第6話
そろそろかなと思い、シャーナは時計を確認する。
軍用時計の短針が深夜1時と2時の間を、長針が22分を指していた。
ちょうど時間だ。
彼女は呼吸で銃口が乱れないように息を止め、引き金を引いた。
銃口の減音器に絞られた発砲音が雪に吸い込まれて、放たれた弾丸は狙い過たずに送電ケーブルを貫く。
回転していた対空レーダーの動きがゆっくりになって、すぐに止まった。
次の瞬間、山の稜線から2機のヘリコプターが飛び出した。冷たい空気をプロペラの駆動音が切り裂く。
「おお」
シャーナは、時間ぴったりに合わせたヘリパイロットに感心しつつ、素早くボルトを操作して空薬莢を弾き出す。
火薬の炸裂で燻された薬莢が地面に落ちて、積もった雪を少し溶かした。
シャーナは次の獲物を探し、建物の屋上にいる狙撃手に照準を合わせる。戦場で狙撃手は大きな脅威だ。突入チームのために射殺しておいた方がいい。
シャーナは慎重に照準を調節して、引き金を引いた。
銃口から弾丸が飛び出し、少し遅れてシャーナの肩を反動が軽く蹴った。
弾丸は回転しながら飛翔して、一瞬で屋上の狙撃手に到達する。
狙撃用の高威力な弾丸は狙撃兵のスコープを引きちぎり、彼の目から脳にかけてを抉って後頭部から飛び出した。
狙撃兵は、頭の半分を吹き飛ばされて即死する。
薬室から弾き出された空薬莢が、再び雪の上に転がった。
ヘリコプターは、一気に高度を下げながら軍事基地へと迫る。
ほんの数十秒で山の中腹を通り過ぎ、基地上空に入るまで残り数秒も無いだろう。
安堵したシャーナの瞳に、駐機されている汎用ヘリの陰で携帯地対空ミサイルを構える敵兵の姿が映った。
この至近距離で対空ミサイルが発射されたら、ヘリは回避できない。
まずいな。
シャーナは反射的にその敵兵へと照準を合わせて、引き金を引いた。
1㎞近い距離を一瞬で駆け抜けた弾丸は対空ミサイル射手のヘルメットを貫通して、その頭を吹き飛ばす。
兵士はぐらりと傾いて、地面に倒れ込んだ。
だが彼に与えられた人生最後の一瞬は、彼が兵士として最後の責務を果たすのに十分すぎた。
彼は消えゆく意識の中でヘリにミサイルの照準を合わせると、引き金を引く。
ロケットが火を噴いて辺りを明るく照らし、携帯地対空ミサイルの弾頭が炎の尾を引きつつ夜空へと放たれた。
ミサイルに搭載された赤外線センサーは2機あるヘリの片方に狙いを付けると、機体後部に取り付けられているエンジンを目掛けて加速する。
自らに接近するミサイルに気づいたヘリは一気に上昇すると、大きく旋回しながらフレアをばらまいたが、現代戦で使用されるミサイルを、燃えるマグネシウム程度で誤魔化すことは難しい。
音速を超える速度で進む対空ミサイルを狙撃銃で撃ち落とせるはずもなく、シャーナもただ見ている事しかできない。
ミサイルはヘリのエンジンにぶつかって炸裂し、動力を失ったヘリは急速に不安定化しながら高度を下げていく。
パイロットは、なんとか機体を立て直そうと試みて操縦桿を引いた。
一瞬だけ機首が上がりヘリは安定を取り戻したが、その代償として僅かに残された浮力を使い果たし、すぐに失速して真下の森へと墜落した。
機体は樹々をなぎ倒しながら斜面を滑り落ち、軍事基地から100mほど離れた場所で止まる。数秒後、すさまじい爆音が轟いた。
爆風の熱気がシャーナの頬をなで、炎が辺りを明るく照らす。
あの様子では、誰も助かりそうにない。
シャーナが思わず呆気に取られている間に、撃墜を免れた方のヘリは、基地上空に到達した。
ヘリは基地上空をゆっくり旋回しながら、ガトリング機関銃で地上の敵兵を掃射する。
地上の敵兵たちは慌てて退避しようとしたが、上空からの射撃に隠れ場所などほとんどなく、ヘリからの弾丸を浴びて次々と血の霧と化していた。
空に銃口を向ける敵兵もいたが、変則的に飛び回るヘリに命中する者はほとんどなく、当たったところで小銃弾程度ではヘリの装甲を破れない。
駐機場に並ぶヘリコプターにもガトリング機関銃の銃口は向けられ、燃料タンクを曳光弾によって貫かれた機体が一瞬で炎に包まれた。
爆散した機体の破片が、付近の敵兵に襲い掛かる。
上空からの攻撃で敵が混乱に陥った隙をついて、汎用ヘリに乗り込んだ戦闘員たちは機体から地上へとロープを落とすと、それを掴んで一斉に降下した。
彼らは、ヘリからの弾幕を生き残った上でなお交戦する意欲のある敵兵を素早く始末すると、炎が燻る駐機場を通り抜けて中央の建物へと突入する。
シャーナは弾倉に残った弾丸で建物の屋上にいる敵狙撃手2名を瞬く間に射殺し、空になった弾倉を交換した。
時計を確認すると、長針が27に近づきつつある。
そろそろ撤収するか。
シャーナが立ち上がると、彼女の体に積もっていた雪が音を立てて落ちた。凍りついた戦闘服のせいで動きにくい。
シャーナは軽く体を動かして、戦闘服に張り付いた氷を落とす。
狙撃銃をバックパックに括りつけて背負い、スキー板を履いてストックを握りしめる。
そのまま自軍の基地へと帰還しようと地面を蹴った彼女は、ふとスキーストックを雪に突き刺して動きを止めた。
片耳につけた無線機のイヤホンが、呼びかけてきたからだ。
「こちら本部。ヘリ墜落地点に向かい生存者の有無を確認せよ。オーバー」
「‥‥こちらシャーナ。了解。オーバー」
シャーナはゴーグルで目元を隠して、ヘリの墜落地点へと向かった。
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