第1話 船首脳会議 

 −オムニ歴77年9月22日


 オムニ・ジェネシス出航記念日でもあるこの日、六隻の宇宙船は数十年ぶりに全ての船が互いに接近し、船長および副船長らは通信会議の場についていた。


 通信会議といっても、仮想現実空間「オメガユニバース」内でのミーティングで、あたかも各参加者がそこにいるかのような会議が可能だ。


 ラグを防ぐため、各船が比較的近い位置にいるタイミングを狙った。


 記念日特典で、個人が消費できる電力がこの日だけ倍近くまで増えることでオムニ・ジェネシス内はお祭り気分な様子であったが、この日の議題は決して楽観的なものではなかった…


「今回は緊急の収集にも関わらず集まっていただき、感謝致します。」


 コズモは六人の船長と補佐である副船長の全員が出揃ったところで挨拶を始めた。


「コズモ船長、どうか、そう畏まらないでください。我々は皆、こうして情報を共有する機会を得る事がとても重要と考えております。収集のお声をかけていただき、感謝致します。」


 地球を八番目に出た船『バルト』のシゲキ・アオツキ船長が礼を言う。穏やかな目をしているが、短髪の黒い髪に、実に頼り甲斐ありそうな骨太な男の顔をしている。


「我々からすると、少し遠いところからやって来ましたので、そう手放しにこの会を喜ぶ事はできませんなあ。コズモ船長、、ここまで来る道のりに見合った物資の供給をしていただけるのでしょうね。」


 四番目に地球を出た船『フェニックス』のキルケ・ゴールド船長は細い顔に突き出た顎をさらに突き出し、垂れ目を光らせる。それを聞いた他の船長たちは訝しげな様子だ。


「もちろんです。しかし、お伝えした通り、宇宙空間での移動は一度加速すればほぼ終了。それほどのエネルギー消費でもないでしょう。提供できるのは微々たるものとなりますよ。」


 コズモが意に介さぬと言った様子で答えると、『フェニックス』船長のキルケは少し不満そうな顔をする。


「確かに、移動に費やす燃料に関してはそれでもいいが、うちは他の船よりも長い時間費やしてここに来たので、色々と不都合を割いてこの場に来ているのだ。それを分かってもらえなければ…」


「キルケ船長!たまたま六隻の船が比較的近い場所にいた時を狙ってこの会議を成立させているのです。少なくともここまで来てくれた全ての船は、何かしらのエネルギーリスクを背負ってここまで来てくれているのです!」


『フェニックス』のキルケ船長が喋り終わる前に、『オムニ・ジェネシス』副船長のステラがよく通る声でそれを遮った。


 これを聞いて『フェニックス』のキルケ船長は一旦バツが悪そうにして黙り込んだが、今度は他の船長が黙っていなかった。


「コズモ船長、なぜ『フェニックス』だけが物資の救援を受けるのですか?」


 六番目に地球を飛び出た『ブラック・イージス』の船長、ホッパー・ペッパーが不満そうに言った。窪んだ垂れ目に痩せた頬…身体も小さい。一角の船長というにはいささか頼りないと言った印象の男だ。


 コズモはこのような文句が出る事を予期していたので、フーっと溜息をつく。


「もちろん、それこそ微々たるものですが、ここにお集まりいただいた船のために、物資を供給する準備はあります。」


 これには船長全員が驚き、急に場が緩まった。


「コズモ船長、そんな事をして大丈夫なのですか?みんな大分余裕があります、という訳ではないが、それは貴船も一緒ではないですか。」


『バルト』の船長、シゲキがコズモの心配をする。


 シゲキはコズモが最も信頼を置いている船長である。


 むしろ、シゲキほど立派な男は滅多にお目にかかれないとさえ思っている。


『バルト』は三百万人程度しか載せていない、オムニ・ジェネシスに比べれば圧倒的に小さな船だ。


 しかし、人口の少ないある小国から飛び出したこの船の技術力には目を見張るものがあった。


 これまでも、幾度となく技術交流を図り、その技術に助けられて来た。


 それだけではない。太陽系内にて資源が発見されると、シゲキは惜しみなく他の船とその情報を共有し、共同開発を提案した。


 このような行為は、あまりでは有り難がられないはずだが、『バルト』のシゲキ船長の支持率は絶対的であるという。


 人望の厚さが伺える。


 そして、この一見損をするようなやり方は、実に一定の成果を生んでいる。


 人情深い船長のお陰で勝ち取った信頼と、資源に欲張らない姿勢のお陰で『バルト』には他船からも共同作業の案件が多く持ちかけられてくる。


 お陰で、『バルト』は今やエネルギー供給の面で最も安定した船となっている。


 かつて、それとは真逆に、私利私欲に走り大破した『イカルス』という船があった。


 この船の政府は資源を横取りしようとしたり、発見した資源元を共有せず独り占めしようとしたりと、自分勝手な行動が見られたため、他船から交流を絶たれ孤立した。


 当然、技術交流も資源共有もない『イカルス』は、他船の遅れを取りはじめる。


 技術遅れを取り戻せと無理難題を強要する政府にエンジニアたちは反旗を翻し、多くのエンジニアたちが投獄された。


 結果的に、『イカルス』は旧式のAI頼りの徹底した節制を要求する管理社会となり、極貧のような生活のせいで、政府と人民は度々衝突した。


 度重なる内戦は内部破壊につながり、センサーの誤作動を引き起こし、ソーラーフレアを喰らい船は大破した。


 せめてもの救いだったのが、事前に危険を察知していた優秀なエンジニアが仲間を引き連れて船を脱出した事だ。


 この脱出したエンジニアたちを回収したのも『バルト』であった。


 オムニ・ジェネシスが地球を出て七十の間に、合計で四隻の船が宇宙の藻屑となった。


『イカルス』以外の三隻は、最初に飛び出した船たちで、技術力不足が原因で事故に逢い大破した。


 こういう事が起きる度に脱出ポッドで逃げた数万人もの『宇宙難民』を回収したのも、シゲキが率いる船『バルト』であった。


 本来、船は人口を増やしたくはないものであるが、細かい人口統制を行い、無駄な電力消費を抑えた節制を促し、移民たちを受け入れる体制を整えた。


 移民たちも『バルト』のルールに従うことが、受け入れる事の条件であったので、一枚岩の団結力の強い船が出来上がっていた。


 尊敬する人物で、友でもある『バルト』のシゲキ船長の心配はありがたかったが、コズモは『フェニックス』のキルケ船長から物資支援の要請を受けていた時点で、雀の涙ほどでも他船たちに物資の供給をするのは筋と思っていた。


 それほど、今回の会議はコズモが考えるに重要なものだったのだ。


 未来を生き抜くために、全ての船長に協力を要請しなければいけない…


「…ご心配ありがとうございます、シゲキ船長。皆さんへ物資の供給をしてでも、今回ここで全員で話し合うことが有益と考えましたので。」


 コズモは紳士な様子で余裕のあるような笑みを見せる。しかしその目は、決意に溢れていた。






 第2話『六船協定』へと続く

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