第16話
首都郊外に広がる住宅街には、特務機関が拠点とするアパートがある。
外観は2階建てのボロアパートだが、実際は諜報活動に必要な様々な設備が用意された最先端の秘密基地だ。
シャーナの分隊は、リビングルームで夕食を囲み作戦会議を行っていた。
「最悪の事態だ。救助予定だった工作員が情報調査室に拉致された」
どんな状況でも冷静に構えるザルノフすら、その声色に緊張の色を帯びている。
「すみません。現場にいながら防げませんでした」
ガーランが頭を下げた。
「いや構わない。もし戦っていたら、3人とも死んで情報すら手に入らなかった」
ザルノフはそう擁護した。
実際、もし戦っていたらザルノフが言う通りの結果に終わっていただろう。最悪、全員が捕虜にされて拷問を受けていた可能性すらある。
「協力者からの情報によると、カヤは情報調査室の保有する施設に監禁されているようですね。もう我々のことも話しているかもしれません」
ライツがハンバーグを口に運んで、そう報告する。
今日の夕食はサリアが作ったもので、昼間のステーキほどではないにしても、なかなか美味しい。
状況が状況なので、丁寧に味わっている人など1人もいなかったが。
「情報は受け取れてるし、逃げてしまうのも手じゃない」
サリアはサラダをほおばりながらそう言った。
非情な考えにも聞こえるが、現実的にはその選択肢も十分考慮に値する。
確かに工作員の救出も任務の内だが、結果として全滅したら意味がないからだ。
「任務には工作員の救出も含まれる。特務機関の情報網について多くの情報を知る彼女は無視できない。それと本部からの命令だが、囚われた工作員は救助、無理でも殺害しろとのことだ」
ザルノフは厳かに言った。
救助が無理なら口を封じてしまったほうが良いと、本部は判断したらしい。
そして、たとえ全滅する危険があっても、拉致状態にある工作員を放置する危険に比べれば小さいとも考えたようだ。
「ですが、私たちの装備と規模で情報調査室の施設を落すのは、不可能ではないにしてもかなり難しいですよ」
ライツが、手元の写真を確認しながらそう言った。情報分析を担当する彼は、作戦立案なども務めている。
「工作員が監禁されている施設は郊外の山岳地帯に存在し、50名程度の戦闘員が24時間体制で警戒に当たっています」
ライツは一枚の航空写真を机に置いた。
針葉樹林の中に、コンクリート製の質素な施設が隠れているのが見える。
「これがその施設?」
「はい。守備兵の装備は主に自動拳銃と短機関銃でそこまで強力ではないですが、それは我々も変わりないですし、敵の練度は決して低くありません」
「夜闇に乗じて奇襲するのがよさそうだな」
ザルノフが提案した。
「はい。私もそれが最適だと考えます。守備兵は暗視装置を保有しておらず、せいぜいが軍用ライトです」
幸い、シャーナたちは全員分の暗視装置を持ち込んでいる。
「シャーナが消音狙撃銃で警戒に当たっている敵兵を射殺し、他のメンバーで突入。それでいこう」
ザルノフが決定した。
今回シャーナは普段使っている狙撃銃ではなく、銃身全体が減音器になっている特殊な消音狙撃銃を持ち込んでいる。
射程が短い代わりに発砲音は空気銃より抑えられていて、微かな風の音にもかき消されてしまう程に小さい。
「死体の回収は不可能なので、死者は絶対に出せませんね。身元を特定されたら国際問題になる。まあ今更ですが」
ライツが、皮肉げに肩をすくめつつそう言った。
「だが、敵兵はいくらでも殺していい。いくら犠牲者が出たところで、アトラ連邦が関与した証拠は残らない」
彼らが持ち込んでいる武器は、弾薬も含めてほとんどが第三国から入手したもので、万が一装備を落としたところで所属を特定することは不可能だ。
犯人をアトラ連邦だと断定して非難することはできるだろうが、そもそも情報調査室自体が機密性の高い組織なので、それも難しいだろう。
「工作船は明後日に来る。任務を決行するとしたら明日の夜がラストチャンス」
サリアが言う。
ザルノフは、苦虫をかみつぶすような表情を浮かべた。
「やはりザルカ帝国に入ると、いつもろくなことが起きないな」
「戦争中の敵国ですからね」
「分かっている」
ライツの突っ込みを、ザルノフは投げやりに返した。
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