第八楽章 愚民たち

第33話

 数日後、シャーナたちは再びザルカ帝国へと入った。


 今回はAPMC社も捨て身で動くため、武器等の支援は潤沢だ。


 計画通りに事が運べば、万が一情報調査室に目を付けられても彼らが本格的な捜査を開始する前にザルカ帝国は滅ぶ。


 先にアトラ連邦が滅ぶ可能性も低くないが。


 作戦こそ特務機関史上例を見ないほどに大規模な物だが、実行することは非常にシンプルだ。


 まず、カヤを筆頭とする工作員部隊がザルカ帝国に築き上げた情報網を使用し、帝国内の過激派団体に情報や金銭、それに武器などを提供する。


 それと同時に、シャーナらの分隊を含む特務機関戦闘員を軍事顧問団として各団体に派遣し、ただの民間人を兵士、あるいはテロリストに仕上げる。


 そしてタイミングを見計らって一斉に蜂起させ、ザルカ帝国を崩壊させる。


「右翼、左翼、軍国主義、帝国主義、親アトラ連邦派、果ては平和主義か。随分と多種多様な団体を集めたものだな」


 シャーナたちが拠点とするアパートのリビングで、ザルノフは羅列された団体名を見て率直な感想を漏らした。


「内乱の勢力図は、軍事の専門家でも理解できないほどに複雑になるだろうね」


 カヤは、悪意に満ちた笑いを浮かべた。


 今回は、ザルカ帝国に長く暮らしているカヤが、分隊の実質的な指揮役を引き受けている。


 ザルカ帝国に長く潜伏していたカヤは、今回の作戦でも多くの重要な役割を担っており、その全貌はザルノフすら知らない。


「今の所、武力蜂起をしてもらう予定の団体には、武器の援助と人員募集の協力を行っているだけだけど、僕たちの分隊は、この中の『平和を愛する会』に対して戦技の教育を行うことになった」


「平和を愛する会が武力蜂起?」


 シャーナは、カヤに質問する。


「ああいう団体は、基本的に平和という物の一面しか見ていないからね。視野狭窄に陥っている人間こそ、一番暴力に向いているよ。掲げる看板に関わらずね」


 カヤは、色んな方面から怒られそうな言葉でシャーナの問いに答えを渡す。


 だが、戦争で家族を殺されたシャーナは、その答えを抵抗なく理解した。


「ただ、向こうが平和を自称している以上、基本的に話が通じない相手と思って接した方がいいね。ただの駒に、こっちの常識を理解してもらう必要はないよ」


 カヤはそう言って、説明を終えた。


「ちなみに、訓練所は?」


 ガーランが質問する。


「APMC社が運営している射撃場の一つを使う予定」


「銃器は?」


「基本的に安価な自動小銃と対戦車ロケット。戦車みたいな装甲戦力はないけど、内乱の主な攻撃目標は警官と民間人だから問題ない。ザルカ帝国軍は、主にAPMC社の戦闘部隊と離反したザルカ帝国軍部隊が相手する。何か質問は?」


