第4話

 深夜になっても、シャーナの任務は終わらない。


 暗視装置を付けたスコープに、雪に閉ざされた軍事施設が緑の濃淡で浮かび上がって、シャーナの瞳に映し出されている。


 つい数時間前までは青空が見えていた空も今は黒に染まっていて、冷たい夜の空気がシャーナの肌を突き刺していた。


 身じろぎ一つしないシャーナの背中に、うっすらと雪が積もっていく。


「こちらシャーナ。異常なし。オーバー」


「了解。オーバー」


 もう何度目になるかも分からない定時連絡を終え、シャーナはマイクをポケットに戻した。


 雪の混じった冷たい風が、シャーナの頬を殴る。


 吹雪いてきたな。


 シャーナはかじかんだ手を軽く動かして、問題なく引き金が引ける程度までほぐす。指先に、じんわりと血流が戻ってきた。


 基地は灯火管制が敷かれているのか真っ暗で、人っ子一人見つけられない。


 だがシャーナのスコープには、建物の屋上や物陰で身を潜める敵兵士たちがしっかりと映っていた。


 彼らは微動だにせず銃を構えて、警戒を続けている。


 先ほど士官を出迎えた儀仗隊とは違い、専門の戦闘訓練を受けた精鋭部隊のようだ。


 気は抜けない。


 小さなエンジン音が、冷えて赤くなったシャーナの耳を打った。


 それは気を抜いていたら聞き逃してしまう程に微かな音だったが、研ぎ澄まされたシャーナの耳は聞き逃さなかった。


 音の方に顔を向けると、暗闇に閉ざされた森の中を無灯火の雪上車が走っている。


 雪上車は開けっ放しのゲートから基地の中へ入ると、駐機場の真ん中あたりで停車してエンジンを止める。


 辺りは、再び完全な静寂に包まれた。


 身を隠していた兵士の数名が、自動小銃を構えたまま雪上車へと近づいていく。


 荷台のドアが開き、スーツ姿の太った男性が現れた。シャーナはスコープの倍率を上げて、男性の顔に目を凝らす。


 辺りに一片の光も無いせいで、暗視装置を使ってもその顔はよく見えない。


 だが、男性の後ろには4名ほどの屈強なボディーガードが付いているので、彼が何らかの要人であることは間違いなさそうだ。


 だが顔が見えなければ、それが対象A-3かどうか判別できない。


 その太った男性は近づいてきた兵士に何やら文句を付けているようで、ザルカ帝国軍の兵士は謝っていた。


 彼らはそのまま駐機場を横切って奥の建物へと向かう。兵士がドアを開けると、男性はさも当然と言った態度でコンクリート造りの建物へと入った。


 シャーナはスコープの倍率を限界まで上げて、ドアから漏れた明かりに浮かび上がる男性の顔を確認した。


 シャーナは目を見開く。


 直後にドアが閉まり、後には暗闇に隠れる敵兵だけが残された。


 シャーナは、微かに震える手で無線機のマイクを口元に寄せる。


「こちらシャーナ。対象A-3を確認。繰り返す。A‐3を確認。中央の施設に入った。オーバー」


 シャーナは、興奮を隠しきれない声でそう報告した。


 寒さと緊張で、頬が紅潮している。


「了解、オーバー。これより指示を出す。時刻0122午前1時22分ちょうどに敵対空レーダーを無力化し、可能な限り敵兵を射殺して0127午前1時27分までに現場を離脱せよ。オーバー」


 敵対空レーダーの無力化は、すでに狙撃経験も豊富なシャーナにとってそこまで難しい任務ではない。


 それに、シャーナのいる場所は基地から1㎞近く離れているので、敵に位置が露呈するような事態はまず起こらないだろう。


「了解。オーバー」


 彼女は無線連絡を終えると、狙撃銃の照準を回転する対空レーダーの送電ケーブルに合わせた。


 腕の無骨な軍用時計を確認すると、時刻はまだ0115午前1時15分で、射撃開始まで7分ほどの余裕がある。


 かつてないほど重要な局面にはやる気持ちを抑えたシャーナは、赤い瞳で冷徹にスコープを睨んだ。

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