第51話

 サーバールームに、銃弾が飛び交っていた。


 ザルノフの散弾銃が轟音を鳴り響かせ、敵兵の片腕が吹き飛ぶ。ライツが自動小銃で弾幕を張り、鉛玉が敵兵の喉笛に喰らい付く。


 シャーナは、サーバールームの中を駆けていた。


 薄暗く肌寒い室内に、シャーナの背丈よりも巨大な黒い箱が等間隔に並んでいる。


 箱には鍵穴らしきものがあり、右上の方に青い点滅が三つほど並んでいた。普段シャーナが使っているコンピューターの何倍も大きい。


 何しろ、一台100万は下らないような最新鋭のコンピューターだ。だが、そんな事など預かり知らないシャーナは、躊躇なく射撃している。


 並べられたコンピューターに視界を遮られて戦いにくい。


 シャーナは、敵の隠れた位置に向けて弾幕を張った。射撃に晒されたコンピューターから火花が散る。だが、血は見えない。敵はもう逃げたのか?


 次の瞬間、小さな足音がシャーナの耳を打った。


 シャーナは素早く振り返る。一人の敵兵が、コンピューターの陰から自分を狙っていた。


 ついさっきまで、目の前のコンピューターに隠れていたはずなのに、いつの間ににこんな距離まで近づかれていたのか。


 シャーナは敵の速度に驚愕しつつも、自動小銃を敵兵に向ける。


 だが、僅かに敵兵の方が早い。


 敵兵はシャーナの頭に照準を合わせ、引き金に指をかけて、勝利を確信した。


 次の瞬間、敵戦闘員の意識はテレビの電源を落としたかのように途絶える。


 ガーランは、敵戦闘員の後頭部から肉厚の軍用ナイフを抜いた。


 後頭部を脳髄ごと抉られた敵兵は、ふらりと揺れて崩れ落ちる。


 ガーランはナイフについた血を戦闘服で拭って、鞘に戻した。


「シャーナさん大丈夫?」


「問題ない。ありがとう」


「気をつけて」


 ガーランは拳銃を構え、サーバールームに潜む敵戦闘員の掃討を再開した。それにシャーナが続く。


 同じ頃、サーバールームの別の場所で、ライツは敵兵と拳銃で撃ち合っていた。


 コンピューターの陰に隠れて素早く弾倉を交換し、身を乗り出して射撃する。


 敵からの応射がコンピューターを貫き、プラスチックが飛び散る。


 ライツは電子機器に対する知識が豊富な方だったので、ここに並べられたコンピューターがどれほど価値のある物なのか、よく分かっていた。


 だが、それを気にしつつ引き金を引くほど繊細な男でもない。


「手強いですね」


 ライツはそう一人ごちると、拳銃を連射した。


 『赤いオーケストラ』の戦闘員たちはよく訓練されていて、連携も取れていたが、世界最高峰の練度を誇る特務機関戦闘員を前に徐々に押されていた。


 全滅を恐れてサーバールームを離脱しようにも、出入り口にはザルノフが散弾銃を構えて待ち構えており、近づけば即座に射殺される。


『赤いオーケストラ』戦闘部隊程度では、特務機関に勝てない。


 だが、全員がそうではなかった。


 サリアは、ナイフを振り下ろす。


 額に傷のある男は、後ろに飛んでそれを躱すと、拳銃を構えて引き金を引いた。


 弾丸はサリアの腕に当たる。


 サリアは痛みを噛み殺し、拳銃を構え引き金を引く。


 男は銃口の動きを見て弾丸を躱した。


 サリアは、一度コンピューターの陰に隠れて拳銃の弾倉を交換する。


 拳銃やナイフは警察特殊部隊時代から頻繁に使用し、数多くの相手と戦ってきた。


 だが、ここまで強い相手は初めてだ。


「ちっ」


 サリアは舌打ちすると、男の隠れたコンピューターを狙って拳銃を連射した。


 弾丸がコンピューターを穿って、火花が散る。


 後ろで小さな足音が聞こえ、サリアは振り返った。


 男が、にやりとした笑いを浮かべながら、逆手にナイフを構えていた。いつの間にか後ろに回り込まれていたらしい。


 サリアは振り下ろされたナイフを、咄嗟に拳銃の銃身で受け止める。


 鋭いナイフが、拳銃の機関部に食い込んだ。


 サリアは拳銃から手を放して後ろに跳躍すると、腰のナイフを抜く。


 弾き飛ばされた拳銃が、床を転がった。


「くくく。やるねぇ」


 男は、愉快そうに笑う。


 サリアの手から拳銃を弾き飛ばした肉厚のナイフは、少し刃こぼれしていた。


「お前たち何者?」


「これから殺す相手に、そんなことを言う意味がない」


 サリアの問いに男はそう答えると、そのまま切りかかった。


 サリアは体を捻ってナイフを躱すと、逆にナイフを振り下ろす。


 男は地面を転がって、ナイフを躱しつつ距離を取ると、0,4秒にも満たない速度で拳銃を構えた。その銃口が、まっすぐにサリアを睨む。


 まずい。


 サリアは何とか射線から体を引こうとしたが、間に合わない。


 男は引き金を引いた。


 突然、サリアは誰かに体当たりされて倒れる。


 弾丸が、サリアを押し倒した誰かの胸部に直撃した。


 サリアが上を見る。ライツが、サリアに覆いかぶさっていた。


 痛みに顔をしかめている。


「ライツ!大丈夫?」


「問題ないです。防弾ベストを着ていますから」


 ライツは、防弾ベスト越しに内臓を殴られた痛みに呻きながら起き上がると、自動小銃を男に向け、乱射した。


 男はあわててコンピューターの陰に隠れ、弾幕をやり過ごす。


「このタイミングで助けに現れるとか、随分と卑怯だな」


 男は悪態をつきながらも、楽しそうに唇をゆがめている。


「さあ。最後に立っているものが正義です。どれだけ卑怯で卑劣で汚くてもね。貴方は、誰よりもそれを良く分かっているのでは?」


 ライツは皮肉で返した。


「ああそうだ。たしかに、それは俺たちが一番理解している。じゃあ、任せたぞ」


 次の瞬間、男の後ろから一人の戦闘員が飛び出した。男は、それと同時にライツとは逆の方角に走り出す。つまり、男は仲間を囮にして逃げた。


 「待て!」


 ライツは自動小銃を構え引き金を引いた。弾丸は、敵戦闘員の頭にめり込む。


 額に穴を穿たれた戦闘員は、ぐらりと傾いて倒れた。


 男を追いかけようとしたライツは、地面に倒れた敵戦闘員が死の間際に手榴弾のピンを抜いたことに気づいた。


 床に転がった手榴弾の、レバーが跳ね上がる。


 手榴弾とライツとの距離は、3mちょっと。手榴弾の殺傷範囲は5mで、15m圏内でも重傷は必死だ。


 幸い、サリアは少し後ろにいるので、重傷は免れるだろう。


 ライツは、ふっと笑った。


「ここまでですか」


 爆轟が、サーバールームに響き渡る。


 ライツの体は爆風に弾き飛ばされて、コンピューターに叩き付けられた。


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