り出した。
2人がバンに乗り込むと同時に、バンはドアを閉めながら急発進した。
「途中でサービスエリアに寄るから、そこで戦闘服に着替えてください。ついでに、飯もそこで食います」
4車線もある広々とした地下道路をバンが駆け抜けている。ライツが、シャーナとガーランに指示をしながらアクセルを踏み込んだ。
「どうして急に?」
シャーナが、シートベルトを付けながら質問した。
「ようやく作戦の詳細情報が開示されたんだ。今すぐに首都近郊の公園に向かわないと間に合わない」
ザルノフが状況を伝える。
「なぜ?」
シャーナは、より詳細な説明を求めた。
「ついさっき本部から連絡が来たんだよ。今夜中にAPMC社部隊が首都近郊の公園を制圧するから、俺らはそこに待機しているヘリに乗り込めとのことだ」
その公園は首都から少し離れた場所にあり、着替えなども含めて今すぐ出発しなければ間に合わないそうだ。
特務機関本部は、即座に行動を開始すればギリギリ間に合うタイミングを狙ってメールを送信したに違いない。任務開始時刻や詳細の漏洩は、現場に多少の負担をかけてでも絶対に防ぎたかったのだろう。
「イヴァンも性格の悪いことを。そんなに俺らが信用できないか」
「機密保持のためですから。仕方ないといえば仕方ないのでしょうね」
ザルノフがついた悪態に、ライツはイヴァンを擁護しつつも同意した。
「でも、無茶無謀も特務機関の仕事ですよ」
ザルノフは自分が過去にした発言を、そっくりそのままライツに返された。
言葉遊びの腕は、ライツの方が上手だ。
「給料に見合ってねぇな」
ザルノフはため息をつく。
「給料のためだけにやっていたら、とっくに辞めているでしょう?」
特務機関の仕事は危険だ。アトラ連邦に対して強い愛着を持っていない限り、給料が高くても普通はやろうと思わない。
「いや、俺は給料のためだけにやっているよ。そもそも出身は、アトラ連邦と何の関係もないしな」
ライツが、驚いたように眉を上げた。
「そうなんですか、珍しいですね」
「確かに、アトラ連邦人以外の特務機関員は少数派だ。俺みたいなAPMC社上がりの戦闘員も、特務機関に入っているのはほとんどアトラ連邦人だしな」
あくまでアトラ連邦のために命を懸ける機関なので、当たり前の話だ。
だからこそ、アトラ連邦と何の関係もないザルノフが、ここにいる理由が分からない。
「では、なぜザルノフさんが?」
ライツは、少し興味があるように聞いた。
「それはもちろん高い給料を提示されたからだよ。アトラ連邦内で言えば普通より高い程度だが、俺の祖国では大金だ。やっぱり子供たちにはいい学校出て欲しい」
ザルノフは、懐かしむような微笑を浮かべた。
彼に家族がいるという事実に全員が驚いたが、あからさまに驚くのも失礼だと思って表情に出す者はいなかった。
「ザルノフ、家族いたの?」
サリアがそう聞く。
「ああ、息子が4人と娘が2人、それに妻が1人。もう何年も会ってないけどな。たまに電話をしたり手紙を出す程度だ」
「大家族ですね」
「ああ。だが俺の国では少ない方だ。医療体制がアトラ連邦ほど整っていない分、児童死亡率が高いからな」
車内に、沈黙が降りた。
「ご家族には会えそうですか?」
ガーランが、そう聞いた。
「ああ。そろそろ子供全員を学校に出してやれるだけの金が貯まるんだ。そうしたら国に帰るさ。一番上のガキは覚えているだろうが、一番下は3歳だったからな。俺の顔も、忘れているだろうな」
車内に、沈黙が流れる。
「生還してあげて、ください」
「分かっている。俺はそう簡単に死なねぇよ」
シャーナの言葉に、ザルノフはいつも通り豪快に笑った。
夜は静かに更けていく。地獄の足音は、すぐそこまで迫っていた。
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