第十楽章 業火へ往く
第44話
その日は、いつもと変わらなかった。
太陽の朝日がガラスのビルを照らす中で、スーツ姿の会社員たちが仕事場に向かう。
もちろん戦時下に不安を感じている人も少なくなかったし、世界は平和とは程遠い状態であったが、それでも人々は、いつも通りの日々を謳歌していた。
首都を陰ながら支える地下交通網も、普段と変わらず多くの車が行き来している。
所々に存在する広々とした駐車場には、多くのトラックや乗用車が停車していた。
そんなトラックの一台から、1人の作業員が降りた。
茶色い作業服姿で目深に野球帽を被り、その表情は窺えない。
彼はトラックを放置したままエレベーターに乗って、地上を目指す。後には、放置されたトラックだけが残された。
同じ頃、ザルカ国防省のビルを、1人の官僚が歩いていた。
彼は多くの官僚でごった返す廊下を通り抜けて、エレベーターに滑り込む。
複雑な国防省ビルを歩き続け、ようやく地下4階の国防軍総司令部に辿り着いた彼は、自分の席に座った。
彼は、ここに勤める官僚の一人だ。
薄暗く広々とした室内には、机や椅子がずらりと並べられていて、全軍の動きを24時間体制で監視し、統制している。
彼は自身のパソコンを起動すると、USBメモリーを差し込んだ。
国防軍ネットワークへのアクセス画面の上から、新たなウィンドウが立ち上がる。
彼はそこに自身のIDとパスワードを入力して国防軍ネットワークにアクセスしてから、エンターキーを押した。
真っ黒なウィンドウにプログラムが流れて、カーソルが勝手に動き始める。
USBメモリー内のアプリが、国防軍ネットワークへと奇妙なプログラムををアップロードし始めた。
彼はそれを見届けると、パソコンを閉じて席を立つ。周囲の同僚は自分の仕事に熱中しており、急に席を立った彼に不審な目を向けることもない。
そのまま国防省ビルを後にした彼は、雑踏に消えた。
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