第50話

 ビルの内装には、かなり手がかけられていた。


 廊下には黒い絨毯が敷かれ、観葉植物が飾られている。所々には共産党の堂々としたポスターが掲げられ、それだけが、ここが共産党中央委員会ビルであることを示していた。


 両側には片開きの白いドアが並んでいて、小洒落た金色のドアプレートには『第3会議室』『資料室』などの表示がされている。


 制服を着た警備員の一団が、屋上から侵入してきた敵を排除するために廊下を走る。


 壁に隠れて待ち構えていたガーランの自動小銃が火を吹いて、ライフル弾が壁を抉った。


 先頭にいた警備員は一瞬にして射殺され、黒い絨毯に血が染み込む。生き残った警備員は慌てて拳銃を構えると、壁に隠れる戦闘員たちに照準を合わせて射撃した。


 サリアが壁から飛び出し、地面に伏せて横射を躱すと、自動小銃を乱射して彼らの足を薙ぎ払う。


 足を撃たれた警備員たちは、痛みにバランスを崩して倒れた。


 戦闘員たちは廊下に駆け出ると、倒れた警備員たちの頭に一発ずつ撃ち込む。


 絨毯に、血の染みが広がっていく。


 次の瞬間、スーツ姿の党員が、ドアから飛び出て走り出した。


 ザルノフは散弾銃を構え、引き金を引く。


 党員は一瞬にして射殺された。その間に、シャーナは党員が飛び出してきたドアを開けて、会議室の隅にうずくまる事務員たちに銃口をむける。


 軽快な発砲音が響き、ガラスの壁に血が飛び散った。


 シャーナたちの分隊は警備員を排除しつつ、すでに3階ほどまで進んでいた。


 途中にいる警備員や事務員を処分したり、パソコンにウイルス入りのUSBを挿したりなどの破壊活動も怠っていない。


 すでに共産党中央委員会ビルは、ほとんど機能を停止しており、作戦は順調だった。


 だが共産党も『赤いオーケストラ』も、そう易々とビルを明け渡すつもりはなかった。


 シャーナらの分隊が廊下を進んでいるところに、突然ガーランが叫んだ。


「ザルノフ、伏せろ!」


 ザルノフは脊髄反射で伏せる。次の瞬間、ザルノフの真横にあったドアに小さな穴が開いて、つい数秒前までザルノフの頭があった場所を弾丸が通り抜けた。


 すぐ後ろにいたライツが自動小銃を構えて、引き金を引く。


 弾丸はザルノフのすぐ頭上を通過して、ドアを穿った。


 そザルノフは立ち上がりながらドアへと散弾を撃つ。


 鍵が破壊されたドアをサリアが蹴破って、シャーナとガーランが室内へと突入した。


 不意を打つ奇襲と静かな発砲音、そして高精度な射撃。


 シャーナは、その敵と戦った記憶があった。


 次の瞬間、飛んできた弾丸がシャーナのヘルメットを掠める。シャーナは首を捻って衝撃を殺すと、前を見据えた。


 室内では、一人の兵士が拳銃を構えていた。彼の後ろには、ずらりと巨大なコンピューターが並んでいる。どうやら、この部屋はサーバールームらしい。


 ガーランは自動小銃の引き金に指をかけて、動きを止める。


 男の構える拳銃の先には、シャーナがいる。


 もしガーランが撃てば、男は自らの命が尽きる最後の時間にシャーナを射殺するだろう。


 本来であれば撃つべきだ。


 たとえシャーナを失ったとしても、ここを突破する必要がある。


 だが、ガーランにそんな決断ができるはずもない。銃口が、迷うように揺れた。


「久しぶりだな。名前を知らん狙撃手」


 額に傷のある男が、唇を吊り上げるように笑ってシャーナに話しかけた。


「貴様か。あの時、私を撃ったのは」


「ああ。あのときはよくも情報調査室の施設を破壊してくれたな。隠蔽と復旧にいくらかかったと思っているんだ」


 男は、それが愉快なことであるかのように嗤う。


「私の気にするべきところではないな。殺したと思ったんだが、生きていたのか」


 シャーナは、銃を構えて引き金に指をかける。


 だが、男は全く動じなかった。


「おっと。別に構わないぜ。どっちが早いか勝負するか?」


 男は早撃ちに自信があった。


 シャーナが少しでも引き金を引くような素振りを見せたら、即座に彼女のことを射殺するつもりだったし、それが可能であることはシャーナも察していた。


 だからこそ撃てない。引き金を引けば自分が死ぬと言う状況下で、躊躇なく引き金を引く勇気がシャーナにはなかった。


「ふざけるな」


 シャーナは奥歯を噛みしめる。


「それと、別に俺も一人じゃないぜ。オーケストラは一人でやる物じゃないしな」


 次の瞬間、男の後ろから数名の戦闘員が現れた。


 それぞれ、銃身全体が消音装置で覆われた奇妙な形の自動小銃を持っている。


 顔をガスマスクで覆っているせいで、その表情はうかがえない。


「赤いオーケストラ舐めるなよ」


「黙れ侵略者」


 シャーナが怒りに任せて引き金を引くよりも、サリアがナイフを構えて男に飛び掛かる方が早かった。


 突然現れた新しい相手に、男はシャーナの射殺を諦める必要に迫られた。そうしなければ、この青髪の兵士に殺される。


「ちっ。空気読めよな」


 男は銃をホルスターに戻すと、腰から軍用ナイフを抜いて構えた。


 サリアがその懐に飛び込む。


 白刃がぶつかり合って火花が散った。


 それと同時に、棒立ちしている敵戦闘員の一人に照準を合わせたシャーナは発砲した。


 赤いオーケストラの戦闘員が、ガスマスクもろとも頭蓋を貫かれて倒れる。


 次の瞬間、その場にあるほぼ全ての銃火器が一斉に火を噴いた。


 近距離で弾丸が飛び交う。


 先頭にいた男の注意をサリアが引き付けている隙に、シャーナたちは室内へと飛び込んで、銃撃戦が始まった。

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