第8話
シャーナは雪の上を這う兵士を見つけて、その目の前に止まった。
辺りには金属片が転がっていて、炎が樹々を包んでいる。
奥の方には原形を留めないほどひしゃげたヘリ本体が転がっていたが、炎を吹き上げていて、生存者はおろか死体の回収すら難しそうだ。
シャーナは、まだ救える目の前の生存者に目を向けた。
「大丈夫か?」
シャーナは問う。戦闘員は返事をしようとしたのか、かすかに呻いた。
髪にベッタリと血が付いていて、裂けた額から血がトロトロと流れている。
雪が、赤く染まっていた。
重傷だな。どう見ても大丈夫とは程遠い状態だ。さっきの質問は愚問だったかもしれない。
シャーナは戦闘員が腰に付けている救急救命キットから、ガーゼと包帯を取り出した。
戦闘手袋を外して感染症予防のゴム手袋をつけ、処置を開始する。
ぱっくりと切れた額に殺菌されたガーゼを当てて、包帯を巻き付ける。
腕にも包帯を巻き、出血がひどい部分は止血帯で縛る。
戦闘員はもう動く体力すら残ってないのか、されるがままになっていた。
慣れた手つきで傷の治療を終えたシャーナは、目出し帽を下げてマイクを口元に寄せる。
「こちらシャーナ。ヘリ墜落地点にて生存者一名発見。自力での移動は難しいと思われる。回収のヘリを求む。オーバー」
「こちら本部。了解。偵察ヘリを送る。現地に待機せよ。オーバー」
本部はシャーナの要請を承諾した。
戦局が膠着状態に陥ってからは、多数のヘリを必要とする大規模作戦を行っていないので、ヘリの被害も減ってきている。数にも余裕があるのだろう。
アトラ山脈に防衛線を構築する前は、苛烈な戦闘で毎日のようにヘリが撃墜されていて、陸軍航空隊に重傷者を助ける余裕などなかった。
「今ヘリを呼んだ。すぐに来るそうだ」
シャーナは、優しげな声でそう伝える。
「すまない‥‥他に生存者は‥‥任務は‥‥」
戦闘員は口を開くと、絞り出すようなかすれた声で状況を聞いた。
「生存者は見つけられなかった。ごめん。任務は撃墜を免れた2機目のヘリが継続している」
シャーナは目を伏せた。
「‥‥いいさ。君のせいじゃないし、俺の仲間だって覚悟は決めている」
戦闘員は、微かに微笑んだ。
「君は支援の狙撃手かな?いい狙撃だね。2発目が放たれていたら、任務の継続もできなかった。ありがとう」
自信がある狙撃の腕を評価されたからか、シャーナの顔が少し明るくなった。だが、すぐに影が差す。
狙撃が間に合わなかったことに対する責任感と、ザルカ帝国に対する憎悪が、彼女の胸を締め付けていた。
偵察ヘリが近づいてくる。
この作戦の成功がシャーナを混沌に導いていくことを、彼女はまだ知らない。
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