第60話

「これが、この戦争の終わりか」


 1人の大柄な黒人男性が、瓦礫の上に座って煙草を燻らせていた。


 一挺の傷付いた散弾銃が、すぐ側のコンクリート片に立てかけてある。


 彼の足元には模様が溶けたマンホールの蓋が転がっていて、地下水路へと続く穴が洞々と口を開けていた。


 核兵器が炸裂する間一髪のところで、ビルの階段を駆け降りた満身創痍のザルノフは、マンホールをこじ開けて、そこに転がり込んだ。


 だから助かった。


 半身を火傷し、肺と片目を押し潰され、体中にコンクリート片が突き刺さる重傷を負ったが、彼は僅かに命をつないだ。


「カヤ。聞こえるか」


 かすれた声で無線に呼びかけたが、返事はない。


 放射能と一緒に撒き散らされた電磁波のせいか、あるいは、カヤもここにいたのか。


 分からないし、今後、永遠に分かる事もないだろう。


「また、みんな逝ってしまったのか」


 ザルノフは紫煙を吐き出して、そう呟く。


 かつて紛争で故郷を追われ家族を殺されてから、ザルノフはひたすら戦い続けてきた。


 何度も仲間を失い、全てを失い、ただ進んできた。


 戦っている間だけは、全てを忘れられた。


 ザルノフは辺りを見回す。


 瓦礫、死体、瓦礫、死体。


 どこまでも広がる灰色の世界に、ただ血だけが赤い。


「戦争って、よくないな」


 煙草の煙を、ため息と一緒に吐き出した。


 ザルノフは軽く咳をして、血を吐く。


 これほどの重傷を負ってしまった以上、もうザルノフが助からないことは明白だ。彼自身も、それは理解している。


 この世に心残りなどない。


 家族も仲間も、皆向こうに逝ってしまった。


 強い眠気が込み上げてくる。


 ザルノフは近くのコンクリート片で煙草の火を擦り消して、吸い殻を投げ捨てる。


 吸い殻は少しの間だけ先端を赤く燃やしていたが、すぐに消えた。


 ザルノフは何かを懐かしむように笑って、目を閉じた。


 そして、もう二度と目を開けなかった。


 滅んだ街を、沈黙の夜が包み込んでいく。





 終

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戦場の葬送曲 曇空 鈍縒 @sora2021

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