第31話

「なぜこんなことに!」


 会議室で、戦闘服姿のシャーナが怒りに任せて机を叩く。


「まあ落ち着けシャーナ。カヤ、説明頼む」


「了解」


 ザルノフの指示を受けたカヤが、すぐさまプレゼンテーションを開始した。


「単純に言うと、ザルカ帝国空軍の大規模爆撃でアトラ山脈上に展開していたアトラ連邦軍が壊滅して、防衛線を突破されたっていうこと」


 ザルカ帝国軍は、空軍爆撃隊の全滅というリスクを覚悟した上で、保有する全戦略爆撃機を対空ミサイルの並べられた前線に派遣し、大規模な絨毯爆撃を行った。


 作戦により保有する爆撃機の半数以上を失うという犠牲を払ったザルカ帝国軍だが、それによって膠着状態だった戦線を打破することに成功。現在は機甲師団を平野に展開させている最中だという。


 補給状況が整い次第、進軍を開始する見込みらしい。


 質も量もザルカ帝国軍に劣るアトラ連邦軍に、正面から衝突してザルカ帝国軍に勝つ可能性はほぼゼロ。


 そして山岳地帯を突破されてしまえば、残るのは防御陣地を築くことすら難しい、ただっぴろい平野だけだ。


「核による相互破滅か降伏による国家消滅を選ばないんだとしたら、敵部隊を迎撃して押し返すか、あるはザルカ帝国政府を崩壊させるしかないね」


 カヤは簡単な説明を終えた。その2つを選ぶとしたら、後者の方がまだ容易だろう。それにしても不可能と言えるほど難しいことに変わりはないが。


「それで、政府はどんな対応を?」


 ガーランが質問した。確かに政府の結論が下らなければ国防軍は動けないし、一応は政府の見解をもとに行動する特務機関も、大規模な作戦行動は取れない。


「それが、統合参謀本部の高級将校たちを招集して、戦線崩壊の責任を追及している最中だそうだ。有難いことだな」


 ザルノフが皮肉った。


「ザルカ帝国も狂っていますが、わが国も負けていませんね」


 ライツが嗤う。


 アトラ連邦が謳う『世界最高クラスの民主主義』とやらが、ここにきて自国に刃を向いたらしい。


「でも、イヴァンは何らかの行動をとる可能性が高い。彼の独断専行には少なくない前科がある」


 サリアがそう意見した。


「なんにせよ、連絡を待つしかないな。分隊程度で独走するわけにもいかないし」


 ザルノフが結論付けた数秒後、唐突にドアがノックされた。


 カヤがパソコン画面を閉じると、スライドも消える。


「どうした?」


 ザルノフが呼びかけると、会議室に作業服姿の老いた男性が入ってきた。


 彼はAPMC社の社員で、この施設の保守点検を行なっている管理人の1人だ。


「運動場に会社のヘリがきています。パイロットからあなた方をお呼びするように申し付けられました」


 管理人は、丁寧な口調でそう言った。


 施設の保守点検に当たる彼らは、特務機関については何も聞かされていない。だが、無駄な詮索をして身を亡ぼすほどの無能は一人もおらず、ただ忠実に仕事を遂行している。


「イヴァン、もう始めやがったらしいな。行くぞ」


 ザルノフたちは各々の銃器を持ち上げて、会議室を出た。

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