第六楽章 船の上

第25話

 仮装巡洋艦は、商船を改造する形で建艦される一種の武装商船だ。


 装甲もなく武装も貧弱だが、収納スペースが広い上に長期間の航海に耐えることができ、国際法に抵触するような特殊作戦の支援を主な任務とする。


 元は商船なので、居住区画も軍艦よりずっと快適だったりと、特殊部隊員が休息できる設備が整えられている。


 工作船から仮装巡洋艦に乗り移ると、シャーナとカヤはすぐに医務室へと運び込まれた。


 そこで医官らによる治療が行われ、シャーナの腕もカヤの骨折もあとは治るのを待つだけだ。


 ザルカ帝国の排他的経済水域も出たので、もう心配すべきことは無い。


 医官の手伝いを終えたガーランは、ソファーと自販機が置かれた簡素な休憩所で、温かい缶コーヒーをすすっていた。


 他の兵士は任務さえ終われば休息できるが、衛生兵は負傷している兵士がいる限り休めない。


 熱く甘ったるい液体を喉に流し込むと、溜まった疲労が少しマシになった。


 陸軍特殊部隊で仕事をしていた時には、数日間にわたる行軍の間全く眠れないなんてこともあったので、それよりはだいぶ楽だが、やはり疲労が酷い。


「お疲れ様。随分な任務だったな」


 ガーランの隣に、コーヒー缶を持ったザルノフが座った。


 大柄な彼はソファー2人分のスペースを埋める。


 幸い休憩所のソファーは4人掛けで、ザルノフが座ってもガーランが座れなくなるようなことはなかった。


「シャーナはどうだ?」


 ザルノフはコーヒーを一口飲んで、唐突に口を開いた。


「とりあえず死なずに任務を達成できたので、十分だと思いましたけど」


 ガーランは質問の意図を掴みかねて、当たり障りのない返答を返す。


「‥‥質問が悪かったな。シャーナはこの戦場に向いていたか?」


 ザルノフは、そう聞き直した。


 基本的に自身の決断と責任で物事を進めるザルノフだが、分隊員の意見は可能な限り聞くようにしている。


 特にガーランは精神衛生面においては専門家なので、ザルノフも人事について意見を聞くことが多い。


 ガーランは少し考えて、自分の意見を率直に伝えた。


「非合法戦をこなすには素直すぎますが、それを補えるだけの能力があります。ただ、メンタル面での不安定さが弱点になる可能性は否定できません」


「そうだな。俺もそう思った」


 ザルノフは、自分の考えが間違っていなかったことを認識する。


「今後は、任務に必要ならば躊躇いなく撃てるように、精神面を鍛える必要がありそうですね」


 ガーランは一切の私情を排して、そう提案した。


「やはりどこに行っても求められるのは殺人機械か」


 ザルノフは、疲れたため息をつく。


 もちろんザルノフも、敵を躊躇いなく撃てる必要性は理解している。


 それができずに死んだ人を何度も見てきた。だが、人を躊躇いなく撃てるようになるには、よほど精神力がない限り大きな代償が伴う。


「教育に関しては基本的にお前が向いているから任せるが、戦争に飲まれない人材を作ってくれよ。戦後の犯罪者予備軍なんてもう十分だからな」


「分かっています。彼女をそんなふうにはさせませんよ。俺だって衛生兵ですから」


 ガーランは頷いて、続けた。


「それに関してですが?」


「なんだ?」


「今度、船内で演習をやりませんか?シャーナさんのリハビリを兼ねて」


 仮装巡洋艦は一応民間の商船という体だが、自動小銃なども積み込んでいる。訓練に使用できる空砲弾もだ。


「交戦装置は無いが?」


 ザルノフは、銃口と戦闘服に取り付けることで実戦同様の戦闘訓練を可能にする装置の名前を出した。


 その装置は教導隊に配備されているのみで、数はそこまで多くない。


 もちろん、この船にもない。


「まあ、そこは自己申告でいいのでは?」


 実際、交戦装置が教導隊に配備される前まで、撃破は審判か自己申告制だった。


「わかった、じゃあ企画案まとめて船長に掛け合ってこい」


「了解しました」


 基本的に訓練や演習の計画は士官クラスの将校たちが計画し実行するが、特殊部隊の場合は、一兵卒がそれら全てを担う。


 提案、計画、実行までをだ。


 エリート会社員に求められるような企画力も、特殊部隊には必要になる。


 もちろん、それは特務機関も変わりない。


「それじゃあな」


 ザルノフはゆっくり立ち上がり、空になった空き缶をゴミ箱に投げ捨てると、休憩所を立ち去った。

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