第38話
深夜。
ザルカ帝国陸軍の迷彩服を着用した兵士たちが、自動小銃を構えて山の中を進んでいた。
ほとんど音も立てない彼らの姿は、静かな夜の森に溶け込んでいる。
訓練所の包囲は既に完成し、立てこもる千人のテロリストから逃げ場は完全に失われた。
ザルカ帝国陸軍の精強な歩兵たちは、まさか自分たちの襲撃がすでに察知されているとは露ほども考えておらず、一方的な殲滅戦を行う気分で山を登っていく。
動きこそ確かなものの、兵士たちの心から慢心は拭いされていなかった。
突然、森の中に鋭い発砲音が響く。
狙撃銃の鋭い弾丸が、一番先頭を進んでいた兵士の防弾ベストを貫いて、その兵士を突き倒した。
刹那の沈黙。
次の瞬間、大量の発火炎が星空のように瞬いた。
「伏せろ!」
絶叫した指揮官の命令が周囲の兵士に伝わるよりも、音速を超える鉛の暴風が彼らを襲う方が、僅かに早い。
急襲を受けてパニックに陥った兵士たちが、銃を乱射した。
最も、射撃しているテロリストたちもパニック状態で銃を乱射しているので、冷静さを欠いているのはどちらも変わらない。
だが、予め陣地を構築して待ち構えている防御側がパニックになるのと、未知数の場所に突っ込む攻撃側がパニックになるのとでは、全く訳が違う。
防戦か攻撃かで言えば、防戦の方がずっと有利だ。
ろくな訓練も受けていないテロリストが軽機関銃を乱射し、肉薄しようとした歩兵たちはあっけなく薙ぎ払われた。血が、柔らかい腐葉土に吸い込まれていく。
普通なら当たらないような荒い射撃でも、綿密に構築された陣地の中で行われれば、敵兵を射殺する鋭い刃に変わる。
想像以上に一方的な展開に、テロリストたちの心からは徐々に緊張と恐怖が消え、逆に興奮すら覚えてきた。
夢中になって撃ち続ける。だが、それも長くは続かなかった。
先行した一個小隊の壊走を受けたザルカ帝国陸軍の連隊本部が、すぐさま現場付近の上空に待機させていた陸軍飛行隊の対戦車ヘリに攻撃要請を出したからだ。
空を駆け抜けて現場上空に到達した対戦車ヘリ部隊は、銃器を乱射する作業服姿のテロリストへと照準を合わせた。
射撃許可が下りる。
ヘリは隊列を組んで、機関砲による対地射撃を開始した。
戦車の装甲すら貫く雨に晒され、生徒たちは次々に血飛沫と化していく。
弾幕が宿舎の壁を貫き、中に隠れた生徒やAPMC社の社員を切り刻む。
ヘリ部隊はテロリストに対して掃討戦を仕掛けるべく、高度を下げた。
だが彼らは、訓練場に対空兵器が配備されていることを知らなかった。
一人のAPMC社員が、機関砲による射撃でボロボロになった宿舎の階段を駆け上ると、屋上に飛び出す。その背中には巨大な筒が背負われていた。
社員はその筒を構えると、地上に向かって射撃を行うヘリ部隊に照準を合わせ、静かに引き金を引く。
対空ミサイルが、筒の中から飛び出した。
安価な携帯式の地対空ミサイルは、民間企業が入手できるほど安価でありながら、ヘリコプターを難なく撃墜する性能を誇る。
この訓練場にも、一基だけ配備されていた。
加速して向かってくるミサイルに気付いたヘリパイロットは、機体を大きく旋回させる。
だが、ほんの数百メートルの距離は対空ミサイルにとってあまりに短く、ヘリにはフレアをばらまく時間すら与えられなかった。
対空ミサイルは空を舞う対戦車ヘリの燃料タンクを食い破ると、その中で爆発した。
一瞬で炎に包まれたヘリは一気に落下して、森の木々をへし折りながら墜落する。爆炎が、辺りを明るく照らした。
生き残った対戦車ヘリは攻撃を続行しようとしたが、ミサイル攻撃で高価な対戦車ヘリを失うことを恐れた司令部からの指示に従い、戦闘空域を離脱する。
その数時間後、森の中で更に一個中隊を失ったザルカ帝国陸軍歩兵部隊は、徐々に撤退を開始した。戦闘開始からざっと4時間、苛烈な戦闘はテロリストの勝利に終わった。
APMC社の社員たちは、生き残ったテロリストと戦死したザルカ帝国軍歩兵の装備を集めると、本格的に訓練場で立て籠もる準備を始める。
テロリストは2割ほどが戦死し、他も重軽傷を負っていたが、すでに逃げ道のない状況からか士気は狂ったように高い。
結局、訓練場は数日間に渡ってザルカ帝国軍の猛攻を跳ね除け続け、9割の人員を失って壊滅するまで抵抗し続けた。
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