第3話 フレアの恐怖
−オムニ歴83年5月25日
いよいよもってソーラーフレアの活発時期が近づき、各船は警戒に当たりながらまだ犠牲になっていない土星の月を見つけて採掘を行っていた。
そんなオムニ・ジェネシスの、あくる日のこと…
ビビビ、ビビビ、ビビビ…
「はいはい、まったくも〜。もう急いで向かってるの分かってるでしょ!そんなに音を立てなくてもいいんですからね!」
シフトの交代に絶賛遅刻中のオムニ・ジェネシスのソナー技師、ティアナは駆け足でオムニ・ジェネシスの船首室「リトル・チーキー」へと向かいながら、うるさく音を立てて促してくる管理AIに腹を立てていた。
船首室のある建物は内部に多くのセンサーとカメラがあるため、ティアナが急いでいることをAIは把握しているはずだ。
急いで部屋に入ると、交代を待っているミミの後ろ姿が見えた。ティアナは恐る恐る近づいていく。
「ミミちゃーん、ごめんなさ〜い。」
ミミの横に来て、茶目っ気たっぷりに猫なで声で許してもらおうという魂胆が見え見えの如く、ティアナは慣れたように肩を窄め、ウインクをする。
(今週二回目だし、流石に怒るかな…前回はちょっと小言を言われた程度で船長と副船長には内緒にしてもらったけど、流石に今回は土下座までしないといけないかな〜。)
なんてことを考えながらの謝罪だったが、ミミの反応が無いので、これでは足りん、と悟った。
両手を目の前で合わせて両目を瞑り「ごめん!」と畳み掛ける。
段階を踏むことによって、何度も謝ったという錯覚をさせ、誠実さを強調するティアナの常套手段だ。
「ティアナ先輩…」
ミミの声が低い。
(ヤバイ!?マジギレか?かくなるうえは…)
ティアナの至高の土下座が炸裂しそうになった矢先…
「これを見てください!」
ミミはこの間、一度もモニターから目を離していなかった。
モニターに映るのは、太陽の透視図、ソナー式のサーモグラフ、宇宙線可視化図、その他、太陽の状態を表す様々な数値、といったものだ。
ソーラーフレアの前触れとなる黒点の出現は長年ランダムであると思われていた…しかし、出現前の兆候は実は太陽のコロナと磁力線を観察すれば可能となったので、それを解析することでソーラーフレアの出現時期を予測することができた。
しかし、今ティアナの前に現れた数字と太陽内の様子はかつてないほどの異常な状態にあった。
「ちょっと待って、これ、今の状態!?磁力線がランダムに動いて、その度にエネルギーが蓄積されていく…こんなエネルギーをコロナに溜め込んだら……『ミズナ』!太陽のコロナがアウトレットを制限されてエネルギーを内包し続けた場合を仮定して、その後に一気にソーラーバーストとして大量放出された場合の様子を、十年毎のシミュレーションにして!」
ティアナは直感した。これは何年もかけて溜め込まれていくエネルギー。爆発という最悪の事態も引き起こすかもしれない。
「あら〜ん、ティアナちゃん。自分から話しかけてくるなんて、珍しいじゃなぁ〜い。嬉しいわん。」
このスーパーAIは素晴らしい機能を有しているが、このいつでものろけたような喋り方が我慢ならず、大抵の人は真剣な場では『ミズナ』を呼ばない。
「…ミズナ、早くしてもらえる?」
「あらん、あらん、ティアナちゃんは、私と同じような性格してると思ったのに〜。いつになくシリアスになっちゃって〜。悲しいわ〜。」
文句を言いたくなるのをグッと堪えて、『ミズナ』のシミュレーションが終わるのをティアナはじっと待った。放出されるエネルギーは、予想を遥かに超えていた。
「これは!?ちょ、ちょっと待って、こんな磁力線が星全体を覆うように…これじゃ、太陽全体が黒点になっちゃうじゃん!!」
ティアナは顔をしかめる。通常ソーラーフレアは基本ランダムに銃でも撃っているかのように放たれ、100AU以上まで届くこともあるが、遠ければ遠いほど正直よほど運が悪くない限りは当たらない。
しかしこのシミュレーションでは、二十年以上エネルギーが蓄積されて一気に放出される時、太陽は黒点でほぼほぼ真っ黒に染まり、ほぼ全方向に容赦ないソーラーフレアを放出することになる。
もちろん、これは一つのシナリオだ。磁力線の動きが変化してエネルギーが小出しに放出されるならば、このようなことは起こらない。
ミミとティアナは戦慄を覚えながら、すぐにこのことを船長コズモに報告した。
ティアナの報告を聞いたコズモは、今まで見た事ないほど驚いていた。
このような状況、流石に歴戦の勇者のコズモ船長も驚きを隠せないという事だろうか。
「…この情報は、今分かったことなのかい?」
コズモが質問を投げかける。
「はい、ついさっき、分かったことです!」
コズモは頭を抱えた。
(まさか、あの宗教家の言っていたことが、現実のものに…?)
コズモはある宗教家から届いていた手紙の中身を思い出そうとしていた。
第4話『黒い太陽』へと続く
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