 手を挙げる者はいなかった。


「じゃあ、準備を始めよう」


 それから数週間ほどかけて細々とした準備を終え、シャーナたちは山の中にある屋外射撃場にやってきた。


 そこは射撃場というよりは、射撃場が付いた基地と言った方が正しいような巨大施設で、数百人の人を宿泊させることが可能な宿舎を併設している。


『平和を愛する会』の会員は総勢1万人だが、訓練に参加するのは千人程度。まあ、何人かが技術を持っていれば、後は烏合の衆でも問題ない。


 必要なのは、長期的にザルカ帝国を混乱状態に落とし込めるだけの数だ。


 そのため特務機関は、武力蜂起に参加する人を増やすため、各団体の会員を増やすための宣伝に手を貸している。


 予定では、武力蜂起する民間人は最終的に200万人に増やし、それに加えて2万の離反したザルカ帝国軍兵士を用意するつもりだ。


 ちなみに、武力蜂起と同時に、暴徒化することを期待された大規模デモも企画しており、こちらは各地で合計して500万人規模の動員を想定している。


 やたら規模が大きく見えるが、総勢300万のザルカ帝国軍と50万近くの警官を素人で構成される部隊が相手にすると考えると、このぐらいは必要だ。


 暖かな夕日に染められた訓練場の運動場に、私服姿の民間人千人が整列している。


 演説台の上には、ザルノフを中心に5名の武装した戦闘員が立っており、整列する民間人を睨んでいた。


 カヤは、今回の作戦において工作員部隊をまとめる重要な任務を任されているため、ここにはいない。


「今日ここに集まっていただいたこと、感謝を申し上げます」


 ザルノフが声を張り上げた。


 ちなみに『平和を愛する会』の人たちは、ザルカ帝国の行う無意味な戦争を止めさせるという目的で集まっており、ザルノフら特務機関の戦闘員たちは、それに共感した元警察官や軍人という設定だ。


