第30話

 ザルカ帝国共産党中央委員会。


 黒く着色されたガラス壁の不気味なビルに所在するその委員会は、ザルカ共産党を取り仕切る党の最高機関だ。


 同時に、ザルカ帝国の行政権、立法権、司法権を担う国家の中枢でもある。


 常に粛々とあるべきその組織は、現在大混乱に陥っていた。


「不正アクセスです!やられました!」


「バックアップにも侵入されています!」


「ちっ。何とか権限だけでも取り返せないのか!?」


「パスワードが再設定されています。突破できません!」


「今すぐエンジニア全員招集しろ!」


 政府機関からのアクセスを装って唐突に襲ってきたサイバー攻撃は、一瞬にして中央委員会の運用するサーバーを制圧した。


 スーツ姿の技術者たちがパソコン画面を睨み、各自が知りうるあらゆる反撃を試みているが、一向に功を奏していない。


 共産党が政権獲得前から秘密裏に組織していたサイバー戦部隊は、現在ザルカ帝国のデータ管理を一元的に行っている。


 何年もかけて錬成してきたプログラマーたちに守られるサーバーのセキュリティは世界トップクラスで、界隈では難攻不落とまで言われていた。


 実際、度重なる世界各国からのサイバー攻撃にも、一切動じたことがない。


 だが、ついに陥落した。


「ちっ!犯人は」


 オフィスの指揮をとっている男が、額の傷跡を指先で押さえながら、すぐ隣の技術者に聞く。


「特定を急いでいますが、あまり期待しないでください。海外のサーバーを少なくとも3つ以上は経由しています」


「予想はつくか?」


「アトラ連邦以外にあり得ますか?特務機関も随分とやるようになりましたね」


 技術者は冷静に答えた。


 ザルカ帝国共産党が秘密裏に保有する特殊戦闘部隊『赤いオーケストラ』電子戦部隊。


 それが技術者たちの所属だ。


 特務機関すら悠に超える規模を誇りながら、その存在を知る諜報機関はほとんど存在せず、噂すら一切流れていない。


 数々の特殊作戦を成功裏に終えてきた精鋭。


 だが今、たった1人のエンジニアに圧されていた。


 そして、永遠にも思える地獄の嵐が過ぎ去り、苛烈なサイバー攻撃は、ほんの10分程度で終結した。


 なんとかアクセス権限を取り戻した技術者たちが、データを確認していく。


「特務機関関連情報が全損しています。出入国管理局のデータもかなりやられていますね」


 対応の指揮をとっていた男は、額の傷跡を押さえた。やられたな。やはり犯人は特務機関で間違いなさそうだ。


 そういえば、どうせ顔写真があるからと殺害しなかった工作員がいたはずだ。


 まさか。


「少し前に捕縛した工作員の顔写真はどうだ?」


 男は慌てて技術者に詰め寄る。


「ちょっと待ってください‥‥だめです。完全に破壊されています」


 技術者からの報告に、男は机を殴った。


「クソっ」


 辺りに、嫌な沈黙が流れる。


「待ってください。国防省のデータは全て無事です。例の情報も漏れていません!」


 技術者たちから安堵の声が上がった。


 男は数秒動きを止め、にやりと笑う。


「なるほどな。あの情報が無事なら問題ない。アトラ連邦もこれで終わりだな」


「全てはザルカ帝国の未来のために。ですね」


 技術者が嬉しそうにそう言う。男は頷いた。




 そして数日後、アトラ連邦の前線は崩壊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る