第49話

 首都のあちこちで、火の手が上がっている。


 消防車や警察車両のサイレン音に混じって、発砲音がこだましている。それは酷く不気味で、まるで怪物の断末魔のようだった。


 ザルカ帝国中の潜伏工作員たちが、一斉に行動を開始した結果だ。


 官僚、電気技術者、会社員などに就職して、一般社会に溶け込みつつ、本国からの命令を待つ潜伏工作員。


 カヤを中心とした特務機関の工作員たちが、長年をかけて育ててきた何百人もの彼らは、ザルカ帝国首都に致命傷を負わせるのに、十分な規模と能力がある。


 実際、彼らが一斉に起こしたテロは、ザルカ帝国に大きな打撃を与えたようだ。


 シャーナはヘリから地上を見下ろしつつ、そんな感想を抱いた。


 しばらく首都上空を進むと、共産党中央委員会の黒い高層建築物が徐々に近づいてきた。


 外観は円筒状で飾り気がなく、屋上にも、それと言って目立つような物はない。国家の中枢というには、随分と簡素なビルだ。


 いや。


 屋上の妙な動きに気づいて、シャーナは目を凝らす。


 先に気づいたのは、ヘリのパイロットだった。


「ロックオン?」


 シャーナは機体から身を乗り出すと、狙撃銃を構えてスコープを覗き込む。


 ビルの屋上に、何か筒状のものを構える人が1人、立っていた。


「屋上で、誰かが筒状の物を構えている」


 シャーナはそう報告する。 


 経験豊富なパイロットは、それが携帯地対空ミサイルであることを理解するのに一秒もかからなかった。


 パイロットは操縦桿を引いて、機体を大きく旋回させる。


 それと同時に発射された対空ミサイルは、白い煙を吐きながらヘリに迫った。


 白く光るフレアがばらまかれる。


 警告もなく急に行われた旋回に、戦闘員たちは機体から振り落とされないよう、慌てて手すりにしがみついた。


 だが、狙撃銃を構えて身を乗り出していたシャーナは、そうもいかない。


「あっ」


 バランスを崩して機外へと放り出されそうになったシャーナの腕を、ガーランが慌てて掴んだ。


 フレアに欺瞞されたミサイルは空中で爆発して、爆風がシャーナの頬を撫でる。


 ガーランは、シャーナの腕を引っ張って機内へと戻した。


「気をつけて」


「ごめん」


 ミサイルを回避したヘリは、そのままビルへと近づいていく。


 汎用ヘリには武装を搭載していないので、屋上の敵に機銃掃射することはできない。


 それを分かっているからか、短機関銃や自動小銃で武装した警備員が、続々と屋上に飛び出てきた。


 中には射程の長い狙撃銃を持っている兵士もいるらしく、鋭い弾丸が、装甲で覆われた機体を掠める。


 警備員たちの後ろでは、携帯地対空ミサイル兵が、ミサイルの再装填を行っていた。


 パイロットは現時点では着陸が難しいと判断して、機体を携帯地対空ミサイルの射程外へと後退させる。


「救援は呼べるか?」


 ザルノフが、パイロットに聞いた。


「無理です。APMC社の攻撃ヘリ部隊は全て各地の戦場で対地攻撃に駆り出されていて、ここには来れるものはありません」


「ちょっと射撃してみる」


 サリアはそう言うと、自動小銃を構え機体から身を乗り出した。


 慎重に狙いを定めて数発射撃したが、ヘリが揺れるせいで弾丸は大きく反れ、ビルの窓ガラスに食い込んだだけだった。


 ホバリングしているとはいえ、安定していないヘリから狙撃をすることは不可能に近い。


 精度の高い狙撃銃を使っても、まず当たらないほどだ。ただ、それは射手の能力が一般的な狙撃手程度だった場合の話。


 そしてこのヘリには、規格外の射撃能力を持つ兵士が一人、乗り込んでいた。


「私がやる。とりあえず対空ミサイル兵を射殺すればいいな?」


 シャーナが、ザルノフに聞いた。


「ああ。頼む」


 屋上にある対空ミサイルは一機のみ。その射手1人だけでも撃てれば、ヘリは撃墜を恐れることなくビルに肉薄することができる。


 シャーナは再びヘリから身を乗り出して、スコープを覗き込んだ。


 慎重に狙いを定めると、シャーナは呼吸を止めて引き金を引く。


 発砲音が響いて、弾丸は狙い過たず対空ミサイル兵の腹部を貫いた。


 兵士はぐらりと傾いて、地面を転がる。


「射殺したぞ」


 シャーナは冷静に報告しながら、武器を自動小銃に持ち替えた。


 ヘリは速度を上げると、屋上までの数百メートルを一瞬にして駆け抜ける。


 警備員たちは、慌てて地面に転がった携帯地対空ミサイルを拾おうとしたが、それよりもヘリが屋上へと突入する方が早かった。


 屋上に着地したヘリから、戦闘員が次々と飛び出してくる。


 警備員たちは慌ててヘリに銃口を向けたが、彼らが照準を合わせるよりも、戦闘員が引き金を引く方が早かった。


 激しい発砲音が鳴り響き、唐突に鳴り止む。


 狭い屋上は、警備員たちの死体で埋め尽くされた。血の匂いが漂う。


 戦闘員を降下させたヘリコプターが、離脱していく。


 屋上には、5人の戦闘員だけが残された。


「行くぞ」


 ザルノフが短い指示を飛ばして、他の全員が頷いた。


 彼らは屋上のドアを蹴破って、銃を構えたまま階段を駆け降りる。


 拳銃を持った警備員が飛び出してきたが、即座に先頭を走るザルノフが引き金を引いて射殺した。


 うるさい散弾銃の発砲音と共に、警備員は血飛沫をあげて倒れた。


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