「現状、ザルカ帝国は他国に対する侵略を行っており、これは断じて許されない事です。すでに平和的解決は難しく、暴力を止めるためには手段を選べなくなってきました」


 ザルノフの声はよく通る。


 これだけ広い運動場の隅から隅まで行き渡るほどだ。それと、常に先陣を切って突撃する行動と並外れた筋力で忘れがちだが、ザルノフは意外と口が達者だ。


 似合わないが、建前とかお世辞とかも流れるように出てくる。


「平和のために行動を起こす皆様への尊敬を持って、挨拶を締めさせていただきます」


 ザルノフが一礼すると、拍手が巻き起こった。


 民間人たちはきちんと列を作っていて、全体的に統率は取れている。だが、ザルノフの演説に含まれる数々の矛盾に気付けるほど賢くはないようだ。


 非常に都合がいい。


 会を終えた民間人たちは、宿舎へと入っていく。


 宿舎の出入り口で、今回の作戦に協力するAPMC社の社員から作業服や銃など必要な物を受け取り、部屋を割り当てられる。


 ざっと20分ほどかけて、ようやく運動場から人が消えた。


「じゃあ、俺たちも行きましょうか」


 ガーランが、ザルノフに言った。


 訓練場には、訓練を受ける人が寝泊まりするために使用されている大きな兵舎の他にも、講師や管理人用の小屋が備えられている。


 今日から1週間、シャーナたちはそこで生活して、千人の民間人を『兵士』にする。


「サリア。お前はたしか元警察特殊部隊で教官もやっていたよな?」


「はい」


 ザルノフの問いに、サリアは頷く。


「それは助かる。今回の教育はサリア主導で行ってくれ」


「了解」


 シャーナの分隊で、『戦闘の教育を行うための教育』を受けたことがある人は、サリアだけだ。


 あと、陸軍特殊部隊は敵国の反政府組織に対する講習などを行ったりするため、ガーランも素人に教育を実施した経験がある。


 逆にシャーナ、ライツ、ザルノフは技術こそ持っているが、教える技能はないため、こういった場ではあまり仕事がない。


 そんな話をしている間に、シャーナたちは講師用宿舎についた。


 2階建ての宿舎はコンクリート造りで、外観は質素だ。


 内装はどこにでもある民家といった感じだが、多すぎる寝室や会議室など、民家には不要なものがいくつも存在している。


「まず今日の午後に体力と射撃を確認する」


 地味な会議室で、サリアがホワイトボードに予定を書き込んでいく。


 夕食の弁当を食べながらの会議だ。


 生徒の衣食住はAPMC社の社員が担当しているため、基本的にシャーナたちは、彼らに教育を行うだけでいい。


「それを元に、誰に何を教えるかを決定する。狙撃班はシャーナ。衛生班はガーラン。最も多い歩兵班は、ザルノフ、ライツと私で担当する。教え方はそれぞれに一任する」


「待ってくれ。私は狙撃教官の講習は受けていないが、問題ないか?」


 シャーナが、少し不安げに質問した。


「問題ない。そもそも狙撃班は数十名程度で大した人数を出さないし、あくまで少しばかり射撃が上手くてサバイバル能力がある程度のレベルになっていれば十分」


 サリアの言葉に、シャーナは少し安心した。


 数十人の人間を狙撃手として運用できるレベルにするにはそれ専用の知識が必要だが、多少狙撃ができるだけでいいならば、シャーナにも難しくない。


 そもそも、射撃、偵察、火力誘導、監視など、多岐にわたる狙撃手の任務をマスターさせるのに、1週間という時間は短すぎる。


 早くしないとアトラ連邦の首都が落ちるので、悠長に教えている時間は無いのだ。


 一日でも早くザルカ帝国を内乱に陥れ、前線で戦うザルカ帝国軍部隊の戦闘能力と士気を下げなければ。


 アトラ特殊作戦軍と特務機関が、共同でザルカ帝国軍の補給線を奇襲して侵攻速度を必死に落としているが、ザルカ帝国軍は次々とアトラ連邦軍の臨時防衛線を食い破っている。


 アトラ連邦首都陥落すら時間の問題だ。


「とりあえず体力検定を行おう。もう生徒が運動場に集合し始めている時間だ」


 「そうだな」


 シャーナたちは立ち上がり、運動場に向かった。


 今回の講習は50名ものAPMC社員が補助についているので、進行は楽だ。


 深夜、運動場でランニングを行い、射撃場で全員に30発ほど撃ってもらい射撃能力を確認して、再び運動場に戻り、懸垂、腕立て伏せの回数を記録し終える頃には、すでに翌日の太陽が見え始めていた。


「思ったよりは使えるな。平和主義者って言うんだから、もっと軟弱なのばっかりだと思っていたよ」


 早朝、生徒が仮眠をとって夜通し行われた訓練の疲れを癒している間に、ザルノフたちは講師用宿舎で記録を確認していた。


 データをパソコンでまとめ、基準にのっとり班分けをしていく。


「毎週のように駅前とかで平和を訴えるデモをしては、ザルカ警察機動隊と殴り合っているからね。基礎体力はできているんでしょ」


「やる気も申し分ないですね。あの平和に対する盲信はいささかお頭のできを疑いますが、テロリストの頭なんて、引き金を引けるぐらいあれば十分なので問題ないでしょう」


 ライツが酷評なのか好評なのか分からない評価を下す。


 サリアも教官としての知識から、ライツと同じように感じていた。


 彼らに命を預けたいかといわれたら絶対にごめんだが、テロで使い捨てるだけならこの程度でも構わない。


「とりあえず、シャーナの班はこれ。よろしくね」


 サリアが、シャーナに名簿を送信する。


 ざっと50名分の名簿と体力テストの成績が、パソコンの画面に表示された。


「こいつらなら、狩人に準ずる程度の能力は持てるかもしれない」


 シャーナもリストの記録に素早く目を通したが、全体的に新兵教育前の新兵の方がまだマシと言った感じだ。


 自動小銃を持たせて数を揃えれば、幹線道路やインフラ施設の破壊ぐらいなら使えそうだが、陸軍歩兵と交戦になったら厳しいだろう。


「支給する銃器は?」


 シャーナは質問した。


「どうせワンショットワンキルは無理だろうから、基本的にセミオートライフル」


 シャーナが普段使っているのはボルトアクション方式の狙撃銃だが、セミオート狙撃銃も扱いは熟知している。


 そもそも練度の低いテロリストに、連射性能が低く一発で確実に当てる必要があるボルトアクション方式のライフルは扱えない。


 安価なセミオート狙撃銃に命中精度は望めないが、弾丸をばらまけるので、練度が低い部隊には最適だ。


「分かった」


 シャーナは頷く。最低限以下の知識を教える程度なら自分にもできるなと、シャーナは考えていた。


 そして時刻は午前6時を回り、訓練が始まった。


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