第5話
同じ頃、2機の汎用ヘリコプターが山の麓を飛行していた。
黒塗りの機体に、アトラ連邦軍を示す紋章が目立ちにくい色で描かれている。
プロペラの駆動音も普通のヘリに比べて静かで、機体は夜の闇へと完全に溶け込んでいた。
一般的な陸軍ヘリは濃い緑に塗装されていることが多く、黒い機体は異様な雰囲気をまとっている。
ヘリには、12人の戦闘員が6人ずつ分乗していた。
戦闘手袋に覆われた手には光学照準装置の付いたカービンタイプの自動小銃が握られていて、防弾ベストには予備弾倉と止血帯、それに手榴弾がぶら下がっている。
太ももには、拳銃のホルスターも取り付けられていた。
各自が自由に武器を選べる特殊部隊ならではで武器の統一性はあまりなく、カスタマイズにも個性がある。
共通しているのは、濃紺の戦闘服ぐらいだ。
肩にアトラ連邦軍を示す金色の星が縫い付けられているそれは、市街地戦闘服と呼ばれる特殊部隊専用の被服で、陸軍歩兵に支給される迷彩服よりも丈夫で長持ちする。
ガスマスクから服まで最新鋭の装備で固めた彼らは、まさに特殊部隊と言った雰囲気を漂わせていた。
彼らが乗り込むヘリは対空レーダーに探知されることを恐れてか、機体の底が木の頂上に擦れるほどの低空飛行をしている。
並のパイロットがやったら絶対に墜落するだろう。
それに、今は狭い暗視装置の視界に頼らざるを得ない深夜だ。普通のパイロットには、いつも通り飛行させることすら難しい。
だがこのヘリを操縦するパイロットは、そんな危険飛行すら顔色ひとつ変えずにこなしている。
並外れた操縦技術がなければできない芸当だ。
「政治家の確保ですか。それも自国の」
戦闘員の一人が鼻で笑った。
彼らのヘルメットには軍用のヘッドセットが取り付けられており、プロペラの轟音が鳴り響くヘリの中でも会話することができる。
「仕方ないさ。政治家だって人間だ。誰だって自身の欲望から逃れることはできないよ。まあ、それ相応の罰は下されるけどね」
ヘリの側面に取り付けられたガトリング機関銃を操作する戦闘員が、反応を返す。
「敵はいくらでも殺していいが対象の殺害は絶対に禁止。確実に生け捕れ。可能なら駐機しているヘリも破壊しろと。無茶だね」
「その無茶をこなすのが特殊部隊だ。任務中だぞ。無駄口を叩くな」
分隊長にたしなめられ、戦闘員たちは即座に口を閉ざした。各個人の自由度が高い特殊部隊でも、上官の命令が絶対であることは一般部隊と同じだ。
ヘリは、徐々に斜面を駆け上っていく。
山の稜線を越えたら、谷底に攻撃目標の軍事基地が見えるはずだ。
それと同時に、軍事基地の対空兵器から一斉攻撃を受ける。
任務内容は、敵に寝返った政治家を逮捕して軍の諜報機関である情報本部に引き渡すことと、可能な限り敵軍事基地に損害を与えること。
ヘリが撃墜されて戦闘する間すら与えられない可能性もあるし、たとえ無事に降下できても、軍事基地の守備部隊が立ちはだかる。
戦闘員たちは、自らの僅かなミスが任務の失敗に直結する状況に緊張していた。
ヘリコプターは微かに減速して、稜線を通過した。
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